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キレイな世界

寝ていたらしい。

まだ眠いけど、ゆっくりと瞼を開ける。

見たことのない景色。

〈ここは何処なの?わたし、まだ夢の中にいるのだろうか〉


「起きたみたいだね」

ハッとして振り返る。

青年が一人、ニコニコして立っていた。

わたしは黙っていた。

「そんなに警戒しないで大丈夫だから」

「……どこなんですか?ここは」

「全然、覚えてないの?」


ゆっくりと頷く。

青年は寂しそうな顔をした。

「そう、覚えてないんだ」

「帰ります。だからここが一体どこなのかを教えて」

「帰るって……それは無理だ」

「無理?なぜ無理なの?ウソ云わないで!」


「ごめん、云い方が悪かった。直ぐには無理なんだ」

「……アナタは誰?もう一度訊くけど、ここはどこなんですか」

「キミが……優さんがここに来たいと云ったんです。だからお連れしました」

「わたしが?ここへ来たいと云った?」

「はい。かなり呑んでましたから覚えてないかもしれませんが」


わたしは青年を睨みつけた。

「そんな怖い顔をしないでください。僕の名前はKENと云います。昔……すごく昔ですが、優さんとここで暮らしてました」

「あなた何いってるの?おかしいんじゃない?ここがどこでも構わない、帰れさえすれば」


「さっきも云いましたが急には無理です」

わたしは傍にあったバックを引き寄せ中から携帯を出した。

「もしかしたら警察に、ですか?」

「もしかしなくても、そうです」

「繋がらないです、残念ですが」

わたしはとにかく警察に電話をかけた。


うんともすんとも云わない。

「なんで……なんでよ。ねえ教えなさい」

「ここが地球ではないから」

「……」

「違う星だからです。だから直ぐには帰れないと云ったんです」

「……でも来れたということは、もといた場所に戻れるという意味でしょう?」


「優さん!相変わらず頭がいい!」

「お世辞はいいから来た時と同じ方法で、わたしを地球に戻してちょうだい」

「2つしかないのです、瞬間移動ができる袋が。そして両方とも出払ってるんです」

「あ……」


 上野発の夜行列車降りた時から〜♬

「は?え?」

 青森駅は雪のなか〜♬

「な、なんなのこれ」

「5時を知らせてます」

 北へ帰る人の群れは誰も無口で〜♬

「何で『津軽海峡冬景色』がかかるのよ」

「リクエストが一番多かったんです」


「ん、もう!それで袋はいつ戻るの?」

「分かりません」

  海鳴り〜だけを聞いている〜♬


「そもそも何でわたしはここへ来たいと云ったんだろう」

「彼氏さんと大喧嘩して、それでらしいです」

「はあ〜〜〜」

力の抜けたわたしは、ヘナヘナと床に崩れた。


「優は……優さんは云いました『とにかく廻り中が、キレイな場所に行きたい。キレイなものだけに囲まれたい』って。だからこの星に決めました」

KENさんに云われて、わたしは周りを見た。

薔薇の花がボンヤリと、そこここに咲いている、そんな世界が広がっていた。


「確かに……キレイね」

わたしの言葉に、KENさんの顔はパーッと明るくなった。

「キレイですよね。むか〜し、僕と優さんが夫婦だった時にも優さんは、気に入ってくれてました」

「わたし、喧嘩してました?彼氏と」

「あぁ、はい……」


「やっぱり、もう、無理なのかもしれない」

「そうなんですか?」

「会う度に喧嘩ばかり、以前は楽しくデートしていたのに。もう、疲れてきちゃった」

「……」

「あっ、ごめんなさい。KENさんに愚痴っても迷惑だったよね」

「一度、お酒は呑まずに、話し合ってみたらどうでしょうか」


「うん、そうよね。あっ!ところでKENさんは何故、地球に来ていたの?」

「そ、それは、次には地球に生まれようかなと思ったから、その〜、偵察に」

「わざわざ居酒屋に偵察に来たの?」


【瞬間移動袋が一つ戻りました】


「行きましょう優さん」

二人は急いで袋のところまで行った。

「さぁ、優さん入って」

「わたしだけ?KENさんは?」

「ボクは行きません」

そう云いながら、たくさんのスイッチを手際よく押して行った。


「渋谷でいいんですよね」

「ええ、KENさんも地球に」

「では袋を閉めます。最初に袋が浮いた時だけ少し不安定になりますが、直ぐに安定しますから」

「KENさん」

「気をつけて優さん」

瞬間移動袋が浮いた。次の瞬間にはパッと消えた。


   津軽海峡冬景色〜〜♬


「優さんのことが忘れられなくて、追っかけをやってる、そんなこと云えないよな」

KENは照れ笑いをした。


一方、優は渋谷に着いた。

慌てて彼氏がかけつけた。

「優、どこに行ってたんだ!心配したんだぞ」

「ごめんなさい、わたしにもよく分からないのよ。でも無事に帰って来たよ」

「良かった、本当に良かった」


そう云いながら、彼はわたしを抱きしめた。

「ありがとう」

わたしは彼の背中に廻している手に力を入れた。


その様子をモニターで見ていたKENは、

「よかった……」

とつぶやくと、《来世では優さんと、一緒になれますように》

そう心の中で祈っていた。

たくさんの薔薇の花たちが一斉に香り出した。


あゝ、今日もきっと佳き日になる。


       (完)




 

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