龍神さんに、任せればいい 2
は、は、は、はああ〜
「くしゃみが途中で止まるのって、気持ち悪いよね」
小林悠子がクスクス笑いながら小宮圭に云った。
「本当に参ってますよ。この時期は」
「小宮くんも花粉症なのね。私もよ」
「森田先輩も花粉症?でも全然くしゃみとかしてないですね」
「私の花粉症は、もう少し先なの。
『稲の花粉症とブタクサ』
なんだか嫌な名前よね」
「ブタクサって迫力があるね。杏には似合わない。ね、小宮くん」
「森田先輩がブタクサって、正に月とスッポンです。綺麗ですから先輩は」
「何か出るかと思ってるのなら、残念でした」
「そんなんじゃなくて、は、は、は、
ヘックション!」
「くしゃみ出たじゃない、おめでとう」
「どうもです」
「あれ?小宮くん、眼鏡は?」
「あ〜眼鏡は修理中です。落として慌てて少し踏みまして」
「新しいのを買わずに修理するのは偉いよ」
「買うのと修理をするのと比較したら、修理の方が安かったもので」
田端課長が部下と立ち話をしている。
杏の不倫相手だった男。
悠子が心配そうに杏を見た。
「そんな顔をしなくても大丈夫よ」
そう云って杏は悠子に笑顔を見せた。
「無理しなくていいよ」
「無理なんかしてないよ、私は」
「……ならいい」
「その言い方、信じてないでしょう?」
「森田先輩も小林先輩も仲良くしましょうよ」
小宮圭が目をしょぼしょぼさせながら二人を見てる。
「仲良くしてるわよ、ね?」
「そうよ、小宮くん、なに勘違いしてるの」
「失礼しました、ふぇ、ふぇ、ふ〜」
別れたいと、云ったのは杏からだ。
田端課長はまだ杏に未練たっぷりなのだ。
「エロオヤジが!」
憤慨する小宮くんを悠子は心配している。
とにかく田端課長は、小宮圭の上司なのだ。
社内の立場や出世に影響してくる。
感情的になるのは、御法度なのだ。
小宮圭は杏のことが好きだから、余計に感情的になるのは判るが、抑えることも大事だと肝に銘じて欲しい。
今日も退社時間になった。
「ねえ悠子」
「なに?」
「外食してかない?ちょっと遠いけど横浜で」
「いいねえ、行く行く。横浜だと中華料理?」
「単純過ぎるよ。ハンバーグなんだ。炭火焼きの」
「美味しそう〜」
小宮くんも誘ってみようか。
杏はそう思い彼の席をみた。
何かミスをしたのか、田端課長に
叱られているところだった。
ようやく解放された小宮くんに杏は近づいた。
「お疲れ様」
焼き鳥を食べながら小宮くんはビールを飲んでいる。
「あ〜うまいっ!」
杏と悠子は、そんな彼を見て微笑んだ。
「凡ミスです。僕の注意力が散漫でした。でもやっぱり悔しいですね、
田端課長に叱られると」
「田端課長も他の上司と変わらない目で見るようにした方がいいよ、
小宮くん」
悠子はそう云うと、梅サワーを飲み干した。
「そうなんですよね、判ってはいるんです。あ〜僕はケツが青いんだよなぁ」
「あ、眼鏡をかけてる」
杏は気がついた。
「はい、修理が完了して戻って来ました」
ニコニコ顔の小宮くんを見て、本当にいい男なんだと、杏はつくづく思った。
「なんか悪かったですね。僕なんかを誘ってくれたばかりに、本当は違う店に行く予定だったんじゃないんですか」
「ハンバーグが焼き鳥になっただけよ」
悠子がつくねを食べながら、そう云った。
その時、怒りで顔を真っ赤にした
中年の女性が店に入って来た。
杏はギョッとした。
田端課長の奥さんだからだ。
向こうは杏の顔を知らない。
奥さんは杏たちのテーブルの後ろを、ツカツカと歩いて行くと、ある女性グループの所へ行き、置いてあるビールジョッキを持ち上げ、
一人の女性の顔に、思い切り浴びせかけた。
キャア! ヤダ!
女性たちは悲鳴を上げた。
ビールをかけられた彼女は目を開けられないでいる。
「人の夫に、ちょっかいを出すような女は、訴えさせていただきますからね!覚悟しなさい」
奥さんは、それだけ云って戻っていく途中で、小宮くんにぶつかった。
「あっ!め、眼鏡が」
気にもとめずに、奥さんは店から出て行った。
小宮くんは、ぶつけられた拍子に、眼鏡が顔から外れて落ちてしまった。
拾い上げた眼鏡は、どうやらまた
修理に出すような被害を受ける羽目になったようだ。
杏はビールでびしょ濡れの女性をじっと見ている。
「杏、あの女性を知ってるの?」
悠子に訊かれ、杏は頷いた。
「田端課長の新しい浮気相手」
「え〜!そうなの。全く田端課長は」
「やっぱりエロオヤジだ!」
「別れて良かった」
杏がそう云った時。
ゴロゴロゴロ
「雷よね」
ドーン!ガラガラガラ
「うわ!落ちた」
外は土砂降りになっている。
空は黒い雲で覆われているが、
一瞬、雷で明るくなる。
「これじゃあ暫く帰れないわね」
「小宮くん、これも龍神様?怒ってるのかしら」
杏が質問した。
「龍神様ですが、怒っているわけじゃないでしょう。僕は怒ってますが」
眼鏡を見ながら小宮くんは云った。
「杏には、いい厄払いな気がする」
悠子の言葉に杏もうなずく。
「不倫はやめた方がいいわね」
「ビールをかけられる前に」
「目が痛ーい!ビールが染みる!
もうヤダー!」
杏たちは、黙って焼き鳥を食べた。
了
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