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#【天使と俺とママチャリと】2

〜2〜

もうすぐだ。もうすぐ学校に着く。

「おはよう真!」

友達の洋一が、自転車で僕と並走して話しかけてきた。

「あれ、自転車どうした?真のじゃないじゃん」

洋一、カゴ、変なのが入ってるだろ?

「真?どうした?」

カゴだよ、カゴ。後ろのカゴを見ろ。

「…う、後ろ…」

「後ろ?」洋一は自転車を漕ぎながら、チラッと振り返った。

「別に何もいないけど」

そうじゃない、俺の自転車だよ、裸の赤ん坊が入ってるだろ?天使らしい。

「それより自転車はどうしたんだ」

「盗られた…」

「マジか!カッコよかったのに。だから今朝はママチャリか」

洋一、赤ん坊!

「あの〜、この自転車に乗っている人にしか、ボクのこのは見えないですよ」

「嘘だろ?」

「嘘がどうしたって?」

「洋一、悪い、先に行っててくれ」

「オーケー、また後でな」

そういうと、洋一はスピードを上げて自転車を漕いで行った。

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俺はまた自転車を止めた。

「俺にしか見えないって、どういうことだよ」

「そういうことです」

「俺をからかってるの?」

「決してそんなことないです。ボクのことが見えるのは、自転車を使っている人だけなんです。そして、大切なのは、自転車の持ち主が、聖母マリア様を信仰していることです」

「マリア様を信仰?」

「そうです。最初にこの自転車に乗っていた、ある女性がいました。その人の娘さんが、ある日、急に目が見えなくなってしまったのです。女性は急いで病院へ連れて行きました」

「その子は治ったの?」

「はい、治りました。その子の目が見えなくなってから、女性はずっと朝夕、マリア様に祈りました」

「そうなんだ。アレ?でもその自転車を、なんでお袋が持ってるんだ?」

「持ち主だった女性は自転車を盗まれたのです」

「その人も盗まれたんだ!」

「盗んだのは、酔っ払った男性で、自宅に着くと、近くの公園に自転車を捨てたんです」

「ひでえことすんな」

「自転車はまだ綺麗だったので、バザーに出した人がいるんです。そして買ったのが、アナタのお母さんです」

「なんで買ったんだろう。自転車は持ってるのに」

「あれは、ご主人からのプレゼントで、最初のはこれです」

「でも、お袋はマリア様を信仰していないけど」 

「きっかけはアナタですよ」

「俺なの?なんで?」

「アナタが小さな頃、突然立つことも、歩くことも出来なくなったこと、覚えてませんか?」

「あ、小学校に入る頃にあったかも」

「それです」

「でも割と直ぐに治ったし」

天使は小さなため息をついた気がした。

「アナタのお父さんは、漁師をしていますよね」

「うん、それが…アッ!」

「オヤジの漁師仲間が海で遭難した」

「そうでしたね。あの時、お母さんは海で働く事の怖さをはっきりと自覚したのです。それ以来、家族の健康と、お父さんが無事に帰ってくるようにと、マリア様に祈っています」

「知らなかった……」

「ステキなお母さんですね」

「……そうだな」

「さあ!行きましょう」

俺は少しだけ泣きたい気分だったけど、我慢して学校まで自転車を漕いだ。

教室に入ると、俺の斜め上をフワフワ飛んでいた天使の表情が、急に険しくなった。

俺は、ヒソヒソと話しかけた。

「どうかした?」

「この部屋には、かなり追い詰められている人がいます」

俺は視線を落とすと、席に着いた。

「知っているんですね」

俺は周りの人間に聞こえないように、紙に書いた。

『虐められてる生徒がいる。クラス中から無視されているんだ』

天使は頷くと、こういった。

「その人は、絶望しています。だから危険です!」

『危険?』

「虐めている中心人物は、どの人ですか?」

俺は、イヤイヤそいつの方を見た。

天使は急いでそいつを見ると、

「アッ!」と、声をあげた。

俺には何のことだか分からなかったが、天使の顔が事態の深刻さを表していた。

「明けの、明星……」

「えっなに?意味が分からないよ」

「ルシファーがきています!」

「誰なの、ルシファーって」

「ルシファーは神様の逆鱗に触れ、天界を追放された堕天使です」

「堕天使、堕天使ってなに?」

天使はゆっくりと、俺を見つめ、

「堕天使とは、元は天使だったのですが、今は……」

「『悪魔』、そう呼ばれている者です」

** (つづく)**







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