#【流星群】
今夜はかなり、規模の大きな流星群があるらしい。
七海がまだ中学生の頃にも大きな流星群があった。
親には内緒で、七海は庭に布団を持って行き、その上に寝転んだ。
詳しくはないけど七海は星を見ることが、大好きだった。
その夜は、かなりの数の流れ星を見ることができた。
⭐️🌙⭐️
大人になった今でも、流星群と聞くと、ワクワクする。
今回の流星群は、友達と一緒に見よう!
公園で、夜のお茶会をしよう!
七海はそう思い、友達にメールをした。
彼女からの返事はまだ無い。
彼女はいつも返事が遅いし、待ち合わせにも、必ず遅れて来る。
15歳の時からなので、七海は慣れている。
メールには日時と場所も書いた。
せっかちな七海だったが、その友達には怒りを感じたことは無かった。
彼女は、裕美という名だ。
高校時代に、もう1人同じ名前のクラスメートがいた。
同じ名前だと、紛らわしいという事で、もう1人の裕美は、「みひろ」と皆んなは呼んだ。
『夜のお茶会』から、《不思議の国のアリス》を連想する人は多いと思う。
小説では、《三月うさぎのお茶会》だったと思う。
実は七海はアリスを読んでいない。
読もうとするのだが、なかなか進まないので、諦めたのだ。
⭐️🌙⭐️
裕美は、学生の頃から下を向いて話しをする子だった。
彼女は、かなりひどいアトピーを持っていた。
特に顔は真っ赤だった。
そのために裕美は常に、下を向いて話す癖がついたのだろう。
真っ黒な長い髪で顔をなるべく出さないようにしているように見えた。
長い付き合いになるけれど、彼女と目を合わせて会話をしたのは数えるほどしかない。
そんな裕美の事が私は好きで、何でも話せる友達になった。
裕美の家は、両親共、働いていたからか、大学を卒業してからも裕美は就職はせず、家事に専念していた。
けれど、さすがに30歳になった時、裕美は社会人になった。
40を過ぎても結婚しない友達が、私を含めて10人はいたと思う。
結婚より男性と、お付き合いをした経験がない友達も数名いた。
皆んな会社では、『お局』と呼ばれる歳になっていた。
あっけらかんとした性格の友達が多かったので、そんなに気にしているようには見えない。
けど、いい気持ちはしないだろうと、察しはつく。
⭐️🌙⭐️
いよいよ今夜が流星群がピークを迎える。
裕美からは、まだ連絡はない。
紅茶好きな裕美のために、美味しい茶葉を買って、お菓子の準備も出来ている。
私は裕美に電話をかけた。
けれど出ない。
5回目に、やっと「もしもし」という声が聞こえたが、裕美ではなかった。
電話に出たのは、裕美のお姉さんだ。
私は急に恐ろしくなり、声が出なくなってしまった。
「もしもし、もしかして七海さん?」
お姉さんは、そう云った。
私は振り絞るように「はい……」
そう返事をした。
公園のベンチで七海は星空を見上げている。
裕美は、どの星になったのだろう。
「連絡しなくて、ごめんなさい。裕美が『家族だけがいい。誰にも知らせないで』、そう云ったの」
そんなに重い病気だったなんて、全く知らなかった。
入院していたことすら、知らなかった。
七海は裕美とよく、寄り道をして先生に見つかり注意をされた。
七海の話しを「うんうん」と、云いながら、時々ポリポリと顔を掻いていた裕美。
可愛い顔を、していた。
当時、人気があったアイドル歌手に似ていたくらいに。
私はアトピーが憎らしかった。
学生時代、ずっと憎らしかった!
七海は、持ってきた水筒から、まだ充分に暖かい紅茶をコップに入れて、一口飲んだ。
学生の頃、昔読んだ『クマのプーさん』の一節がすごく好きで、裕美に聞いてもらったことを思い出した。
うろ覚えだが、こんな感じの文章だ。
プーさんが森を散歩している。
“ボクが歩いていると、子ブタが、『プー、お茶でもどう?』って言う。
外は歌が歌いたくなるような、いい天気で、ボクはそういうのが好きだ”
その平和な世界感に、私は感動した。
自分が一番、欲しい世界。
私は感動の余り泣いた記憶がある。
そんなことを思い出していたら、七海はやっと、裕美はもういないのだ、と実感した。
ポトン
紅茶の入ったコップが七海の手から芝生に落ちた。
七海はベンチの背もたれから、肘掛けに、ゆっくりと滑るように寄り掛かった。
時が経ち、朝焼けが空を染めても七海は、動かなかった。
朝のジョギングやウォーキングをする人々が、ベンチの前を通過する。
太陽が真上に来た頃、向かいの雑貨屋さんの店員が不審に思い、七海に近づいた。
七海はもう二度と息をすることは、無かった。
(完)
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