見出し画像

さだ子さん 9話 

       最終回


「さだ子さん、お久しぶりです。随分と長いこと仕事に行ってたんですね」

「はい、本当は年末年始だけの予定だったのですが、旅館の方々に引き留められまして」

「旅館……ですか」


「はい、従姉妹の知り合いの方が旅館を経営してるんです。そこで仲居さんをやってました」

「大変だったでしょう。仲居さんの仕事はハードみたいですから」

「でも楽しかったです。あ、これお土産です。岩海苔の入ったお煎餅です」

「ありがとうございます、お煎餅大好きなんです」


「良かった〜、では今日はこれで失礼します。お邪魔しました」

僕は慌ててさだ子さんを引き止めた。

「あの、明日は予定はありますか?」

「いえ、ありませんが」

「昼間なら何時でもいいので、僕のところに来てもらえないですか?」


さだ子さんは、少し考えて、

「では、午前10時でもいいですか?」

「はい、大丈夫です。インターホンを鳴らして貰えたら直ぐに外に出ますから」

「はい、分かりました、では明日また」


さだ子さんはペコリとお辞儀をして帰って行った。

「いよいよだ」

僕は既に興奮していた。

「さだ子さん、喜んでくれるといいんだけど」
心臓がバクバクしている。
不安や緊張や、そして期待もーー。


「やれる限りのことはした。後は神様に任せよう。神様がいるのか、いないのかは知らないけど」


そして翌日の10時ぴったりに、さだ子さんはやって来た。

「おはようございます。アパートの前で待っていてください。僕も既に行きますから」

さだ子さんは、不思議そうな顔をして、

「はい、分かりました」と、云って歩いて行った。


僕も急いでスニーカーを履いて、外に出た。

アパートの前にさだ子さんが立っている。

「そこで待っていてください、僕が呼びますから、そしたら来てください」

さだ子さんは、ポカンとした表情で頷いた。


僕はアパートの裏の空き地に行った。

「よし、これで大丈夫だろう。さだ子さ〜ん、来てください」

さだ子さんは意味が分からず、首を傾げながら歩いて来た。


「林健太さん、何が始まるのですか?」


「さだ子さんに、是非観て貰いたい物があるんです。それは」


「これなんです」

僕は大きなシートを剥がした。

そこには中古の白いワゴン車。

さだ子さんは、かなり驚いた様子だ。


「さだ子さん、ここへ来てください」

僕に促されて、さだ子さんはゆっくりゆっくり車に近付いて来た。

そして車内を見て両手で口を押さえた。

車内は、小さなキッチンになっている。


驚いた顔で、僕と車を交互に見ている。

「林健太さん……これ……」


「車の上も見てください。このワゴン車の名前です」


さだ子さんは、少し離れて顔を上げた。


[焼き鳥 さだちゃん]


さだ子さんは唖然と観ている。

「本当は、『たちばな』がいいかなって思ったんです。でも世の中には詮索好きな奴もいるので」


「……」


「僕は偶然だったんですが、さだ子さんの……ご両親に起きた出来事を知りました」

「……わたしの両親のこと」

「はい。でも特に調べようとした訳ではないんです。パソコンを弄ってたら、そのことが出ていて」


「そう……ですか、びっくりされたでしょうね」

「ええ、凄く腹が立ちました。悲しさで胸が痛くなって。それで横浜まで行ってきました」


「えっ!」

「勝手なことをしてすみません。さだ子さんが、その……時にご両親と暮らしていた場所に、僕はどうしても行きたかった。その場所に立ちたいと思いました」


「……かなり昔のことですから、だいぶ変わっていたのでしょうね」

「僕は当時の様子は知らないので、古くからやっている店を探しました」

「合ったんですか?」

「はい、『中村豆腐店』がありました」


「あぁ!まだお店をやってらして!

