今夜も残業だった。
人気のない商店街の中で、一ヶ所だけ灯りがともる。
ハタハタと幟が風に揺れいる。
赤い布に白い文字。
{や き と り}
昼間はテイクアウトのお店だが、夜は狭い立ち飲み屋をしている。
「いらっしゃい。今日も遅くまで大変だね」
「おかげで毎日、寝不足だよ。酒、冷やで」
「はいよ」
「あとは、軟骨、モモ、それからボンジリね」
「塩で?」
「もちろん」
酒を飲み、やっと仕事から解放されたと実感する。
「はいよ、モモとボンジリ。軟骨はもう少し待ってな」
脂ののってるボンジリに舌鼓をうち、酒で流し込む。
「瓶ビールをちょうだい。それと、つくねとモモをタレで」
いつの間にか、俺の隣に女が居たので、いささか驚いた。
そして、その女は俺の焼き鳥を覗き込んでいる。
「あら、タレじゃないのね」
俺は無視を決め込んだ。
30いくかいかないか。
「焼き鳥はタレがいいのに」
「好みの問題だろう?それに昔っから旨いものは塩で食えっていうのを知らないのか」
女は俺の言葉を聞いてない。
「タレは、その店その店、味が違うの。いわば店の顔なのに」
「はいよ、つくねとモモ、おまち。お兄さんには軟骨」
「ここのタレは最高よ。食べてみて」
「しつこいな。俺は塩がいいんだ。放っておいてくれ」
「一口でいいから、ね?」
なんなんだ、この女は!
俺は、ウンザリして、一口だけ食べることにした。
ん?
「どう? 美味しいでしょ」
「もっと、甘ったるいかと思ってたが、そうでもないんだな」
「ここのは、本当に美味しいのよ」
「うん、いける。塩も旨いよ。食べてみる?」
女は少し考えてから、俺の焼き鳥を一口食べた。
「あら、そんなにしょっぱくないのね。以外」
「旨いだろう?」
「美味しいわ。次に来た時は、塩も頼んでみようかな」
「俺も、つくねをタレで焼いてもらうか」
女は、ビールを飲み干し、代金を払うと、カツカツとヒールの音を響かせて、行ってしまった。
俺も眠くなってきたので帰ることにした。
11月の風が吹いている。
「変な女も居たもんだ」
そう、独り言を云ってる俺の顔は、笑っていた。
「まいどあり〜」
風に乗って、オヤジさんの声が聞こえてきた。
了