Photo by office_kumasaka さだ子さん 9話 61 紗希 2020年5月26日 07:56 最終回「さだ子さん、お久しぶりです。随分と長いこと仕事に行ってたんですね」「はい、本当は年末年始だけの予定だったのですが、旅館の方々に引き留められまして」「旅館……ですか」「はい、従姉妹の知り合いの方が旅館を経営してるんです。そこで仲居さんをやってました」「大変だったでしょう。仲居さんの仕事はハードみたいですから」「でも楽しかったです。あ、これお土産です。岩海苔の入ったお煎餅です」「ありがとうございます、お煎餅大好きなんです」「良かった〜、では今日はこれで失礼します。お邪魔しました」僕は慌ててさだ子さんを引き止めた。「あの、明日は予定はありますか?」「いえ、ありませんが」「昼間なら何時でもいいので、僕のところに来てもらえないですか?」さだ子さんは、少し考えて、「では、午前10時でもいいですか?」「はい、大丈夫です。インターホンを鳴らして貰えたら直ぐに外に出ますから」「はい、分かりました、では明日また」さだ子さんはペコリとお辞儀をして帰って行った。「いよいよだ」僕は既に興奮していた。「さだ子さん、喜んでくれるといいんだけど」心臓がバクバクしている。不安や緊張や、そして期待もーー。「やれる限りのことはした。後は神様に任せよう。神様がいるのか、いないのかは知らないけど」そして翌日の10時ぴったりに、さだ子さんはやって来た。「おはようございます。アパートの前で待っていてください。僕も既に行きますから」さだ子さんは、不思議そうな顔をして、「はい、分かりました」と、云って歩いて行った。僕も急いでスニーカーを履いて、外に出た。アパートの前にさだ子さんが立っている。「そこで待っていてください、僕が呼びますから、そしたら来てください」さだ子さんは、ポカンとした表情で頷いた。僕はアパートの裏の空き地に行った。「よし、これで大丈夫だろう。さだ子さ〜ん、来てください」さだ子さんは意味が分からず、首を傾げながら歩いて来た。「林健太さん、何が始まるのですか?」「さだ子さんに、是非観て貰いたい物があるんです。それは」「これなんです」僕は大きなシートを剥がした。そこには中古の白いワゴン車。さだ子さんは、かなり驚いた様子だ。「さだ子さん、ここへ来てください」僕に促されて、さだ子さんはゆっくりゆっくり車に近付いて来た。そして車内を見て両手で口を押さえた。車内は、小さなキッチンになっている。驚いた顔で、僕と車を交互に見ている。「林健太さん……これ……」「車の上も見てください。このワゴン車の名前です」さだ子さんは、少し離れて顔を上げた。[焼き鳥 さだちゃん]さだ子さんは唖然と観ている。「本当は、『たちばな』がいいかなって思ったんです。でも世の中には詮索好きな奴もいるので」「……」「僕は偶然だったんですが、さだ子さんの……ご両親に起きた出来事を知りました」「……わたしの両親のこと」「はい。でも特に調べようとした訳ではないんです。パソコンを弄ってたら、そのことが出ていて」「そう……ですか、びっくりされたでしょうね」「ええ、凄く腹が立ちました。悲しさで胸が痛くなって。それで横浜まで行ってきました」「えっ!」「勝手なことをしてすみません。さだ子さんが、その……時にご両親と暮らしていた場所に、僕はどうしても行きたかった。その場所に立ちたいと思いました」「……かなり昔のことですから、だいぶ変わっていたのでしょうね」「僕は当時の様子は知らないので、古くからやっている店を探しました」「合ったんですか?」「はい、『中村豆腐店』がありました」「あぁ!まだお店をやってらして!中村さんは、わたしの父と仲が良かった方です」「はい僕も、ご夫妻からお聴きしました。