ホワイト
桜吹雪のなか、彼女と出会った。
初対面なのに、すれ違いざま、お互いが軽く頭を下げた。
以前からの知り合いみたいに。
不思議な感覚を覚えた。
懐かしさ?
どこかで会ったことがある人なんだろか。
数日後、また彼女とすれ違った。
同じように頭を下げた。
思い出せない。
あの人は誰なんだろう。
彼女は僕のことを知っているから挨拶をするんだろな。
だとしても、やっぱり訊けない。
『どちらさまでしたか?』
恥ずかしいし、気まずくなる気がする。
大学で講義を受けている時間も、窓の外にある桜に目が行ってしまう。
そして目を閉じて集中する。
思い出せ、知ってるはずなんだ。
年齢は僕とほぼ同じくらい。
ただあの女性からは、仕事をしている雰囲気も、僕と同じ学生の様にも感じられないのだ。
「結婚してるとか?それとも家事手伝いかな?」
いや、それも違う気がする。
何なんだろう、この掴みどころの無さは。
「冬馬、ねぇってば!」
「えっ?」
「さっきからずっと呼んでるのに。講義は終わったわよ」
見ると教室には、もうほとんど学生はいなかった。
「早くランチに行きましょうよ」
翔子は半分怒った云い方だ。
「そうだな。行こうか」
僕は席を立った。
「ねぇ、お店はどこにする?」
「腹ペコだから、翔子の行きたい店で構わないよ」
「だったら、前から行ってみたかったお店があるの」
「ちょうどいいじゃないか。その店に行こう」
僕と翔子は学生街らしく、街中に昼食を食べに行く若者の雑踏を、かき分けながら歩いた。
「冬馬、ここなの」
翔子が脚を止めた、その店は高そうな店だった。
「ここって懐石料理の店じゃないか。昼食に入るには高級過ぎるよ」
「ところがちゃんと、1000円前後のランチがあるのよ。入りましょう」
翔子はさっさと店内に入った。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた口調で、着物の女性が出迎えてくれた。
「座敷とテーブル席、どちらになさいますか」
翔子が僕も顔を見たので、慌てて
「テーブル席の方を」
そう云った。
お品書きを見ると確かにランチをやっている。
魚料理がメインのようだ。
「冬馬は決まった?」
「僕は豚の味噌漬け焼き定食にするよ」
翔子は先程の着物の女性を呼んだ。
「豚の味噌漬け焼き定食を一つと、鰆の西京焼き定食を一つお願いします」
女性は運んで来たお茶の湯飲みをテーブルに置いて、お辞儀をしてテーブルから離れた。
翔子はお茶を美味しそうに飲んだ。
高そうな器や一輪挿しを見て、驚いている僕のことを彼女は笑っている。
「翔子は笑ってるけど、この小皿一枚でも高級そうだから割ったら大変だと思ってさ」
「うん、このお店のご主人が、いわゆる名人と云われている人の作ったものしか使わないらしいから」
「怖いから触らないでおこう」
店内は、ほぼ満席だった。
たまにはこういった落ち着いた店で食べるのもいいもんだな。
「そういえば冬馬の誕生日はもう直ぐでしょう?」
「そうだった。いよいよ10代ともバイバイか」
「何か欲しい物はある?」
「お待たせ致しました。こちらが鰆の西京焼き定食になります」
「はい、私です」
「豚の味噌漬け焼き定食です」
「ありがとう」
「ご注文は以上で宜しいですか?」
「はい」
着物の女性は静かに戻って行った。
「さあ、やっと食べられる。いただきま〜す」
「豚肉が香ばしくて美味しい!」
「このお店のお米も美味しいのよね」
店内は吹き抜けになっている。
何気なく、2階席を見た。
「あれ、あの人」
僕の視線の先には、一人で食事をしている女性の姿がある。
名前の思い出せないあの人に似ていた。
「冬馬、冬馬、どうかしたの?」
「あ、いや、どうもしないよ」
「冬馬の誕生日なんだけど、旅行に行かない? もちろん私が費用は出すわよ。誕生日プレゼントだもの」
「旅行は贅沢だよ。美味いラーメンを翔子が奢ってくれたら、それだけで嬉しいよ」
そう云って僕は2階席を見た。
居ない! いつの間に帰ったんだ?
「え〜ラーメン?誕生日なのに」
「ラーメンを馬鹿にしてはいけない。ラーメンは深い。ラーメンは日々、進化している。ラーメンは」
「分かったから、もういいわよ。ラーメンね。探してみるわ」
その夜、僕は……。
モウ ダメソウ
ダメッテ
クルシク ナッテキタ
エ!クルシイノカ?
ウン イキ ガ デキ ナ……
ドウシヨウ
イキ テ クレレ バ
イッショニ
ムリ ダ タノム イキ……
オイ?オイ!
……
コタエテクレ!
……
ソンナ……
目が覚めて、悲しくて、どうしたらいいのか。
ただ、僕は、ひたすら泣き続けた。
僕の、たぶん一番初めの記憶は、
母の泣いてる姿だった。
〈双子だったのに。一卵性の双子のはずが〉
〈キミのせいじゃない。誰のせいでもない。だからそんなに泣かなくていいんだよ〉
〈もう一人のわたしの赤ちゃん。何も残ってない、何も〉
〈バニシングツインの場合は、ほとんどが子宮に吸収されると、医師も云ってただろう。原因も解明されていない。防ぎようがないんだ〉
〈でも、女の子だった。あなたも医師から訊いたでしょう? 一卵性双生児で性別が違うことは、奇跡に近いことだって〉
ママ パパ
なんで泣いてるの?
「冬馬……おいで」
パパは僕を抱きしめた。
「ありがとう、生まれてきたくれて。本当にありがとうな、冬馬」
「そうね。冬馬がきてくれたのね。わたしのお腹の中から。ありがとう」
イキテ クレレバ
「そろそろ今年の桜も終わりですかな」
「はい、私はこの白い桜が好きでね」
「ピンク色の桜も好きですが、白の、特にこの“白妙”という桜が気に入ってます」
「蕾の頃と開花直前は淡いピンク色なのに、段々と白くなる。そして、たわわに咲きほこる」
白い花びらが、雪のように舞っている。
近所の人が立ち話しをしながら、桜を見上げていた。
前から、あの女性が歩いて来る。
すれ違う時に彼女は云った。
「二十歳のお誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。貴女の分まで祝いたいと思います」
女性は静かに微笑んだ。
「では」
「はい。では」
いつも通りに軽く挨拶をして、僕等は
別の方向へと歩いてく。
(完)
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