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変わらぬ街 1話

10年、いやそれ以上になるか。
ここに戻って来た。

生まれ育った街に。

家族はとっくにバラバラに散った。

オレが高校を卒業すると同時に両親は離婚。

オヤジも、お袋もオレを欲しがらなかった。

大学生の姉は家を出て、彼氏と暮らすようなっていた。


オレの親権とやらは、お袋のものになったようだが、息子のオレに愛情なんか無いのはよく分かってた。

そんな人間と暮らすのはオレの方もゴメンだ。

オヤジからの養育費は、どうせお袋が使っちまうのは目に見えてた。


だからオレは自分を養う為に卒業後は就職した。

勉強は好きではなかったから大学に行くつもりは元々なかったが、少しの間はフリーターで過ごす予定だった。だがそんな悠長なことは出来なくなり就職をした。


パワハラが当たり前、差別も日常のその会社で働くことを辛坊するのは5年がやっとだった。

オレは、退職したあと、この街を去ることにした。

たいして、いいこともなかった街だった。

だから寂しさは感じない。むしろ出て行くことに軽い解放感を感じるくらいだ。


オヤジもお袋も再婚したらしい。

それはそれは、おめでとさん。

姉は彼氏と入籍をしていた。

姉は命を授かったのだった。

こちらはこちらで、おめでとさん。

皆さん、おめでとうございます。


オレは空を見上げて、カラカラ笑った。

それしか選択肢はなかったから。

なかった……。

「彰さん、彰さん」

オレの名前を呼びながら走ってくる人。

「ハアハア、ほ、本当に、い、行く、つもり?」


オレが5年間辛坊した同じ職場にいた女性で2歳年上。優しい性格のいい人だ。

「本当だよ。ここにいる意味が無いし。それよりどうしたの、京香さんこそ。びっくりしたよ」

「本当なんだ」

京香さんは、オレの質問には答えず、小さな声でそう云った。

少しの間、黙っていた彼女は、さっき以上に小さな声で何か云おうとして、やめた。


「じゃあ、行くわ、京香さん元気でね」

「彰さんも。たまにメールしてもいい?」

「オレみたいなつまらない男でもよければ」

彼女はようやく笑顔になった。

「気をつけて」と、そう云った。

「うん、ありがとう」


オレは歩き始めた。

目的の無いまま。

地方都市のこの街から、どこに行けばいいのだろう。

まるで進歩の無い、オレと同じような街だ。

一気に田舎で暮らしてみるか。

それとも都会を目指したらどうだろう。


「駅に着いた時に入ってきた電車で決めるか」

考えるのを諦めてオレはそう決めた。

   カタン カタン カタン

乗った電車が向かった先は東京方面だった。

「東京か、一度友達と行ったきりだな。変わったんだろうな」


「着いたらまずは住むところと、仕事を探さないと」

退屈な車窓の風景を見ていたら、いつの間にか眠っていた。

かなり深く寝たらしい。

気づいたら東京駅のホームに電車は入るところだった。

「危なかったな」

ホームに降り立ったオレは冷や汗をかいた。


今夜の寝床はもう決めてある。

【健康ランド】

スーパー銭湯よりオレにはしっくりくる呼び名だ。

風呂には入りたい放題で疲れも取れるし、布団じゃなくてもリクライニングシートで十分だ。

漫画でも読んでれば速攻で爆睡するだろう。

オレは調べておいた【健康ランド】の最寄駅まで電車を乗り継いだ。


巨大な建物の窓が煌々と光っている。

早速入店して金を払うと、ロッカーで服を脱いだ。

たくさん有る風呂の中から、オレはジェットバスを選んだ。

少し温めの湯に入ると、勢いよく泡が出ている場所の傍に行き、脚を伸ばした。


「あ〜気持ちいい」

思わず声に出してしまった。

勢いよく噴射している気泡に足の裏を向ける。

「これが気持ちいいんだな」

「それにしても腹が減ったな。先にメシを済ませるんだった」


風呂から上がってカウンターで渡された楽な着物を着て館内を散策した。

レストランは、あるにはあったがイマイチ食欲をそそらない。

「どうするかなぁ」

困り果てていたオレの目に蕎麦の文字が飛び込んで来た。

「蕎麦か、いいな。ここにしよう」


のれん潜る、客はいない。

「まさか、閉店時間?」

「いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ」

着物姿の女の子がそう云った。

良かった。まだ営業中だ。

椅子に座ってメニューを開く。

見るまでもなく気持ちは決まっている。


「お決まりですか?」

さっきの着物の女の子が、お茶をテーブルに置きながら訊いて来た。

