かき氷とラーメンスープ 19 紗希 2022年7月26日 19:22 クックックッ私の前にはかき氷がある。今さっき運ばれてきたばかりのかき氷。それを見た瞬間から圭太は笑い始めた。いや、かき氷を見た時の私の顔を笑っている可能性も高い。海で泳ぎ、砂浜で寝転ぶ。日焼け止めを小まめに塗りながら。海の家で700円の醤油ラーメンを食べて持って来るのを忘れたビーチサンダルも同じ海の家で買った。真夏の砂は火傷するぐらい暑いので、素足では危険だ。海風が吹く度にレンタルしたビーチパラソルが倒れそうになるのを二人で慌てて抑えること十数回。くつろげない。何とか深くパラソルを刺して、やれやれと再び寝転ぶ。同時に小さいイビキが訊こえ来た。圭太は3秒あれば眠りの国に行けるという魔法を知っているらしい。私が訊いても絶対にその魔法を教えてはくれない。子どもたちが波打ち際ではしゃいでる。私が作った砂のスノーマンはまだ倒れていない。サングラスをかけた男性は悪い人に見えるので怖い。けれど女性の場合はカッコイイと思うのは、単なる私の個人的な「癖」だろう。海水浴に来る度に必ず海月に刺されたけれど今日は一度も痛い目に合わずに済んだ。運がいい!ラッキー!ついてる!焼きとうもろこしの香ばしい醤油の匂いが鼻を誘惑にかかる。私は負けない。さっきは負けて焼きイカを食べたから。「そろそろ帰ることにしようか。シャワーも混み始めるから」いつの間にか起きていた圭太の提案に私も賛同して支度を始めた。「ビーチパラソルを返して来る」私は「うん」と返事をして、シートの砂を払い畳むと大きめのバックにしまう。腕に目がいく。日焼け止めの効果はどれくらいだろう。 片付けを終えた圭太と私は荷物を受け取りに海の家に行き番号札と交換した。そのあと男女別々のシャワールームに向かう。ここのシャワールームは広いので、まるで銭湯のようだ。待たずに済むから嬉しい。綺麗な女性たちの裸を私は見ないようにしている。同性でも女の裸体は、エッチだと思う。だから照れてしまうのだ。ベタベタで砂だらけの体がサッパリして気持ちがいい。圭太は先にシャワーを終えて、ちょっとした休憩所で椅子に座り天然水を飲んでいた。「圭太、お待たせ。行こうか」「おう。ところで腹が減りました。何か食べたいです」「何が食べたいの?この辺にはお店はないから駅の近くまで我慢して」圭太はニマッと笑い頷く。歩き出すと体が疲れているのが分かる。脚が重い。「運動不足」小声で呟く。それにしても西陽が眩しい。熱されたアスファルトからも暑さがユラユラと立ち登る。360°暑いので逃げ場がない。「莉子の注文したかき氷は何だったの?」「メロンの……」「やっぱり間違えられてる。クックックックッ、何度目だよ。可哀想にクックッ」私は無言で食べ始めた。レモン味のかき氷を。「あー美味しい!レモン味だって私は好きだもんね」 ✴︎✴︎✴︎「あ、ラーメンの幟が見える」「ラーメンは海の家で食べたけど、またラーメンでも圭太はいいの?」「全然OKだよ!ラーメン大好き小池さんだから」「じゃあラーメン屋さんに入ろう、席が空いてるといいね」お店の戸を少し開けて中を覗く。大丈夫だ、座れる。私たちはお店に入った。アルバイトらしき男の子がお冷やとお絞りを出してくれた。圭太はチャーシュー麺と半炒飯のセットを、私はまた醤油ラーメンを頼んだ。よく見ると圭太の首から腕が赤くなっている。「日焼けしてるね」「そうなんだ、さっきからピリピリしてる」「私はどう?やっぱり焼けてる?」「そうだね莉子も日焼けしてる。でも大したことは無いよ」「おまちどうさま、チャーシュー麺と半炒飯のセットの方は」「僕です」バイト君が丁寧に圭太の前に置く。次に私の前に醤油ラーメンを置くと「ごゆっくり」と云って戻って行った。食べよう食べようと云いながら圭太は食べ始めた。すると、へぇ〜と声を出し、また食べ出す。へぇ〜ってどういう意味なんだろ。私はレンゲでスープをすくい飲んでみた。わわわわ初めて味わった、この出汁のラーメンスープ。「莉子は食べられそう?」圭太が心配そうに私を見ている。「どうだろう、全部は無理かもしれない。食べれるところまで食べるね」私は鶏ガラスープが一番好きで、豚骨スープは食べられない。でもこのスープはどちらでもなく、魚介から出汁を取ったようだ。一口でかつ節の味が口じゅうに広がる。結局ほとんど食べられなかった。お店を出ると圭太が申し訳なさそうに私を見ていた。「ごめんな莉子。僕も驚いた。鰹の味だっただろう?好き嫌いが分かれると思った。ラーメンが食べたいなんて云わなきゃよかった。悪かったな」「そんなに謝らないでよ。圭太だって知らなかったんだし、私はさほど空腹じゃなかったから平気」今は魚介系の出汁は当たり前になっているし私も好きになった。そして次に入ったお店で、私たちはかき氷を食べている。食べ進める内に私たちは無口になって行った。圭太と会うのは今日が最後になる。ラストデートももう直ぐ終わる。「高校からの付き合いだったな。今まで本当にありがとう莉子」「私も圭太と過ごせてとっても楽しかった!ありがとう圭太。元気でね」「うん!莉子もね」圭太は父の事業が傾いていることを知り、立て直しにかかるため、故郷に帰ることになった。私も最初に訊いた時は動揺した。けれど、私も一緒に行くという言葉は出て来なかった。大好きなのに出ては来なかったのだ。圭太の方からも来てほしい、という言葉は無かった。かき氷を食べ終えた私たちは、駅前の駐車場に向かって歩く。歩きながらいつもと同じ、他愛もない話しをしては、笑いあった。「莉子は本当に乗らないの?」車の中から圭太は訊いた。私は電車で帰るからと答えた。「そっか」圭太はそう云い窓から手を出して、「莉子、握手」私も圭太の手をギュッと握り締めた。圭太も私も泣くまいとしている。「じゃあ、行くね」「うん、安全運転でね、ありがとう圭太」「僕の方こそありがとう莉子!」そう云って車は走って行った。見送ったあと、涙が溢れ暫く泣き続けた。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #短編小説 #読んでくれてありがとう #かき氷 #海水浴 #最後のデート #魚介出汁のスープ 19