うた子さん (第4話)
「あ、ビックリした!高崎さんも帰りかい?」
「はい。それで羽根田主任、これから二人で」
「主任、お疲れ様でした」
「おお!谷村、いいタイミングだな」
「はい?」
「なんだ、忘れてるのか?これから呑みに行く約束してただろう」
「え〜と、主任と僕とがですか?」
「そーだよ、エレベーターがきた。乗るぞ。
高崎さんも乗るだろう?」
「私は結構です!お疲れ様でした」
「は〜い、お疲れ〜」
エレベーターのドアが閉まった。
「今の女性、怒ってませんでしたか?」
「難しい年頃らしいからな」
エレベーターは一階に着いた。
「谷村、これから予定はあるのか」
「いえ、まっすぐ帰るつもりですが」
「奢るから呑みに行こう、さっきの礼だ」
「礼?よく分かりませんが……じゃあせっかくなんで行きましょうか」
💼🎒
二人は繁華街に向かって歩き出した。
「谷村は、どこかいい店を知ってるか?
俺は家呑み派なんで店を知らないんだ」
「いい店かは分かりませんが、よく行く居酒屋ならあります」
「それなら決まりだ」
「でも歩いては行けないですよ。僕の家の近くなので、電車で行かないと」
「谷村の家ってどこなんだ」
「最寄り駅は谷中になります。駅から少し歩きますが」
谷中と訊いて羽根田は、寝袋を引きずって歩いていた女性を思い出した。
無事に目的の場所には行けただろうか。
「主任?どうかしましたか」
「いや、久しぶり谷中に行くか」
「本気ですか?主任の家までが遠くなりますよ。僕は嬉しいですけど」
「たまにはいいさ。タクシーを拾おう」
それを訊いて谷村が手を上げた。
一台のジャパンタクシーが止まった。
俺たちは、それに乗り込んだ。
谷村が運転手に行き先を告げる。
「タクシーに乗るなんて、何ヶ月ぶりかなぁ。贅沢ですからね、僕にはまだ。やっぱり快適ですね」
谷村の嬉しそうな顔を見てると俺まで嬉しくなる。
性格がいいのが伝わってくるな、こいつ。
💼🎒
「あぁ、ここ……」
「どうかしたか?」
「羽根田主任、この団地ですけど最近、孤独死が多いところです」
「孤独死」
「はい。老人世帯が半数以上で、かなりの数が独り暮らしだとかで」
「そういえば最近、問題になっているな、ニュースで取り上げてるのを何度か見たよ」
「これからもっと老人大国になっていきますしね」
一誠は考えていた。
自分もこの先、ずっと独身の独り暮らしなら他人事ではないな。
かなりの年数が経っている団地群を見ていると、この先この国はどうなっていくのかと、暗澹たる気持ちになる。
タクシーが止まった。
俺は代金を払うと車から降りた。
「主任のおかげで快適でした。ありがとうございます」
「これぐらいの距離なら、大した金額じゃないさ。それより目的の店はどこだい」
「あの提灯がかかった店です」
「『居酒屋 ケナシーワルツ』か、個性的な店名だな」
谷村が笑いながら、「名前は店長を見れば直ぐに分かりますよ。安いし旨いし僕は助かってます」
「へぇ、じゃあ早速行こう」
💼🎒
「いらっしゃいませー!2名様で?お好きな席へどうぞ」
「谷村、決定した。この人が店長だ」
「当たりです」
一誠と谷村はテーブル席に座った。
「いらっしゃいませ、おしぼりです。
お飲み物は、お決まりですか?」
「ありがとう」
そう云って、一誠がおしぼりを受け取りながら店員を見た。
「あっ!」
「アッ!」
谷村は何事かという顔をしている。
「あの時はありがとうございました」
女性の店員は頭を下げた。
「いえいえ、無事に着けたようですね」
「はい、お陰様で」
「良かったですね。ここで働いているんですか」
「実は今日でやっと1週間なんです」
「じゃあ疲れてきた頃じゃないかな」
「それがそうでも無くて。店長やお客さんに助けられてますから」
うた子は照れたような顔をした。
“あ、可愛いかも”
一誠は少しドキッとした。
二人共、生ビールの中ジョッキを頼んだ。
