見出し画像

並行時空の世界

 兄が居なくなって何年経つのだろう。

 あの日の早朝、僕はトイレに起きた。


兄は僕の隣りで寝ているはずなのに布団は空っぽだ。

僕は早くトイレに行きたかったから急いで部屋を出た。

戻った時、なんで兄が居ないのか、不思議に思ったが、僕はとても眠かったので直ぐに布団に入ると再び寝てしまった。


窓の外で小さな音がしたような気がした。


学校に行く時間になって、お母さんに起こされた僕は半分眠った状態で仕方なしに体を起こす。


パジャマを脱ぐと枕元にお母さんが用意してくれた服に着替えてキッチンに行った。

パンを食べ、ミルクを飲んでいたら、お母さんが心配そうな顔をしてお父さんと話しをしている。


  透がどこにも居ない。

  お母さんはそう云った。

  お父さんは近所を探して来る。

  そういうと玄関から出て行った。


その様子を見ている内に僕も不安になって、心臓がドキドキして来た。

お母さんは僕の様子に気がついて、無理に笑顔を作ると

「誠は何にも心配しないでいいのよ。大丈夫だから」


僕の頭を撫でながら、そう云った。

時間になったから僕はランドセルを背負うと

このあいだ買ってもらった青いスニーカーを履いた。

「気をつけて行ってらっしゃいね」

「うん」

僕はそれだけをお母さんに云うと学校に向かった。


途中で家に戻るお父さんと会った。

「ちゃんと勉強するんだぞ」

それだけ云って、帰って行った。

  この日以来、お兄ちゃんは消えて

  しまった。


僕が小学5年で、お兄ちゃんが高校1年の

9月の朝のことだった。


無くなっていたのはお兄ちゃんの財布と

リュック、スマホ。

そして自転車だった。

僕が訊いた小さな音は、たぶん自転車の音だったんだと思う。

画像1

お兄ちゃんが通っていた高校は当然ながら大騒ぎになったらしい。

先生たちも、教育委員会も、マスコミ対策に右往左往したという。


地元でも騒ぎとなっていた。

警察を始め、たくさんの人々が捜索を開始。

山も林の中も廃屋も、そして繁華街も見廻りをしてくれたみたいだ。


僕は小学校で色々云われたり、訊かれたりして嫌な気分だったし頭にもきてた。

「誠、本当になんにも知らないのか?」

「お兄ちゃんの居場所を知ってて隠してるんじゃないか」


学校に行くのが嫌になっていた。

お母さんもお父さんも僕に構ってる暇はないのが判るから何にも話さないことに決めたんだ!


実はこの時、お父さんもお母さんも

兄とは連絡が取れていたと後から知った。

兄は学校でかなり傷つくことがあったために、自転車で日本一周すると連絡があったのだ。


そのことを両親は警察にも、捜索してくださった人たちにも、学校にまでちゃんと連絡してるのに……。


 何で僕には教えてくれなかったの?


僕は誰とも遊ばなくなった。


お兄ちゃんとよく行った場所に一人で行くようになったからだ。

野鳥を観察する小屋や、広い公園など、あちこち。

画像2

  僕がどんなに寂しいか

  誰も知らない。


  僕が毎晩泣いていることを

  誰も知らない。


  あの朝、外で音が聴こえた時

  なぜ僕は窓を開けなかったのか

  ずっと後悔していることも。

  

  【ここから消えてしまいたい!】

画像4


「レオ、レオ」

うるさいなぁ人が寝てるのに。

それにレオって誰さ。

「レオ、気分でも悪いのか?ずっと寝てるけど」

僕のことか?レオって。


とにかく僕は眠かった。催眠術にかかったみたいに。


するとさっきから僕をレオと呼ぶ男性が

近寄って来た。

「具合が悪いようなら病院に行くか?」

僕は無理矢理、目を開けたがボンヤリしているからよく見えない。

目を擦ってもう一度その男性を見た。


「起きたか!今日は仕事はやめて、ちゃんとベットで寝るんだよ」

この人は誰だっけ、でも知ってる人だ。

ダークブラウンの髪、もみあげから顎にかけて髪と同じ色の髭をはやしてる。

瞳はパープル、とても綺麗だ。


「ルーカス、どうかしたの?」

今度は女の人だ。

この男の人はルーカスっていうのか。

あゝ、そう云えば確かにそうだ。

僕は知っていたよ。


「レオがさっきからずっと寝てるからさ、

大丈夫かなと思ったんだ。

そうだ、ルシア何か飲み物を持って来てくれるかい」

「判ったわ、レオの好きなモストを持って来る」


ルシアと呼ばれる女性もダークブラウンの髪をしている。

その髪は全体が緩い巻き毛で、フワッとしてて可愛い。

けれどルシアはストレートの髪に憧れているんだ。

このままで十分魅力的なのに。


ルーカスは僕の兄だ。

そして兄とルシアは結婚している。

僕は同居させてもらってるんだ。


「レオ、モストよ」

そう云ってルシアは僕に葡萄のジュースを渡してくれた。

ゴクゴクと、美味しそうに飲む僕を見てルーカスとルシアは顔を見合わせて微笑んでる。


    ここはスペインだ。

画像3

いつの頃からか、憧れていた国。

ここで僕は兄のルーカスと家具職人をしている。

あれ?

どうしたんだ、クラクラする。


「レオ?どうした」

めまいがして、真っ直ぐ歩けない

「やっぱり病院に……」

何て云ったの?訊こえなかった。


だめだ、目の前が見えない。

僕はその場で倒れた。

ルーカスとルシアが僕の名前を呼んでいる声が微かに聴こえた。

レオ!    レオ!   レオー!


次に僕が目を開けた時、そこはどんな世界なんだろう。

お兄ちゃんが居る世界がいい。

ずっとお兄ちゃんと一緒がいいんだ。

だから神様、約束だよ。

画像5

僕はお兄ちゃんが大好きなんだから。

        

        了












































この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?