それぞれの道 30 紗希 2024年4月1日 22:11 暖かい土曜日になったので、寧々と私は、河原で寝そべっていた。前を流れる川の音が、心地よい。「春ね〜」「そうだね」「今年も春がやって来ちゃった」「毎年のことだからね。あ、白い犬がやって来るよ」「散歩かな」白い犬を連れた、若い男性。大学生くらいの人かな。「寧々のお兄さんに似てる」「そうかな。あんなにカッコよくないよ」白い犬を連れた男性が、私たちの前を通り過ぎる。「いま、あの犬私たちの前を、大回りしなかった」寧々が云う。「したね。こっちをチラッと見てから、離れて歩いた」「犬にまで……」「犬は頭がいいから、顔の識別が出来るのよ、きっと。仕方ないよ悠里」寧々と私はため息をついた。「そういえば、寧々はマスクを取らないの?鬱陶しくない?」寧々は黙っている。「何かあった?」「やってしまった」「やってしまったって、いったい何を」寧々は、伏目がちになり、また、深いため息をついた。話したくないのかもしれない。私はそれ以上は何も訊かなかった。「春休みに……」ポツリと寧々は呟いた。「覚悟を決めて、親に相談した」「相談……」寧々は、頷いた。「整形したいって」 「せ……」寧々は小学生の頃から、しゃくれ気味の顎を気にしていた。実際、からかわれることも、日時茶飯事だった。(お前って、アントニオ猪木みたいだよな)自分で、どうにも出来ないことを、笑いながら揶揄するって、何なんだろ。相手が傷つくことが、楽しいから?その傷が、どれほど深くても。そんなこと想像したこともないんだろうな。担任の先生に、相談しても、「いちいちそんなことくらいで、落ち込まないでよ。メンタル強く持つの!判った」 そんなことくらい先生はいいね。美人だし。生徒に人気もあって。けれどね、先生。毎日毎日、男女問わずに笑われて、指をさされ、わざと転ばされる女の子の気持ちが、どんなものか、先生には、これっぽっちも想像出来ないんだね。中学生になった今も、寧々は同じ目にあっている。そして私も同じに。私は身長が140㎝に届かない。だけと、すごく太ってる。亡くなったお爺ちゃんが、いつもたくさんのお菓子を用意してくれた。私は一人っ子で、両親に溺愛されて育った。父は毎晩、ケーキやフライドチキンを、お土産に買って来た。大好物だったので、私はたくさん食べた。その様子を、父も母もニコニコして見ていた。そして、ある日小学校で「デブ」と云われたのだ。「デブ……」「えー!お前、自分がデブだって知らなかったの?誰がどう見てもデブでしょう」すると、もう一人の子が、「デブじゃなくて、大デブだよ。相撲取りになれるくらいの大デブ」「それに鼻は上向いてるから、ブタっ鼻だしな。デブでブスって最悪」相撲取りになるくらいのデブ。それにブス。自分は幸せだと思っていた。太っていても、家族に大切にされて、だから……。あゝ、だから女の子たちが、わたしを見て、クスクス笑ってたんだ。私は能天気だから、自分の容姿を、笑われていたなんて、思っても見なかった。私は、デブでブスで、そしてバカでもあったのか。それから私は寧々と、自然に友達になった。いつも、寧々のことを、「可哀想だなぁ」と思って見ていた。同じだったんだね。私も……。寧々と私の違いは両親だった。私は、可愛い可愛いと云われて育ったけど、寧々は逆だった。父にも母にも「女の子は顔が大事なのに、なんでこんな……」「誰に似たんだ。俺の親族には、居ないぞ」「私の親族にだったいないわよ!」「俺の子なんだろうな」「あなた!自分が何を云ってるのか、判ってるの!」そういうと母は、外に出て行く。泣きながら。そんな光景を、寧々は幾度となく見て育った。そして自分が、生まれてしまったことを悔やんだ。川を見たら、1羽の白鷺がいた。魚を狙っているのだろう。あんなに細い脚なのに、白鷺は水に流されることもなく、ジッとしていた。「整形で、顎の骨を削ってもらったんだ」寧々云った。「うん」「期待してたのと、全然違った。お父さんに大金を出してもらったのに」「……寧々、もし嫌じゃなかったら、マスクを取ってみて貰えるかな」寧々は「悠里になら」そう云って、マスクを外した。「これ、失敗だよね」「えー!どこが。綺麗になったよ。いいよ。とってもいい。良かったじゃない」「ホント❕悠里が云ってくれるなら、信じてもいいのかな」「手術、成功してるよ。お父さんと、お母さんは何て云ってるの?」「お母さんと、お兄ちゃんは、喜んでくれた。でも、お父さんは『あれだけの大金かけて、これくらいか?腕の悪い医者だったんじゃないのか」って。私は、お腹の底から頭に来た!学校でも虐められて、父親には、冷たい言葉をあびせられて。なんなの?親子でしょうが。私は直ぐにでも、寧々のお父さんに会いに行き、ひと言いたくなっていた。でも……寧々のことを考えると、思いとどまるしかなかった。後で父親から叱られるのは、寧々なのだから。「あっ、白鷺が魚をゲットした」「よく、粘ったね。冷たくないのかな」あ、あの人。「さっきの人だよ。白い犬もいる。散歩を終えて、帰るんだね」「こんにちは」その人は笑顔で、挨拶してくれた。私と寧々も、「こんにちは」と返した。イヌは飼い主の後ろに隠れてる。「こいつは人見知りな性格で、知らない人には特に怖がるんだ」「それだけじゃなくて、人見知りな上に、犬見知りでね。嫌な気持ちにさせたら、ごめんね」早く行こうと、犬が引っ張る。「はいはい、もう行くから」彼は。優しい眼差しで、犬を見た。「本当は、走ってあげたいんだけど、僕の心臓が、生まれつきポンコツでさ。走るのは禁止なんだって。医師に云われちゃったんだ」川で音が聞こえた。見ると白鷺は、空を舞っていた。私が、空を飛んでみたいな。と独り言を呟いたら、「飛べるよ。飛べる時は、キミにも来るさ」思わず私は、彼を見た。「さ、行くよ」そう云って白い犬に、引っ張られるように、彼は歩き出す。 いつか飛べる私は、どんな風に飛ぶのだろう。「優しい人だね」寧々の言葉を訊いた私も、そう思いながら、白い犬と男性の、後姿を見つめていた。「そろそろ帰ろうか」私達は、冷えて来た川辺を後にした。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #短編小説 #希望 #ありがとうございました 30