💼🎒
「あの店員さんは、うた子さんといって、人気があるんです。
けっこうミスるんですが、愛嬌があって、
それに可愛いですから。41歳だそうですよ。若いですよね」
「41かぁ、確かに若く見えるな」
「羽根田主任、どうですか?」
「何がどうですか?なんだ」
「もう一度、結婚にチャレンジしてみるというのは。独身だそうですよ」
「谷村、おま、」
「生ビールお待ちどうさま。ご注文はお決まりですか?」
「あ、そうか、メニューメニュー」
「俺は鶏皮ポン酢にハムカツ、それと腹が減ってるからお肉たっぷり野菜炒めにするわ。谷村、遠慮しないで好きな物を頼めよ」
「ありがとうございます!串揚げのお任せセットと、漬け物盛り合わせを」
「はい、ありがとうございます!枝豆です。サービスですので。ごゆっくり」
「では乾杯といくか、谷村頼む」
「はい!主任、今日はありがとうございます。かんぱーい!」
ジョッキがカチャンと鳴り、二人は喉を潤した。
「やっぱりビールは旨いですね」
「本当だな」
「お待たせしました。鶏皮ポン酢、漬け物盛り合わせ、お肉たっぷり野菜炒めです。
揚げ物は少々お待ちください」
「おーい、うたちゃん。梅ハイおかわり」
「こっちもカッピーをくれ」
「馬鹿野郎、ホッピーだろうが。でもカッピーでも通じるか」
「は〜い、直ぐお持ちします」
「忙しいそうだな、うた子さん」
「人気者ですからね。うた子さんが働くようになってから客が増えたようですし」
「ふ〜ん」
しかし一誠の頭の中には、駅で寝袋を引きずっていた様子と、Gを見て大声で叫び尻餅をついた、あの時の彼女の光景が焼き付いていた。
💼🎒
「さっきの話しですが」
「さっきの話し?何だっけ」
「羽根田主任と、うた子さんのことですよ」
「谷村は、そんなに俺が結婚したそうに見えるのか?焦ってないぞ俺は」
「いえ、ただお似合いだなぁと思って。主任も結構いけてますし、彼女も可愛いし、歳も40代同士、いいと思うんですけど」
「だから、谷村おま、」
「お待ちどうさまでした。ハムカツと串揚げセットです」
「うた子さんには彼氏さんはいるんですか?」
「た、谷村!」
「は?いえ、いませんけど。何故ですか?」
「よろしかったら、この人、、」
「あー!あれだ、あれあれ、日本酒。日本酒でも呑むか。え〜と、どれがいいかな」
「でしたら、これはどうでしょうか」
うた子は一升瓶を持って来た。
「“琴華酒”か。へえ。初めて見たな」
「日本酒が好きな人に割と評判がいいんです。甘口です、か•な・り・の」
「じゃあこれを燗で。谷村は日本酒は呑めるのか」
「大好きです!僕、この“琴華酒”を呑んだことがありますが、旨いですよ!呑むと幸せな気持ちになるんです」
「そうか。じゃあこの酒を頼む」
「ありがとうございます。燗は温燗で?」
「あぁ、お願いします」
うた子は一升瓶を抱えて戻って行った。
「谷村、冷や汗かかすな」
「彼女モテますから、どんどんプッシュしないと」
「何がプッシュだ、お、このハムカツは旨いぞ」
この夜は一誠も谷村もかなり酔った。
終電の時刻が迫ってきた。
一誠はヨロヨロと立ち上がり、会計を済ませた。
「ありがとうございましたー」
二人が店から出た後、うた子は真顔になった。
「彼氏か。家出した夫はいるけど、籍は入ってないから独身に戻ったと思うことにしたんだ、わたし。ずっと連絡も無いし」
もし、このままでも、わたしには恋人は出来ないだろう……二度と。
最後まで残っていた客も、帰り支度をし始めた、黒いサングラスをかけ、必ずしシシャモを食べながら『シャーロック•ホームズ』を読んでいる。
変わっているけど人のいい男性だ。
「さてと、テーブルを片付けますか」
うた子は、そう云うと一誠たちの席へと向かった。
(つづく)
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