さだ子さん 6話 40 紗希 2020年5月23日 07:18 昨夜は酒のせいか良く眠れた。窓を開けて驚いた。夜中に降ったらしい。雪景色になっていた。願いが叶って一日遅れのホワイトクリスマスになった。「さだ子さんは気がついているかな」そう思ってたら本人が階段を降りて来た。「林健太さん、おはようございます」やっぱり嬉しそうだ。「おはようございます、さだ子さん。雪ですね」「は〜い、嬉しいです」「雪掻きなら僕がしますから」「ありがとうございます。今日は、ちょっと出掛けて来ます」「そうですか、行ってらっしゃい」「は〜い、行ってきまーす」さて、僕は何をしようかな。たまには風呂場の掃除でも…やっぱり面倒くさい。そうだった。雪掻きしないと。その日、さだ子さんが帰宅したのは深夜だった。僕は相変わらず眠れなくて起きていた。静かに階段を登る音が聞こえて、その足は、さだ子さんの部屋の前で止まった。部屋に入ってからは。いくらもしない内に静かになったので、たぶん寝たのだろう。僕は、さだ子さんがどこに行って来たのか気になった。けれど、さだ子さんには、さだ子さんの日常があるわけで。だから、考えないことにした。考えないなんて、無理なことは知ってるけど……。二十七日の明日、僕は実家に帰ることに決めていた。今年も大掃除は何もしなかった。病気になって以来、掃除はしていない。部屋の隅には埃が溜まっている。よく、ハウスダストにならないと感心する。さて、明日実家に持って行く物をリュックに入れるか。たいした物はないけど、一応はあるわけで。そういえば昨日の朝以来、さだ子さんを見かけない。やっぱり気にはなるけど考えても仕方がない。年末の挨拶くらいは出来たらいいのだけど。そして朝になった。実家に帰るため外に出た。さだ子さんは留守らしい。人の気配がしなかった。大家さんの奥さんに会ったので、挨拶をした。「今年もお世話になりました。良い年をお迎えください」「こちらこそお世話になったわね。来年も宜しくね。良かったら新年会でもする?」ニコニコ笑いながらそう云った。よほど忘年会が楽しかったのだろう。僕は二階を見上げて、心の中で「今年もお世話になりました。良い新年をお迎えください」そう云って僕は実家に向かった。毎年、同じような正月である。食べては寝て、寝ては食べて。面白くもないテレビを親孝行のつもりで付き合う。流石に飽きたので、散歩に出た。僕はさだ子さんが海を見ていた場所に行ってみることにした。同じ場所に座り海を見ていた。しかし日本海からの風が体を凍えさせ、5分で退散した。目が渇いたらしく涙が止まらない。「帰って風呂に入ろう」そう思った。全身が冷え切っている。そうしてダラダラと、正月を過ごし、アパートに帰ることにした。アパートに戻ったのは、日暮れの時刻だった。玄関に入ると、何だかホッとした。「この、散らかり具合がいいんだよな」敷きっぱなしの布団、今年もよろしく。早速スウェットに履き替えて布団に入ろう。この部屋の暖房は小さな電気ストーブがあるだけでかなり寒い。けれど去年、思い切って電気毛布を買ったのだ。これが暖かいことと云ったら。買った自分を誉めてあげたい。いい感じにポカポカして来たので、布団に入った。僕はすぐさまウトウトし、そのまま眠った。翌日、外に出たら大家さんの奥さんが居た。早速、新年の挨拶をした。「今年も宜しくお願いします」「こちらこそ宜しくね」僕は無意識に二階を見た。「さだ子さんなら居ないわよ」僕は思わず奥さんを見た。「年末に家に来たの。暫く留守にしますって」「何かあったんでしょうか」「仕事みたい。詳しくは知らないけどね」「そうですか……」思わず、うなだれてしまった僕に奥さんは、笑いながら「そのうち帰ってくるんだから、元気を出して。