中村さんは、わたしの父と仲が良かった方です」

「はい僕も、ご夫妻からお聴きしました。奥さんもお元気そうでした。僕が今、さだ子さんと同じアパートに住んでいる、と云ったら泣いていました。ずっと心配なさっていたそうです」


さだ子さんは、後ろを向いた。

彼女の肩が、小刻みに揺れていた。


しばらくして、さだ子さんが泣き腫らした目をして、こちらを向いた。


僕は、余計なことかも知れないけれど、さだ子さんの自宅が有った場所にも行き、花束を置いて来たことも話した。



さだ子さんは、自分の胸に手を当てながら、何度も何度も、僕に感謝を伝えた。

涙が止まらないまま。


僕も、いつの間にか涙声になっていた。


そして、大きく深呼吸をしてから、ワゴン車の話しの説明を始めた。

「僕は運転免許を取ったんです。さだ子さんと一緒に、この車で焼き鳥を売るために」


「焼き鳥を」

「はい!いま流行りのキッチンカーですね」
僕は照れ笑いをした。

「キッチンカーで商売をするのって、手続きやら何やらで大変なんだなと、よく分かりました」


「でも、わたしは焼き鳥は焼いたことがないんです」

「大丈夫です。僕がバイト先で、みっちりスパルタで教わりましたから。

さだ子さんに教えてあげられます。

それに、さだ子さんが焼き鳥を焼くのは当分、先でいいですから。商売が軌道に乗ってからでも、じゅうぶんです」


「でも、わたしは何をしたらいいのですか」

「お客さんの相手をお願いします。お代を受け取ったり、お釣を渡したり。

僕が焼いた品物を、袋に入れてくれたり」


「仕込みはどうするのでしょう」

「あ、それなんですが、車内で仕込みをしてはいけないと知りました。

先程、話したバイト先の大将が、店を使っていいと云ってくれたんです」


「じゃあ昼間は、そのお店で仕込みをさせて貰えるんですね」

「それだけじゃないんです。肉の仕入れ先も、同じところを紹介してくれました」


「優しい人なんですね。ご自身も焼き鳥を売っているのに」


「さだ子さんのことを、話したら、『オレに任せてとけ!』って云ってくれたんです」

さだ子さんは手を合わせた。

「ありがたいです。本当に、ありがたいです」


「場所も決まりましたよ。スーパーサカエヤさんの駐車場を、お借り出来ることになりました」

「林健太さん、わたしが留守をしている間に、色々なさってくれて、なんてお礼を云えばいいのか分かりません。本当にありがとうございます」


「いえ、僕がさだ子さんと一緒に働きたかっただけで」

「え?」

「な、なんでもありません」


そこへ、大家さん夫妻がやって来た。

「これね〜。なかなか立派じゃないの」

「ホントだな。『焼き鳥 さだちゃん』か。

いいね〜」


「大家さん、奥さん、買いに来てくださいね」
さだ子さんは云った。

「さだ子さんは商売上手だな」

「案外、向いているかも知れないわね」


そう云って、皆んなで笑った。


それから3週間後。

サカエヤさんの駐車場に車を止めた。

『焼き鳥 さだちゃん』がオープンを迎えた。

スーパーでの買い物帰りの人や、近所の人たちが、買いに来てくれたので、列が出来た。
もちろん大家さん夫妻も。


僕は必死に焼き鳥を焼いた。

さだ子さんは、会計をしながら、時間が少しでも空くと、小さい子たちに、話しかけていた。

「焼き鳥が出来るまで、遊ぼうか?」

「うん!あそぶ!」


「じゃあね、これ出来るかな」

さだ子さんは、そう云って、クルクル回り出した。

「できるよ。かんたんだもん」

そう云って子どもたちは真似をして、クルクル回った。


さだ子さんは最高の笑顔を見せていた。

僕はいつか必ず、お店を持とうと決意している。


横浜の公園で、ご両親に花束を贈った時に誓ったこと。

「さだ子さんは僕が必ず幸せにします。

安心してください」


その誓いを僕は必ず果たす。

大事なさだ子さんと幸せに生きて行く、ずっと一緒に。そう、ずっと2人で。


    了







いいなと思ったら応援しよう!