さだ子さん 1話 60 紗希 2020年5月17日 09:21 (全9話)[あらすじ]出雲市のアパートに住む、さだ子さんは、アラフォーの女性。不思議な魅力を持つ人だ。 同じアパートに、鬱病で会社を退職し、通院しながら、療養中の林健太が住んいる。 さだ子さんは、行く会社行く会社を何故かクビになる。真面目に働く彼女が、何故そうなるのかが健太には分からない。 ひょんなことから健太は、その理由を知ることとなる。それは、さだ子さんの幼少期に起きた、ある悲惨な出来事が関係していた。 林健太は驚きと共に、その理不尽さに怒りを覚える。健気に生きるさだ子さんに、健太は惹かれていた。 彼は、さだ子さんの故郷であり、[そのこと]が起きた横浜に飛んだ。 さだ子さんは幸せになることが出来るのだろうか。 さだ子さん 1話夕飯の買い物を終えた主婦たちが、帰宅を急ぐ頃、さだ子さんは仕事から帰ってくる。駅の改札から、小柄なさだ子さんが出て来た時、僕は通りかかった。「さだ子さん、お帰りなさい」僕の声に気付いた、さだ子さんはニコッと笑い、クルクル回りながら、僕の傍に来た。肩まである髪はサラサラ揺れて、フレアースカートがヒラヒラそよぐ。「林健太さん、ただいまです」「お疲れでした。夕飯の買い物していきます?」「は〜い、サカエヤさんが特売の日なので、していきます」さだ子さんは嬉しそうだ。「チェックしてますね〜。僕もこれから行くところです」「安売りですものね〜。広告には卵、ひき肉、カレーのルー。お野菜ではタマネギ、人参が安いと書いてありました」「それならメニューは、ほぼ決まりですかね」僕まで嬉しくなってきた。「は〜い。カレーかシチューを作ることにします」「僕もそうしようかな。一緒に行きましょう」と、誘ってみた。「は〜い。一緒にサカエヤさんへ」クルクルクル ヒラヒラヒラ僕とさだ子さんは、ゆっくり歩き出す。この街のオレンジ色の街灯が、師走の慌しさを、いっとき忘れさせてくれる。「ところで、さだ子さんはダンスを習っていたんですか?」「う〜ん、そうかも知れないです」そう云って、さだ子さんはステップを踏む。「さだ子さんの動きは楽しいですね。僕、好きです」さだ子さんは、顔を赤くして鼻歌を歌う。フンフンフン「着きましたね、サカエヤ」「わたしは、ひき肉を使ってカレーにします」瞳を輝かせて、さだ子さんは云う。「じゃあ僕は、ひき肉で肉団子を作って、シチューにしよう。唯一、僕が作れる手の込んだ料理なんです」と僕は笑った。「それ、美味しそうですね、林健太さん。今度、教えてください」真顔のさだ子さん。「さだ子さんに教えるほどの料理でもないですが、それでもよければ喜んで」少し照れる。「ぜひぜひ」さだ子さんが本気で云ってくれるのが、僕はやけに嬉しく感じた。僕たちはカゴを手にして、さっそく店内に入った。時間が時間だから、売り切れていて余白が目立つコーナーもある。さだ子さんは手際良く、欲しい野菜をカゴに入れていく。タマネギも人参もまだ少しずつ残っていた。僕はこの2種類とジャガイモをカゴに入れた。あとは卵とひき肉だ。僕はシチューにするので、カレーのルーは買うのを止めた。さだ子さんの方を見ると、何故だか立ち止まっている。「さだ子さん、どうかしましたか」声をかけると、さだ子さんは悲しそうな顔を向けて、「林健太さん、卵が売り切れでした」そう云って、うなだれた。「卵はいま高騰してるから、皆さん早くから狙っていたのでしょうね。諦めて次に行きましょう。ひき肉でしたね」「はい……」やっと聞き取れる小さな声で、さだ子さんは返事をした。「アッ、ひき肉はありますよ!」僕はわざと大袈裟に云った。とことこと、さだ子さんが嬉しそうにやってきた。「私は合い挽きにします。林健太さんは?」