「鴨南蛮を。それとビール」

「ありがとうございます。少々お待ちください」

そう云ってその子はメニューをさげた。

冷えたおしぼりが気持ちいい。


白木造りの店内はまだ木の香りがするくらいに清潔感が漂っている。

「ビール、お待たせしました」

瓶を持ちコップに注ぐ。

小さなコップだから直ぐ飲めてしまう。

「アルコールには弱いけど、冷えた瓶ビールなら飲めるんだよな」


「鴨南蛮、お待ちどうさまでした。ごゆっくり」

出て来た鴨南蛮にオレは嬉しくなった。

鴨肉がたくさん入っている。

ケチな店なら値段だけ高くて少ししか入っていないか、中には鴨じゃなく鶏を使う店まである。

「では、いただきます」

勢いよく蕎麦をすする。


「蕎麦も旨い、当たりだこの店」

腹が減ってるので、アッという間に完食した。

「あー!美味かった。ビールも回って来たし休憩室で寝ることにするか」

会計を済ませたオレは少しフラつく脚で、あちこちからイビキの聴こえる部屋に行くと、空いてる椅子を見つけて座った。

目を閉じるとアッという間に眠りの底へと落ちて行った。


翌日、オレは【健康ランド】を出ると駅に向かった。

途中に不動産屋があると、立ち止まり賃貸アパートの空室と家賃を見て回ったが、やはり都内は高い。

「私鉄の沿線の方が安いかもな。そっちを探してみよう」

電車で高田馬場駅まで行き、西武新宿線に乗り換える。


実は仲の良かった中学の同級生が転校後に、この辺りに住んでいた時期があり、住み心地の良さは電話でよく訊いていた。

新宿に近い割には庶民的な街だと。

乗り換えてから3つか4つ目の駅で下車してみる。


改札を出たら確かに庶民的な街だと直ぐに分かった。

大きな建物も無く、個人商店が並ぶ。

肉屋や花屋、ラーメン屋といった店があるだけだ。

「なんかいいな」

この、のどかな感じが自分に合ってる気がした。


ぶらぶら歩いていたら、小さな不動産屋を見つけた。

《お勧め物件》、そう書かれたボードを見る。

なんだかんだ云ってもやっぱり東京だな。

狭そうなワンルームで安くても家賃は7万だ。

それも駅から20分歩く。


「こんなもんだろうな、どの不動産屋に行っても」

駅まで徒歩20分はキツいけど、その内自転車を買おう。

オレはそう思いながら不動産屋の店内に入った。

「いらっしゃい」

大正時代のような丸い眼鏡をかけた初老のおじさんがそう云った。


「アパートを探しています。一間で風呂付きの。なるべく安い家賃の物件はありますか」

「どうぞ、お掛けください」

オレはソファーに腰を下ろした。

「いらっしゃいませ。どうぞ」

優しそうなおばさんがお茶をテーブルに置くと戻って行った。

「いただきます」

一口飲んだそのお茶は、いかにも高級そうなお茶だったのでオレは失礼だが意外に思った。


「今時は風呂無しの物件は無いですよ。何せ、銭湯が無くなりましたからね。ほとんどはユニットバスですが。安い物件だと、それなりに駅からは遠くなりますよ」

「20分くらいでしょうか」

「いや、もっとかなぁ。バス路線も無いしね。大丈夫?」

「それはちょっと、、キツいですね。せいぜい20分まででありませんか」


「探してみましょう。お客さんは学生さんかな?」

おじさんは固定電話の受話器を持つと、そう訊いた。

「いえ無職です」

不動産屋のおじさんの動きが止まった。


「無職ですか、アルバイトもやってない?」

「はい、実は昨日、田舎から出て来たばかりでして」

「あぁ、なるほど。だた大家さんによっては無職だと厳しい人もいるのは覚悟はしといてよ」

「はい」

「あ、もしもし、お世話になってます。吉田不動産です。アパートを探している人がいるんですが今から中を拝見できますかね」


「はい、若い子です。20代半ばくらいの」

そう云いながら、おじさんはチラッとオレを見た。

「今年24になります」

そう小声でオレは伝えた。

「今年24だそうです。はい、はい、いえ学生ではなく働いてます」


え?


「ありがとうございます。これから伺いますのでよろしく」

おじさんが電話を切ったので、オレは

「あの、まだ仕事先は決まってないんですよ、オレ」

多少、狼狽えながらそう云った。

「決まったさ。わたしの弟の会社で働くといい。話しはしておくから履歴書の用意だけしといて」


「さあ、アパートを見に行くよ」

呆気に取られてるオレにおじさんは、そう云った。


    続く





























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