Photo by video_curazy ♯【会社帰りの総菜屋】 8 紗希 2019年12月6日 03:06 最寄りの駅に着いて、アパートへ帰る道すがら、小さな肉屋がある。惣菜も売っていて、一人暮らしで夕食を作るのが面倒な時、よく利用させて貰った。鶏肉が大好きな私は、毎回チキンカツか、手羽先の焼いたのを買うことが多かった。あ、あとポテサラ。この町に引っ越してきたばかりの頃は、人見知りの私は、そのお店で買うことが恥ずかしくて、食べたいのに、素通りをしてた。買えるようになってからも、どこか緊張していたと思う。しょっちゅう買うのが恥ずかしく、顔を覚えられるのも抵抗があった。けれど、いつの間にか慣れてしまい、安い給料から捻出して、鶏肉の惣菜を買って帰った。スーパーの無い田舎町。新宿から20分のところにあるのに、拓けていない。アパートを探している時、この町にある物件が一番家賃が安かったのだ。もちろん、風呂など無く銭湯通い。しかも遠い。それでも苦には感じなかったのは、途中にあるコンビニのおかげだったのかもしれないしれない。銭湯帰りに必ず寄って、メロンシャーベットを買い、食べながら帰るのが楽しみだった。ただ、途中に小さな踏み切りがあり、意地悪な大家さんから、あの踏み切りは、大学生が何人も飛び込み自殺をしてるんだよ。そう聞いていた。踏み切りの側には、狭そうな居酒屋があり、赤ちょうちんが、やけに明るく見えた。ある日の会社帰り、あの肉屋さんの様子が変だった。立ち話をしている主婦によると、夜逃げをしたらしかった。かなり慌てて出て行ったらしく、テーブルの上には、食べかけのご飯が入ったお茶碗や、飲みかけの緑茶が置いてあったらしい。信じられなかった。昨日まで、にこやかに営業していたのに。おばちゃん、おじちゃん、どこへ行ったのよ。何があったの?ねえ、手羽先の焼いたやつ、食べたいよ。「はい、一つおまけ」そう云って、しょっちゅう多くくれた。この町に住む楽しみが減った。おじちゃん、おばちゃん、元気でいて欲しい。頑張ってスタートを切って欲しい。私には、これぐらいしか云えないけれど、私もスタートしたから。だから人生の先輩の、おじちゃん、おばちゃんにも立ち直って欲しいんだ。偉そうだけど、そう願ってるからね。おじちゃん、どこかで美味しいチキンカツを揚げていて欲しい。おばちゃん、また会った時は、笑顔で「お帰り」って云ってね。今までありがとう。 (完) ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #小説 #一人暮らし #寂しい #頑張って #お惣菜屋さん 8