「僕は牛肉があまり得意ではないので、豚挽き肉にします」さだ子さんは頷くと僕のカゴを見て、「あー!ジャガイモ忘れてました。取ってきます」そう云って、とことこと、野菜コーナーに行った。その間に僕はレジで精算を済ませた。さだ子さんも買い物を終えて2人で店を出た。空気が刺さるように冷たい。鼻も耳も痛くなってくる。流石に師走だ。寒いのが苦手な僕は、ガタガタと震えが止まらない。「う〜、雪でも降るのかな」「降ったら嬉しいです。わたし」「さだ子さんは雪が好きなんですね」「はい、とっても。雪は……色んなことを浄化してくれると訊きました」「浄化したいことがあるんですか?」さだ子さんは質問には答えず、黙って空を見上げた。まるで雪を呼んでるみたいに、星のない夜空をジッと見つめている。「スーパーの袋を貸してください」「え?どうしてですか?」「カレーの材料は重たいですからね。僕が持ちます」さだ子さんは迷っているようだ。少しの間考えて、さだ子さんは、はにかみながら袋を差し出した。「ありがとうございます。林健太さん」「同じアパートの住人同士ですからね。さて帰りますか」オレンジ色の灯りで作られた繭の中を歩いて、僕とさだ子さんは帰宅の途に着いた。深夜、僕は睡眠障害のため、眠れずに起きていた。寝っ転がってスマホをいじっていた時、どこからか泣いてるみたいな声が聴こえてきた。それは、小さな小さな声だけど、確かに誰かが泣いてる。僕は布団から起き上がり、耳を澄ませた。隣の部屋?そんなはずはない。僕の部屋は一階のはじだ。右側は空き地、そして左側の部屋は空室。誰も住んでいない。では二階?この部屋の真上には、さだ子さんが住んでいた。6室あるこのアパートの住人は、僕とさだ子さん。そして老夫婦が住んでいる。あまり付き合いは無いが、仲の良さそうな夫婦だ。でも、部屋も離れているし、僕は老夫婦のどちらかが、泣いてるようには思えなかった。まさか、さだ子の泣き声なのか。時間は深夜三時。僕は天井を見上げた。泣き声は、もう聴こえなくなっていた。「空耳だったのかなぁ」いや、確かに聴こえた。声を押し殺すように、悲しげな泣き声を、僕は確かに聴いた。「まさか、さだ子さんが?」僕は半信半疑だった。そう言えば、さだ子さんは何歳なんだろう。僕が31だから、それより上なんだろうけど40になっているのかが分からない。女性に歳を訊くわけにもいかないし。まぁ、何歳でもいいや。僕はそう思った。しかし……なぜ泣いていたんだろう。それが気になった。僕は病気になって、心療内科に通院している。メンタル面の病気のためか、人の、特に悲しみには敏感になる。以前、勤めていた会社は、かなりの忙しさで、毎晩残業だった。睡眠時間は二時間くらいの日が続き、おまけに休日出勤も、頻繁にあった。ある朝、電車の中で僕は倒れた。そのまま病院へ運ばれた。医師からは、過労による、重度の鬱病と告げられた。そのまましばらく入院し、今は通院しながらの自宅療養中だ。結局会社は退職となった。人は理由があって泣くのだと思っていた。しかし、病気になってからは、理由がなくても、人は涙が流れることを知った。僕自身がそうだったから……。いつの間にか、寝ていたらしい。時計は八時を廻っていた。濃いブルーのカーテンが明るい。「もしかして!」僕は起き上がって急いでカーテンを開けた。「やっぱり……」雪が積もっている。街中が真っ白い世界に変貌してた。今もまだ、ちらちらと雪が舞っている。さだ子さん、あなたの何かは、浄化出来ましたか?そう思ったとき。ザクッザクッ誰かが、雪掻きをする音が訊こえてきた。 つづく ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #創作大賞2024 #お仕事小説部門 60