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変わらぬ街 3話(完結)

オレがこの仕事に就いてから半年が経つ。

社長は兄である吉田不動産のおじさんと瓜二つの顔なので面接の時には笑いを堪えるのに必死だった。

仕事の内容は清掃だけではないことが、分かり始めていた。

【人】なのだ。

どんな仕事でも人が関わらないものは無いのかもしれない。そう思うようになった。


仕事は、ゴミ屋敷の掃除からスタートした。

その家によって、ゴミの量も全然違うのは当たり前だけど、天井まで積まれた部屋を目にした時には、もう何も言葉が浮かばなかった。


どのゴミ屋敷にも、その家の人が住み、生活をしている。

年齢層もさまざまだ。

アルバムが出て来ると、大抵の住民は懐かしそうに写真を見る。


そこには旅行先での写真や、何人かで、食事をしている住人が写っている。

「懐かしいなぁ」

住人の顔がほころぶ。

この時にはまだ、ゴミ屋敷にはなっていなかったのだろうと思うと、何故こうなってしまったのかとオレはいつも考える。

笑顔で写真を見ているこの人の人生に、いったい何があったか、そう思うのだ。


ここにもあった。

一円玉を貯めた貯金箱も、よく埋まっている。

それにしても、衛生面の問題は大きいと痛切に感じた。

住人の方もオレたち業者の人間も。

女性なら凍り付くであろう生き物が、うようよ生息している。

男のオレでさえ、鳥肌が立つ。


こうしてゴミ屋敷を何箇所か経験してきたが、今日から〈孤独死〉があった場所の清掃に入る。

「彰、大丈夫そうか?」

社長から、そう声がかかった。

「大丈夫って何がでしょうか」

「孤独死した部屋には、亡くなった人の形跡が確実に残されている。それを目の当たりにするのは結構くるからさ、精神的に」


オレは何て答えたらいいのか……。

ふと京香さんのことを思い出していた。

この半年間、何度かメールのやり取りをしていた。

『長いこと入院していた妹が息を引き取りました。やはり辛いですね。彰さんは元気にしてますか?』

オレがあの街を出る時に京香さんは何か云いたそうだった。

妹さんのことだったのかもしれない。

まだ返信出来ずにいる。


時間だ、行こう。

「社長、行ってきます。たぶん大丈夫です」

「よし、頼む。くれぐれも怪我に注意だぞ」


今日はオレと先輩男性の二人でやる。

全く緊張していない自分がいる。

向かうのは市営住宅。

一人暮らしをしていた47歳の男性の部屋。

病気をしていたわけではなく、普通に生活をしていた。

突然死らしい。

死後、2日目に発見された。


オレたちが着いた時、玄関前に女性が立っていた。

「彰、あの人は亡くなった男性のお姉さんだ。僕らに仕事を依頼してきた人でもある」

その女性は僕らに気付くと、頭を深々とさげた。

オレらもお辞儀を返した。


玄関先に着いた先輩とオレに、亡くなった方のお姉さんが

「今日は宜しくお願い致します」

そう云った。

先輩が「誠心誠意やらせて頂きます。

どうかご心配なさらずにいてください」

お姉さんは涙ぐみ、少しだけホッとしたように見えた。


先輩はドアの鍵を開けて、中に入った。

オレはひとこと、声をかけた。

「お姉さんはどうなさいますか?弟さんの部屋に」

「いえ、私は最後まで、ここにおります」

オレは頷くと部屋に入った。

先輩と一緒に手を合わせた。


そして会釈をすると、片付けを始める。

部屋は割りあいキレイだ。

処分する物

ご家族に訊く物に、仕分けをする。

「ここで亡くなったようだ」

先輩はそう云った。

確かにそこだけは、僅かに湿っている。


人、一人がやっと横になれるスペース。

広告が数枚散らばっているその上に故人は横たわったと思われる。

倒れた、というべきか。

先輩とオレは黙々と整理して行く。

見ると、お姉さんが数珠を持つ手を合わせ、お経を唱えていた。


何一つ物がない広々とした部屋に掃除機をかける。

汚れを見つけたら、布でピカピカになるまで拭く。

こうして全て、部屋の整理を終えた。

実はこの部屋に入った時から気になっていた物がある。

オレはそれを持って行き、お姉さんに尋ねた。


「弟さんは釣りが好きだったのですか?

