京都に置いて来た天使 46 紗希 2022年7月19日 09:41 もう、かなりの年数が経つけれど、23歳の時に初めて一人で旅をした。場所は京都。修学旅行や、高校の卒業旅行で友達とも訪れている。行きたくなった理由、それは片思いをしていたからだった。あの時の感情は不思議で、切なくて、胸が苦しいのだけど、その一方でどこか夢見がちな自分がいた。 [片思いしている自分に酔ってた?]……ちょっと違う期待 そうだ期待していたんだ片思いが実ることを。たった一泊なのに、行きたい場所がたくさんあった。大好きな清水寺にも行き、京都駅からバスで1時間以上かけて、初めて大原の三千院へも脚を伸ばした。バスから、雪を被った比叡山が見えて感動したことも、よく覚えている。三千院近くは賑わっていて、無料のお茶屋さんもあった。私も休憩させて頂いた。「暖まりますから、どうぞ」そう云って、女性がお茶を差し出してくれた。もちろん、はんなりと京都弁で。お礼を云って、湯呑みを口にする。「シソの味がする」そう、それは緑茶ではなく、シソ茶だったのだ。香りも良く、一月の真冬の旅で冷えた体にシソ茶は染み渡る。お土産に買って、茶屋を出た。いま思えば、上手いこと商売に乗せられたのかな、とも思う。でも構わない。休憩させて頂いて、美味しいお茶も飲めたのだから。好きな人と一緒だったら、もっと美味しく感じただろうな。Sさんは、2つ歳上の同僚の男性。食べることが大好きで、その量も凄かった。笑わせて、喜ぶ人で私もしょっちゅう笑わされていた。けれど、後から知ったSさんが育った環境は、かなり壮絶なもので、それでも常に明るいSさんのことが私は好きになっていた。「ここが三千院なんだ」歌でも有名な三千院は、女の子達で賑わっていた。美しいお庭には、薄らと雪が残っていて、他の観光客の人々は、「寒い寒い」と、廊下を足速に行くけれど、私はいつまで眺めてることが出来た。「随分、遠くまで来たね、わたし」やはり、大原という土地は、三千院は、女性を惹きつけるものが有るみたいだ。本数が少ないので、京都駅行きのバスは満員のラッシュ状態。運良く座れた私は、来た時と同じに雪の比叡山に見惚れてしまう。必ず行きたいと、ずっと思っているけれど、まだ行けていない比叡山。その夜は京都駅近くのビジネスホテルに宿泊する。部屋で少し休むと、賑わう街に出て、夕飯のお弁当を買ってホテルに戻った。鍵の開かない窓から、煌びやかな京都の街を一人で眺めていると、寂しさに襲われそうになり、お弁当と一緒に買った、缶ビールを開けてゴクゴク飲んだ。「僕の家はオヤジが経営していた工場を潰してさ、凄かったよ貧乏で」Sさんはそう云った。六畳に家族5人で寝ていたそうで、ガス代が払えないので、薪のお風呂に入っていたという。「けれどそれも近所から、煙のことで苦情が来てね」薪のお風呂想像が付かない。「高校もバイトでほとんど出席しなかった。成績はビリから2番目」「でもSさん勉強が出来そうだから、中学生の時は、成績も良かったんじゃないですか?」Sさんは、寂しそうな笑顔で、小さく頷いた。翌朝は早目にホテルを出ると、当時から人気だった嵐山に向かった。そしてあることに気がついたのは、渡月橋で、観光客の方に写真を撮って頂いた後のことだ。 〈ペンダントがない〉天使の付いたペンダントが、いつの間にか消えていた。私は動揺してしまった。あのペンダントは、恋が実るペンダントだったから。そういう広告が雑誌の一番後ろに載っていたのだ。「胡散臭いなぁ、これ」そう思いながら、体験者の人たちの感想を読んでいた。“信じられないです!片思いの彼から告白されました”“このペンダントを付けたら、急にモテるようになったんです”“彼からプロポーズされました!”体験談も胡散臭い、けど……。私は買っていた。9800円もした胡散臭いペンダント。けれど既に私には、本物の願いを叶えてくれる天使になっていた。動揺はしたものの、気持ちは嵯峨野に向いていた。今日は帰る日なのだ、凹んでいる時間はない。行きたい場所は、全て廻ることが出来た。私は朝から熱が出ていた。そのことが余計に私を奮い立たせていたと思う。寒気を感じながら嵯峨野を巡り、最後に1番行きたかった、化野念仏寺に向かう。テレビで見ていたのと同じ景色がそこにはあった。実際にドラマの撮影をしていたので、スタッフの皆さんが観光客に気を使っているのが分かる。観光客側もまた、邪魔にならないように気をつけながら歩いていた。「オヤジの知り合いの人が、見かねて所有している空き家を家賃無料で貸してくれた。ありがたいと同時に、惨めでさ」例えようのない表情で、Sさんはそう云った。私はただ胸が痛いだけだ。Sさんの心情を、全て分かってあげられないことが悔しかっただけで。化野の奥にある、鮎料理の茶屋の前で一休みをした。なんとなく別の次元にいるような、不思議な場所だ。そして、私のたった一泊の京都旅行は、終わり、帰りの新幹線に乗った。天使を京都に置いたまま。「きれいだなぁ」「キレイだよね。以前、友達に連れて来てもらった場所なの。横浜の根岸辺りの工場夜景」私はSさんとドライブに来ている。そう、片思いは実ったのである。どうやら天使は羽根を使って、私について来てくれたらしい。こんなことも、起こるんだね。不思議で、とっても幸せなことって。きっと誰にでも起こり得ること。気付かないだけで。だから次はちゃんとキャッチして欲しい。貴女にも、貴方にも。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #京都 #やってみた大賞 #天使 #ありがとうございました #買ってみた #願いが叶った #胡散臭い広告 46