Photo by gemini6rabbit キレイな世界 30 紗希 2021年8月14日 07:57 寝ていたらしい。まだ眠いけど、ゆっくりと瞼を開ける。見たことのない景色。〈ここは何処なの?わたし、まだ夢の中にいるのだろうか〉「起きたみたいだね」ハッとして振り返る。青年が一人、ニコニコして立っていた。わたしは黙っていた。「そんなに警戒しないで大丈夫だから」「……どこなんですか?ここは」「全然、覚えてないの?」ゆっくりと頷く。青年は寂しそうな顔をした。「そう、覚えてないんだ」「帰ります。だからここが一体どこなのかを教えて」「帰るって……それは無理だ」「無理?なぜ無理なの?ウソ云わないで!」「ごめん、云い方が悪かった。直ぐには無理なんだ」「……アナタは誰?もう一度訊くけど、ここはどこなんですか」「キミが……優さんがここに来たいと云ったんです。だからお連れしました」「わたしが?ここへ来たいと云った?」「はい。かなり呑んでましたから覚えてないかもしれませんが」わたしは青年を睨みつけた。「そんな怖い顔をしないでください。僕の名前はKENと云います。昔……すごく昔ですが、優さんとここで暮らしてました」「あなた何いってるの?おかしいんじゃない?ここがどこでも構わない、帰れさえすれば」「さっきも云いましたが急には無理です」わたしは傍にあったバックを引き寄せ中から携帯を出した。「もしかしたら警察に、ですか?」「もしかしなくても、そうです」「繋がらないです、残念ですが」わたしはとにかく警察に電話をかけた。うんともすんとも云わない。「なんで……なんでよ。ねえ教えなさい」「ここが地球ではないから」「……」「違う星だからです。だから直ぐには帰れないと云ったんです」「……でも来れたということは、もといた場所に戻れるという意味でしょう?」「優さん!相変わらず頭がいい!」「お世辞はいいから来た時と同じ方法で、わたしを地球に戻してちょうだい」「2つしかないのです、瞬間移動ができる袋が。そして両方とも出払ってるんです」「あ……」 上野発の夜行列車降りた時から〜♬「は?え?」 青森駅は雪のなか〜♬「な、なんなのこれ」「5時を知らせてます」 北へ帰る人の群れは誰も無口で〜♬「何で『津軽海峡冬景色』がかかるのよ」「リクエストが一番多かったんです」「ん、もう!それで袋はいつ戻るの?」「分かりません」 海鳴り〜だけを聞いている〜♬「そもそも何でわたしはここへ来たいと云ったんだろう」「彼氏さんと大喧嘩して、それでらしいです」「はあ〜〜〜」力の抜けたわたしは、ヘナヘナと床に崩れた。「優は……優さんは云いました『とにかく廻り中が、キレイな場所に行きたい。キレイなものだけに囲まれたい』って。だからこの星に決めました」KENさんに云われて、わたしは周りを見た。薔薇の花がボンヤリと、そこここに咲いている、そんな世界が広がっていた。「確かに……キレイね」わたしの言葉に、KENさんの顔はパーッと明るくなった。「キレイですよね。むか〜し、僕と優さんが夫婦だった時にも優さんは、気に入ってくれてました」「わたし、喧嘩してました?彼氏と」「あぁ、はい……」「やっぱり、もう、無理なのかもしれない」「そうなんですか?」「会う度に喧嘩ばかり、以前は楽しくデートしていたのに。もう、疲れてきちゃった」「……」「あっ、ごめんなさい。KENさんに愚痴っても迷惑だったよね」「一度、お酒は呑まずに、話し合ってみたらどうでしょうか」「うん、そうよね。あっ!ところでKENさんは何故、地球に来ていたの?」「そ、それは、次には地球に生まれようかなと思ったから、その〜、偵察に」「わざわざ居酒屋に偵察に来たの?」【瞬間移動袋が一つ戻りました】「行きましょう優さん」二人は急いで袋のところまで行った。「さぁ、優さん入って」「わたしだけ?KENさんは?」「ボクは行きません」そう云いながら、たくさんのスイッチを手際よく押して行った。「渋谷でいいんですよね」「ええ、KENさんも地球に」「では袋を閉めます。最初に袋が浮いた時だけ少し不安定になりますが、直ぐに安定しますから」「KENさん」「気をつけて優さん」瞬間移動袋が浮いた。次の瞬間にはパッと消えた。 津軽海峡冬景色〜〜♬「優さんのことが忘れられなくて、追っかけをやってる、そんなこと云えないよな」KENは照れ笑いをした。一方、優は渋谷に着いた。慌てて彼氏がかけつけた。「優、どこに行ってたんだ!心配したんだぞ」「ごめんなさい、わたしにもよく分からないのよ。でも無事に帰って来たよ」「良かった、本当に良かった」そう云いながら、彼はわたしを抱きしめた。「ありがとう」わたしは彼の背中に廻している手に力を入れた。その様子をモニターで見ていたKENは、「よかった……」とつぶやくと、《来世では優さんと、一緒になれますように》そう心の中で祈っていた。たくさんの薔薇の花たちが一斉に香り出した。あゝ、今日もきっと佳き日になる。 (完) ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #短編小説 #SF小説 #薔薇の花 #ずっと好き 30