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キミがいた窓辺

キミが一番好きな場所だった、この部屋には、今日も明るい光が窓から入ってきているよ。

“好きだった”


なんて、過去形で云うのは、変だね。

今もキミは、ここが一番好きだろうから。


キミは、一日の内の大半を、この部屋で過ごしていたね。

窓際に小さなテーブルと椅子を置き、そこで手紙を書いたり、キミが得意な編み物をしていたり。


『温室のような温かさの、この場所が好きだなんて、まるで猫みたいだな』

ボクの言葉にキミは笑いながら、

『そうよ、だって私は猫だもの』


そう答えたね。

ボクも以前にこの部屋で、キミと一緒に居た時に、あまりの暑さに耐えられず、思わず部屋を移動した。


そんなボクを見たキミは、

『猫は、私だけのようね』

クスクス笑いながら、編み物をしていた。




そんなキミも時々は、うたた寝していたのをボクは知っているんだよ。

キミには黙っていたけれど。

何故、黙っていたか、分かるかい?


そんなキミも、ボクは好きだから。

そんなキミも、とても可愛かったから。


ボクが云ってしまったら、キミはもう二度と、可愛いうたた寝をしなくなってしまうだろう?

キミは負けず嫌いなところがあるからね。

あの可愛い寝顔を、これからも見たいからね。


あぁ、植物たちに、後で水やりをしておこう。

やはりこの部屋は、猫ではないボクには暑過ぎるようだ。

汗をかいてしまった。

シャワーを浴びて、さっぱりとしてこよう。




『あなた、今日の夕食なんだけど、何か食べたいものは、ある?』

『そうだなぁ、特別これといって思い浮かばないけど』

『もう!毎日献立を考えるのは、大変なのよ、主婦は。だから協力してちょうだい』


『そうは、云ってもなぁ。う〜ん……あっ、アレなんてどうかな』

『アレって何?』

『アレだよ、鶏肉のヤツ』

『もしかして、水炊きのこと?』

『それそれ、水炊き』


『鍋料理に助けを求めるのは、主婦が思うことだから、鍋料理以外でお願いします』

『せっかく考えたのに、仕方ない、ハンバーグは?チーズがトロリの』


『それいい!チーズハンバーグにします』

ボクらは材料を買いに2人で出かけた。

ボクの仕事が休みの日には、必ず買い物は、2人で行くことが、いつの間にか決まりごとになっていた。


ボクは出かけるのが好きだから、それが近所のスーパーであっても全然構わない。

荷物持ちも嫌じゃない。


町内には3軒のスーパーがある。

今日はどの店に入るのだろう。


その時、いい匂いがしてきた。

焼き鳥を焼いてる匂いだ。

その時、キミはボクを見て、

『帰りに買っていこうか、焼き鳥』そう云った。

思わずボクは、頷いていた。


『じゃあ、先に注文してこようっと』


キミはそう云うが早いか、焼き鳥屋の前に立ったいる。

そしてボクに手招きをする。

『アナタは何にする?皮は買うわよね』

『もちろん。後は……ナンコツと、ボンジリ』


『注文だけしたら、ちょっと買い物して来ます。30分くらいで来ますから』

いいですよ。何にしましょう。

『皮を4本、ナンコツ2本、ボンジリ4本、ネギマを2本。全部塩で』


12本、全部を塩で。会計が1310円になります。

キミはお金を払って、ボクらは買い物に向かった。




1番奥のスーパーにボクらは入った。

カゴを手にしてキミはボクに、

『このお店のお肉が1番いいお肉なの。新鮮で。でも決して高くないし、今夜はハンバーグだからこのお店まで来ました』

丁寧にボクに説明をしてキミは嬉しそうな笑顔を見せた。


『え〜と、家に卵はある、パン粉もあるし、あっ玉ねぎを買わないとね』

口に出して、確認しながら、一つ一つカゴに入れていくのがキミの買い物の仕方だ。


そして全部、カゴに入れると、最後にまた確認するのだ。

『ひき肉、買った、牛乳、買った……よし!ではレジに並びます』


精算を終えたキミは、ボクと一緒にエコバッグに買った品物を入れて、外へ出た。

玉ねぎと牛乳が入ったバッグは少し重くなったが、これでもボクは重い荷物には慣れている。


若い頃に、引っ越し業者で働いていた事がある。

その時に、研修でかなり鍛えられた。

そうして焼き鳥屋に着いた。

キミは、小走りで、焼き鳥を受け取りに行った。


まいどありー


店主の威勢のいい声と共にキミは戻ってきた。

袋からは、香ばしい匂いがしている。

『まだ熱々だよ。早く帰って食べようね』

『歩きながらじゃダメ?』

思わずボクはそう云ってみた。


キミは、意外にも、

『歩きながら、それ、いいね。そうしようか』

キミは袋から焼き鳥を取り出してボクに渡した。

『サンキュ』そう云ってボクは焼き鳥を口に入れた。


『これはボンジリだ。やっぱり出来立ては、旨いな』

キミも焼き鳥を食べ始めた。

『ホントに美味しいね。スーパーでも売ってるけど、全然違う』


ボクらは、あっという間に平らげた。

残りは帰ってから食べることにして、家に向かって歩いた。




温室から出たあと、シャワーを浴びて、いつの間にか、寝てしまったらしい。

どうせなら、キミの作ったチーズハンバーグを食べてから、目を覚ましたかったな。

そんなことを考えていた。


若かったな、キミもボクも。

いつの間にか、70を越えてしまった。

さて、出掛けるとしよう。


着替えを終えて、ボクは家を出た。


目的の場所に着くと、ボクを見た看護士が、

「あら、今日はいつもより少し遅かったですね」

と、声をかけてきた。

「あぁ。汗をかいてね、シャワーを浴びたら、いつの間にか寝てたらしい」


「そうでしたか。でもご主人は、お元気で何よりです。毎日通ってくるのが辛くなったら、無理はしないでくださいね」

ボクは頷いた。

そしてキミの部屋に入った。

今日のキミは、どんな反応を見せるのだろう。




「こんにちは」ボクはキミに、挨拶をした。

ベットに横になっていたキミは、少し嬉しそうな顔を見せた。

ボクの願望かもしれないが。


キミはゆっくりと、起き上がると、

「こんにちは。今日も来てくださって」

最初の頃とはだいぶ違う反応をするようになった。

始めはボクを見て、キミは怯えていた。


「どちら様かは存じませんが、本当にありがとうございます」


そう、キミはボクが誰だか忘れてしまった。

だから、最初は怯えたのだ。

知らない男が突然現れたものだから、キミは怖かったのだろう。


「いえ、お礼には及びません。むかし……ボクは貴女にお世話になったことがあるのです。貴女が覚えてらっしゃらないほど、遠いむかしにです」


キミは不思議そうな顔をして、首を少し傾げる。

「そう……なのですか?」

「はい、お礼を云うならボクのほうです」


キミは恥ずかしそうな顔をして、はにかむ。

ボクはそんなキミを見て、また恋をする。


たぶん、これからも、ボクは何度もキミに恋をするだろう。

ずっとずっとキミに恋をしていくのだろう。


      了









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