#【届きましたか?】
クリスマスが過ぎて、お正月気分も終わり、普通の暮らしが戻った。
就職浪人の遥は毎日のように父からイヤミを云われている。
「だからもっと、いい大学に入っていれば
就職なんて、訳なく決まったんだ。
それも一流企業にな」
遥の通った大学は、そこそこ名前の通った学校だ。
遥は在学中もボランティア活動をし、ニュージーランドにホームスティにも行った。
しかし就職となると、採用されない。
何十社もうけた。
でも結果は、どこも同じだった。
今時、ボランティアやホームスティなど、珍しくもない。
ただ、父がやれ!と云う事は、やるのが我が家の掟なのだ。
兄もそうだった。
父は兄を誇りに思っている。
何故なら兄の出た大学は、あの赤門で有名な大学だから。
兄は、今は大学院の研究室にいる。
“大学教授になれ”
父のその言葉を守るようだ。
遥はいま、音楽喫茶でアルバイトをしていた。
薄暗い店内には、一日中クラッシックが流れている。
クラッシックファンが高い珈琲を飲みながら、静かに聴き入っている。
カフェのように、あちこちから会話が聞こえてくるような、そういうお店では働きたくなかった。
✳️✴️
遥は父に、誉められた記憶がない。
どんなに、いい成績を取って来ても、父はただ、
「ふ〜ん、まぁまぁだな」
それだけだった。
遥は父に誉めてもらいたくて、ひたすら頑張り続けた。
けれど、父の反応は同じままだった。
母は何に対しても口出しすることはない。
父に逆らうなど、有り得なかった。
バイトの帰り、遥は急に、青山に行きたくなって、電車に乗った。
青山や原宿は、思い出がたくさん詰まった街だ。
着いた時、時間はサラリーマンやOLが、仕事を終えて、あちこちのビルからゾロゾロと出てくる時だった。
遥は、場違いのような感がした。
仕事を終えた彼らは、笑いながら会話をして歩いていた。
眩しかった。
消えてしまいたいと思った。
遥は、傍のカフェに逃げ込むように、入った。
身を潜めるように、奥のテーブルを居場所にした。
運ばれてきた、ラテを前に遥は、居た堪れない気持ちになっていた。
自分はなんで、ここに居るんだろう。
そう思うと、惨めになった。
ラテのカップに、ポトン、ポトンと涙が落ちる。
✳️✴️
自宅に戻り、遥は自分の部屋に入ると、ベッドに潜った。
母に食事だと呼ばれても、遥は行かなかった。
そのまま寝てしまい、気がつくと時間は夜10時になっている。
ベッドに仰向けになり、ボンヤリ天井を見詰めていた時、遥は一番仲の良かった友達と話したくなった。
携帯を握りしめて、遥は電話をかけた。
直ぐに聞き覚えにある声が聞こえてきた。
「遥?わあ!久しぶり。元気にしてる?」
彼女の声を聴いたとたん、安心したのか遥は泣き出してしまった。
「もしもし遥?どうかしたの?」
しばらく泣いたあと、遥は自分の気持ちを全て話した。
友達は、親身になって訊いてくれた。
「そうかぁ、遥のお父さんは厳しいものね。辛いよね」
「一つだけ質問してもいい?」
「遥は、夢はあるの?何かやりたいことは、あるの?」
「夢……やりたいこと」
✳️✴️
考えたこともなかった。
とにかく父の云う通りにしてきただけだ。
「そうかぁ、思い付かないかもしれないね」
「でもね、これは大事なことよ。私は夢だった雑貨屋をしているでしょう?大変なことも、もちろん有るけど、やりたいことをしているから、毎日が楽しいの」
「楽しい……」
「そう、楽しいの。遥にも夢はあるはずだと私は思う。それを思い出してみて」
✳️✴️
友達にそう云われ、遥は自分に問い掛けてみた。
私は本当は、何がやりたいんだろう。
目を閉じて、小さい頃からの自分を思い出してみた。
やりたいこと。
楽しいと、感じたこと。
来る日も来る日も、遥はそのことだけを考えていた。
父に何か云われても、耳に入らなかった。
ある日、遥は中学生の自分を思い出していた。
「そうだ!私が楽しいと感じていたことがあった」
中学生の遥は、写真を撮ることが好きだった。
地元の新聞社が募集していたコンテストに応募して、遥の撮った写真が賞を取り、新聞に掲載されたのだ。
すごく嬉しいかった。
親戚の叔父さんが、お祝いだよ、と云ってカメラをプレゼントしてくれた。
遥はそのカメラを持って、街中を歩いた。
どれだけたくさん歩いても、全然疲れない。
風景も、人も、花も、撮ることが楽しくて仕方がない。
だが、父は写真に没頭している遥を許さず、カメラは取り上げてられてしまったのだ。
勉強の邪魔だと云って。
✳️✴️
そして遥はまた、勉強の日々になった。
「楽しかったな、また撮りたいな」
遥はそう思った。
ても、お父さんが許さないだろう。
遥は失望した。
私は父の云う通りに、一流企業に就職をして、社内結婚するしかないんだろうか。
「そんなの絶対に嫌だ!」
遥は父のいる居間へ行った。
父は驚いていた。
「なんなんだ、いったい」父は怒った顔で遥を見た。
遥は震えていた。でも父に云った。
「お父さん、私にはやりたいことがあります。やらせてください」
「やりたいことだと。お前がやるべきことは決まってるだろう」
「いいえ、私は就職はしません。専門学校に行きたいのです」
「専門学校だと。何を寝ぼけたことを。
自分の云ってることが分かっているのか」
遥は引かない。
「私は写真を仕事にしたいのです。そのために専門学校に通いたい」
✳️✴️