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さだ子さん 1話

       (全9話)


[あらすじ]

出雲市のアパートに住む、さだ子さんは、アラフォーの女性。
不思議な魅力を持つ人だ。
 同じアパートに、鬱病で会社を退職し、通院しながら、療養中の林健太が住んいる。
 さだ子さんは、行く会社行く会社を何故かクビになる。
真面目に働く彼女が、何故そうなるのかが健太には分からない。
 ひょんなことから健太は、その理由を知ることとなる。
それは、さだ子さんの幼少期に起きた、ある悲惨な出来事が関係していた。
 林健太は驚きと共に、その理不尽さに怒りを覚える。
健気に生きるさだ子さんに、健太は惹かれていた。
 彼は、さだ子さんの故郷であり、[そのこと]が起きた横浜に飛んだ。
 さだ子さんは幸せになることが出来るのだろうか。


  さだ子さん 1話


夕飯の買い物を終えた主婦たちが、帰宅を急ぐ頃、さだ子さんは仕事から帰ってくる。

駅の改札から、小柄なさだ子さんが出て来た時、僕は通りかかった。


「さだ子さん、お帰りなさい」

僕の声に気付いた、さだ子さんはニコッと笑い、クルクル回りながら、僕の傍に来た。

肩まである髪はサラサラ揺れて、フレアースカートがヒラヒラそよぐ。


「林健太さん、ただいまです」

「お疲れでした。夕飯の買い物していきます?」

「は〜い、サカエヤさんが特売の日なので、していきます」

さだ子さんは嬉しそうだ。

「チェックしてますね〜。僕もこれから行くところです」

「安売りですものね〜。広告には卵、ひき肉、カレーのルー。お野菜ではタマネギ、人参が安いと書いてありました」


「それならメニューは、ほぼ決まりですかね」

僕まで嬉しくなってきた。

「は〜い。カレーかシチューを作ることにします」

「僕もそうしようかな。一緒に行きましょう」

と、誘ってみた。

「は〜い。一緒にサカエヤさんへ」

クルクルクル ヒラヒラヒラ




僕とさだ子さんは、ゆっくり歩き出す。

この街のオレンジ色の街灯が、師走の慌しさを、いっとき忘れさせてくれる。


「ところで、さだ子さんはダンスを習っていたんですか?」

「う〜ん、そうかも知れないです」

そう云って、さだ子さんはステップを踏む。

「さだ子さんの動きは楽しいですね。僕、好きです」

さだ子さんは、顔を赤くして鼻歌を歌う。

フンフンフン


「着きましたね、サカエヤ」

「わたしは、ひき肉を使ってカレーにします」

瞳を輝かせて、さだ子さんは云う。

「じゃあ僕は、ひき肉で肉団子を作って、

シチューにしよう。唯一、僕が作れる手の込んだ料理なんです」と僕は笑った。



「それ、美味しそうですね、林健太さん。

今度、教えてください」

真顔のさだ子さん。

「さだ子さんに教えるほどの料理でもないですが、それでもよければ喜んで」

少し照れる。

「ぜひぜひ」

さだ子さんが本気で云ってくれるのが、僕はやけに嬉しく感じた。


僕たちはカゴを手にして、さっそく店内に入った。

時間が時間だから、売り切れていて余白が目立つコーナーもある。

さだ子さんは手際良く、欲しい野菜をカゴに入れていく。

タマネギも人参もまだ少しずつ残っていた。

僕はこの2種類とジャガイモをカゴに入れた。

あとは卵とひき肉だ。

僕はシチューにするので、カレーのルーは買うのを止めた。


さだ子さんの方を見ると、何故だか立ち止まっている。

「さだ子さん、どうかしましたか」

声をかけると、さだ子さんは悲しそうな顔を向けて、「林健太さん、卵が売り切れでした」

そう云って、うなだれた。

「卵はいま高騰してるから、皆さん早くから狙っていたのでしょうね。諦めて次に行きましょう。ひき肉でしたね」


「はい……」

やっと聞き取れる小さな声で、さだ子さんは返事をした。

「アッ、ひき肉はありますよ!」

僕はわざと大袈裟に云った。

とことこと、さだ子さんが嬉しそうにやってきた。


「私は合い挽きにします。林健太さんは?」