ホラホラ」そう云って僕の背中をポンと叩き、奥さんは行ってしまった。「そうか、暫く居ないんだ。でも仕事なら仕方がないよな」何だか気の抜けた気持ちになった。僕も今年は色んなことを行動に移したい。医師と相談しながら、一日も早く社会復帰をしたい。アッという間に正月気分は無くなり、一月もあと数日で終わる。さだ子さんはまだ帰っていない。「暫くって云うんだから、まだだよな」僕は自分に言い聞かせるように呟いた。今日は図書館に行く予定だ。長年の鬱病から回復して企業を立ち上げた人の自伝を借りようと思う。規模の大きな図書館は近くにはないので、その為に、僕は電車に一時間揺られて、そこからバスに乗り、ようやく大きな図書館に着いた。探してた本は直ぐに見つかった。でもせっかくだから他に面白そうな本でも借りようかと思ったその時、パソコンが目に入った。「少し遊んでいくか」僕は椅子に座ってパソコンを弄り始めた。「そうだ」僕は深い意味もなくキーを打った。《横浜 橘花 焼き鳥》 で、クリック。「何だ、これ」僕は画面の内容に愕然とした。「嘘だろ、こんなこと、あるわけない」そこには考えもしなかった内容が映っていた。30年前、横浜の『たちばな惣菜店』の店主である橘花真二さん宅に強盗が侵入した。真二さんは風呂から上がり、脱衣所に居た。強盗は妻の志保さんにナイフを突きつけ、現金を要求していた。志保さんは悲鳴をあげ、真二さんは慌てて駆けつけた。志保さんを刺そうとしてる強盗に、真二さんは襲いかかった。二人は揉み合いになり、ナイフで刺されそうになった真二さんは命の危機を感じ、強盗を突き飛ばした。犯人は後ろに倒れて金属製の金庫に後頭部を強打。そのまま動かなくなった。真二さんは警察に通報。パトカーと救急車が到着した。犯人は病院に搬送されたが、頭蓋骨にかなりのヒビが入っており、間もなく死亡した。橘花真二さんの行為は正当防衛に当たるとして罪にはならなかった。しかし中には、異論を唱える人もいた。過剰防衛なのではないかと、真二さんを非難。そのことは、アッという間に世間に広まった。『たちばな惣菜店』及び自宅には、真二さんを非難する電話が鳴り止まず、店にも自宅にも、《人殺し》と書かれた紙が何枚も貼られ、店の営業は困難になって行った。真二さんは日に日に衰弱していき、重いノイローゼになり、食べることも、話すことも、出来なくなっていった。そして首を吊り、自らの命を絶った。妻の志保さんは絶望し、夫の後を追い河に飛び込み、翌日水死体となって発見された。二階で眠っていた少女だけが無事だった。その後、少女は児童養護施設に入った。「この少女は、さだ子さんのことだろう」画面には、このニュースに関連する記事が溢れていた。『たちばな惣菜店』の住所、生前の橘花夫妻の顔写真まで晒されている。そして確かに店には、「殺人者は出ていけ」 「人殺し」 「死ね」 の張り紙がベタベタと貼られている。生前の、真二さんと志保さんは、執拗にコメントを求めるたくさんのマスコミに囲まれ、揉みくちゃになっている写真も写っていた。「ひどい……」この言葉しか浮かばなかった。こんな悲惨な状況で、さだ子さんは暮らしていたのか。まだ、小学生のさだ子さんが。「さだ子さんが次々と仕事を解雇された原因はこれか!」僕は唇を噛んだ。現代では身元など簡単に調べられる。けれど。さだ子さんが何をしたというのか!「これじゃあ、横浜を嫌いになって当然だ」僕はロビーに出て、スマホである操作を終えると、アパートに帰宅した。 つづく ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #創作大賞2024 #お仕事小説部門 40