奥さんもお元気そうでした。僕が今、さだ子さんと同じアパートに住んでいる、と云ったら泣いていました。ずっと心配なさっていたそうです」さだ子さんは、後ろを向いた。彼女の肩が、小刻みに揺れていた。しばらくして、さだ子さんが泣き腫らした目をして、こちらを向いた。僕は、余計なことかも知れないけれど、さだ子さんの自宅が有った場所にも行き、花束を置いて来たことも話した。さだ子さんは、自分の胸に手を当てながら、何度も何度も、僕に感謝を伝えた。涙が止まらないまま。僕も、いつの間にか涙声になっていた。そして、大きく深呼吸をしてから、ワゴン車の話しの説明を始めた。「僕は運転免許を取ったんです。さだ子さんと一緒に、この車で焼き鳥を売るために」「焼き鳥を」「はい!いま流行りのキッチンカーですね」僕は照れ笑いをした。「キッチンカーで商売をするのって、手続きやら何やらで大変なんだなと、よく分かりました」「でも、わたしは焼き鳥は焼いたことがないんです」「大丈夫です。僕がバイト先で、みっちりスパルタで教わりましたから。さだ子さんに教えてあげられます。それに、さだ子さんが焼き鳥を焼くのは当分、先でいいですから。商売が軌道に乗ってからでも、じゅうぶんです」「でも、わたしは何をしたらいいのですか」「お客さんの相手をお願いします。お代を受け取ったり、お釣を渡したり。僕が焼いた品物を、袋に入れてくれたり」「仕込みはどうするのでしょう」「あ、それなんですが、車内で仕込みをしてはいけないと知りました。先程、話したバイト先の大将が、店を使っていいと云ってくれたんです」「じゃあ昼間は、そのお店で仕込みをさせて貰えるんですね」「それだけじゃないんです。肉の仕入れ先も、同じところを紹介してくれました」「優しい人なんですね。ご自身も焼き鳥を売っているのに」「さだ子さんのことを、話したら、『オレに任せてとけ!』って云ってくれたんです」さだ子さんは手を合わせた。「ありがたいです。本当に、ありがたいです」「場所も決まりましたよ。スーパーサカエヤさんの駐車場を、お借り出来ることになりました」「林健太さん、わたしが留守をしている間に、色々なさってくれて、なんてお礼を云えばいいのか分かりません。本当にありがとうございます」「いえ、僕がさだ子さんと一緒に働きたかっただけで」「え?」「な、なんでもありません」そこへ、大家さん夫妻がやって来た。「これね〜。なかなか立派じゃないの」「ホントだな。『焼き鳥 さだちゃん』か。いいね〜」「大家さん、奥さん、買いに来てくださいね」さだ子さんは云った。「さだ子さんは商売上手だな」「案外、向いているかも知れないわね」そう云って、皆んなで笑った。それから3週間後。サカエヤさんの駐車場に車を止めた。『焼き鳥 さだちゃん』がオープンを迎えた。スーパーでの買い物帰りの人や、近所の人たちが、買いに来てくれたので、列が出来た。もちろん大家さん夫妻も。僕は必死に焼き鳥を焼いた。さだ子さんは、会計をしながら、時間が少しでも空くと、小さい子たちに、話しかけていた。「焼き鳥が出来るまで、遊ぼうか?」「うん!あそぶ!」「じゃあね、これ出来るかな」さだ子さんは、そう云って、クルクル回り出した。「できるよ。かんたんだもん」そう云って子どもたちは真似をして、クルクル回った。さだ子さんは最高の笑顔を見せていた。僕はいつか必ず、お店を持とうと決意している。横浜の公園で、ご両親に花束を贈った時に誓ったこと。「さだ子さんは僕が必ず幸せにします。安心してください」その誓いを僕は必ず果たす。大事なさだ子さんと幸せに生きて行く、ずっと一緒に。そう、ずっと2人で。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #創作大賞2024 #お仕事小説部門 61