「僕は牛肉があまり得意ではないので、豚挽き肉にします」

さだ子さんは頷くと僕のカゴを見て、

「あー!ジャガイモ忘れてました。取ってきます」

そう云って、とことこと、野菜コーナーに行った。


その間に僕はレジで精算を済ませた。

さだ子さんも買い物を終えて2人で店を出た。

空気が刺さるように冷たい。

鼻も耳も痛くなってくる。

流石に師走だ。


寒いのが苦手な僕は、ガタガタと震えが止まらない。

「う〜、雪でも降るのかな」


「降ったら嬉しいです。わたし」

「さだ子さんは雪が好きなんですね」

「はい、とっても。雪は……色んなことを浄化してくれると訊きました」

「浄化したいことがあるんですか?」

さだ子さんは質問には答えず、黙って空を見上げた。

まるで雪を呼んでるみたいに、星のない夜空をジッと見つめている。


「スーパーの袋を貸してください」

「え?どうしてですか?」

「カレーの材料は重たいですからね。僕が持ちます」

さだ子さんは迷っているようだ。

少しの間考えて、さだ子さんは、はにかみながら袋を差し出した。


「ありがとうございます。林健太さん」

「同じアパートの住人同士ですからね。さて帰りますか」

オレンジ色の灯りで作られた繭の中を歩いて、僕とさだ子さんは帰宅の途に着いた。


深夜、僕は睡眠障害のため、眠れずに起きていた。

寝っ転がってスマホをいじっていた時、どこからか泣いてるみたいな声が聴こえてきた。

それは、小さな小さな声だけど、確かに誰かが泣いてる。


僕は布団から起き上がり、耳を澄ませた。

隣の部屋?そんなはずはない。

僕の部屋は一階のはじだ。

右側は空き地、そして左側の部屋は空室。誰も住んでいない。


では二階?この部屋の真上には、さだ子さんが住んでいた。

6室あるこのアパートの住人は、僕とさだ子さん。そして老夫婦が住んでいる。

あまり付き合いは無いが、仲の良さそうな夫婦だ。

でも、部屋も離れているし、僕は老夫婦のどちらかが、泣いてるようには思えなかった。


まさか、さだ子の泣き声なのか。

時間は深夜三時。

僕は天井を見上げた。

泣き声は、もう聴こえなくなっていた。


「空耳だったのかなぁ」

いや、確かに聴こえた。

声を押し殺すように、悲しげな泣き声を、僕は確かに聴いた。

「まさか、さだ子さんが?」

僕は半信半疑だった。


そう言えば、さだ子さんは何歳なんだろう。

僕が31だから、それより上なんだろうけど40になっているのかが分からない。

女性に歳を訊くわけにもいかないし。

まぁ、何歳でもいいや。僕はそう思った。


しかし……なぜ泣いていたんだろう。

それが気になった。

僕は病気になって、心療内科に通院している。

メンタル面の病気のためか、人の、特に悲しみには敏感になる。


以前、勤めていた会社は、かなりの忙しさで、毎晩残業だった。

睡眠時間は二時間くらいの日が続き、おまけに休日出勤も、頻繁にあった。

ある朝、電車の中で僕は倒れた。

そのまま病院へ運ばれた。

医師からは、過労による、重度の鬱病と告げられた。


そのまましばらく入院し、今は通院しながらの自宅療養中だ。

結局会社は退職となった。


人は理由があって泣くのだと思っていた。

しかし、病気になってからは、理由がなくても、人は涙が流れることを知った。

僕自身がそうだったから……。



いつの間にか、寝ていたらしい。

時計は八時を廻っていた。

濃いブルーのカーテンが明るい。

「もしかして!」

僕は起き上がって急いでカーテンを開けた。

「やっぱり……」

雪が積もっている。街中が真っ白い世界に変貌してた。

今もまだ、ちらちらと雪が舞っている。


さだ子さん、あなたの何かは、浄化出来ましたか?


そう思ったとき。


ザクッザクッ

誰かが、雪掻きをする音が訊こえてきた。


   つづく













































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