この釣り竿、丁寧に手入れがされてるので、もしかしたらと思いまして」

お姉さんは釣り竿を見て表情が明るくなった。

「はい、弟は中学の頃から釣りが大好きになりました。休みの日はまだ夜明け前に家を出て、釣りに行ってました」


「そうなんですね。僕も釣りをやるもので、このキレイになっている釣り竿を見て、直ぐに分かりました」

「貴方も釣りを」

「はい、最近は中々行く機会がありませんが好きなんです」

お姉さんは、初めて笑った顔を見せてくれた。

オレは以前から思っていることがある。

〈孤独死〉という呼び方に、なんだか違和感を感じていた。


この部屋の住人だった人のように、大好きな趣味があり、普段は真面目に仕事をして帰宅する。

そういう人が部屋で一人で亡くなったからといって〈孤独〉と云われるのはどうなんだろう。

本人は幸せに暮らしていたのかもしれないのにと。


全ての作業を終えた。

先輩がお線香に火をつけた。

こうしてオレは初めての、孤独死のあった部屋の掃除を終えた。


翌日、速達で、オレ宛に会社に手紙が届いた。

あのお姉さんからだった。

オレは恐る恐る封を切り、手紙を読んだ。

そこにはオレへの感謝の言葉がつづられていたのだ。


〈中谷様と釣りの話しをしたことで、弟は確かに生きていたことを、私は改めて教えて頂きました。本当に感謝致します。

私も家族も弟を、忘れることばかり考えていたのです。けれど間違ってました。

釣り好きの弟は、確かに47年間の人生を生きたのですね。

中谷様、貴方様の会社にやって頂けて本当に良かった。

中谷様と話しが出来て、私も弟も幸せな時間を過ごせました。

ありがとうございました〉


「彰、なに泣いてるんだよ」先輩に云われた。

ずっと、オレなんか誰にも必要とされない人間なんだと、そう思ってきた。

両親からも邪魔でしかない子供がオレだし。

この手紙を読んで、オレはやっと、必要とされる人間になれた。

初めて、必要な存在だと云ってもらえた気がした。


「おい、彰。どうしたんだよ」

「すいません、へへ」

「へへじゃないよ、心配させるな。帰るぞ」

オレは手紙を大切にカバンに入れた。


帰宅して、京香さんに電話をかけた。

誰かに今の気持ちを訊いて欲しかった。

京香さんは、「うん、うん」と云いながら

話しを聴いてくれた。

今まで生きて来て、最高の日だとオレは思った。


それから数年間、オレは会社で修行をさせてもらい、いま生まれた街に戻って来た。

「やっぱり、変わってね〜な〜」

もちろん戻ったのには理由がある。

それはこの街にも、ああいった仕事が出来る人がいた方がいいと思ったこと。

ああいう会社がこの街にも必要だと思うから。

だからオレがその会社を造ろうと思い、帰ったんだ。


「彰さ〜ん!」

京香さんは、相変わらず走って来る。

「お帰りなさい」

「ありがとう、ただいま」


今のところ、社員はこの二人だ。

それ以前に、帰ったばかりで店舗も借りていないのが現実だ。

「焦らずにやりましょうよ、彰さん」

京香さんの云う通りだ。

慌てたら、あんな凄い会社は造れない。


だが仕事で貯めた資金がある内に、新会社を設立したい。

「お金のことなら私も少しは役に立てると

思いますよ」

「頼もしいな、さすが京香さん」

「何年あの会社に勤めていると思ってるの。お局と呼ばれようが、負けずに頑張る私って偉いでしょう?」

そう云って京香さんは、朗らかに笑った。


人はいつか必ず死ぬのだ。

そこだけは平等だ。

どんな風に天国に行くのかは選べない。

病院で亡くなるのか、自宅で家族に看取られながらかもしれない。

それは幸せな逝き方だ。


オレがもし、独りで逝ったとしても

『孤独』と決めつけないで欲しいんだ。

何故ならオレは、生きてる内に好きなことを目一杯やって逝くつもりなのだから。


それがオレの目標なんだ。


    了
















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