Photo by konohanoko #【楽しい田舎暮らし】2(最終章) 9 紗希 2019年10月8日 23:09 「2本でいい?足りないかな」と、わたしは振り返った。明美が怖い顔で私を見ていた。「晴美さん、こっちへ戻るんだ!」加山さんが叫んでいる。「早く!晴美さん!」訳の分からないまま、私は道に戻った。明美は加山さんに云った。「見たんでしょう?」加山さんは黙っている。「この際だから、はっきり云ってあげる。晴美は加山さんに相応しくないわ。不釣り合いもいいとこよ」「僕の婚約者に失礼なことを云わないで貰いたい」「婚約者?まだプロポーズもしてないのに?」「いや、プロポーズはした。晴美さんは受け入れてくれた。お互いの両親にも紹介した」「ウソ。だって晴美は……」「明美、ごめんなさい。騙すつもりはなかったのよ。加山さんには半年前にプロポーズしてもらったの。だけど明美には云えなくて……」「なんで?なんで云えないのよ」「僕が晴美さんに頼んだんだ、明美さんには云わないでくれと」「どうして?」「それは……」加山さんは下を向いた。「それは、明美さんの僕への気持ちが分かっていたから。だから云えなかった」陽が落ちて、辺りは薄暗くなってきた。高台にある畑に風が吹き付けている。「明美、危ないからこっちへきて」「両親に加山さんのことを話したの。そしたら大喜びでね。申し分ないって。だから私と加山さんは結婚するの。晴美は私達の邪魔なの。だから身を引いてちょうだい」「だから、そういう問題じゃないんだ。僕が晴美さんが好きで、晴美さんも僕を受け入れてくれた。それが全てなんだ」「晴美、あなたも知ってると思うけど、私は8人兄弟で、女は私だけ。親に可愛がって貰ったことなんてない。毎朝3時に起きて家中を掃除してから学校に行ってた。今でもそう。夏休みは、お寺に預けられて、用事がある時だけ借り出され、早朝から深夜まで手伝わせされた。私は自分が女であることを憎んだし、だからこそ必ず親が驚くほどの男性と一緒になるって決めて、今日まで生きてきたの」だからお願い。加山さんのことは諦めてちょうだい」「明美……」「明美さん、辛かったと思います。でも僕の晴美さんへの想いは変わらない。申し訳ない」風はますます強く吹き、ロングヘアーの明美の髪は、散らばり、時には明美の顔を覆い尽くし真っ黒な顔になった。「……加山さん、どうしても私とは結婚できないというのなら、お願いがあります」「僕にできることなら」「赤ちゃんが欲しいの。だからお願い」「えっ?何を云っているのか意味が……」「私と加山さんの子供が欲しい」「明美さん、本気で云ってるの?」「この村は血族結婚が増え過ぎたの。だから新しい血が必要なのよ。加山さんなら最適だわ。その子が大人になったら、村の“長”になって貰う。そしたら両親が私を見る目も変わるはず」「晴美さん、行こう。今夜中に帰るんだ。幸い僕はまだ飲んでない。だから運転ができる。明美さん、お世話になりました。失礼します」 そう云って加山さんは私の手を引っ張った。「明美、またね。お邪魔しました」「しかし急だな」「加山の用事なら仕方ないさ」「悪いな、みんな」「いいさ。加山が運転してくれるなら、寝て帰れる」私たちは車に荷物を詰め込んで村を後にした。途中、あの畑の側を通ったが、明美はまだ一人で立ったいた。漆黒の闇が当たりを包み始め、明美を飲み込んでいく。人気のない山道を、ひたすら車は走った。『そうか、明美が私にウエディングドレスを試着したら、と勧めたのも、指輪をはめてみて、と云ったのも、実際に人が着たらどんな風になるかを見たかったのね。自分が着た時の参考にしたかったんだ』車の中は、音楽の話でワイワイと盛り上がっている。私は聞いてみた。「みんなは田舎暮らしをどう思う?」「俺はやっぱり都会がいい」「海の近くならいいかな。サーフィンが出来るし」「テレビとか観てると、毎週末バーベキューをやってる印象があるな」そうなのだ。楽しく暮らしている人もいるのだ。けれど一歩間違えると、この村のような場所もある。山を下りながら私は明美が心配だった。「休み明けにまた会社でね」そう呟き、私たちは村から出た。夏休みが終えて数日経ったが明美はまだ会社に来ていない。電話もメールも私はしていなかった。なんとなく……しにくくて。それでも気にかかる。私は思い切って席を立った。「課長、お忙しいところすみません。あの、柳さんから何か連絡はあったのでしょうか」「柳?誰だ柳って」「えっ、柳さんです。柳 明美さんですが」「そんな人間、うちの課に居ないだろう。大丈夫か杉田。しっかりしてくれよ、今日から新人が入ってくるんだし」「新人が?」「おぉ来たか。入ってきなさい」見ると若い男性が入り口のところに立っている。課長の言葉に彼は一礼すると部屋に入ってきた。「お〜い、みんな集まってくれ」みんなは手を止めて、急いで整列をした。「今日から新人が入る。みんな宜しく頼む。本田君、短くていいから自己紹介をしてくれ」その若い青年は、はい、と云って話し始めた。「本田 三郎といいます。就職浪人して、やっと御社に入ることができました。早く皆さんのご迷惑にならないよう、会社のために役に立つように頑張りますので、ご指導のほど、宜しくお願い致します」本田君は頭を下げた。拍手が起こり、頑張れー、しごくぞーの声が飛び交い、ドッと笑いが起きた。課長が「本田君のデスクはここだ。もう長いこと使っていなかったので良かったよ」そこは明美の席だ。長いこと?どういう意味か分からない。仕事が終わり、私は加山さんと待ち合わせをしてレストランで食事をした。頭が混乱していて料理の味も感じられない。「そういう訳で、挙式は少し先になりそうなんだ。でも入籍はするし、晴美さんには僕のマンションに引っ越してきて欲しい」「……」「晴美さん?聞いてる?」私はハッとして、「聞いてます」と答えた。「なんだか具合が良くなさそうだから、この先の話しは、また今度にしようね」「加山さん」「なに?」「明美のことですが」「あけみ…さん?晴美さんのお友達かな?」やっぱり覚えてない。私以外の人の記憶から明美は消えている。「いえ、何でもないです。このスイーツ美味しいですね」「だろう?カシスは僕も好きなんだ」今回の音楽サークルの合宿は、信州のコテージに決まった。2回、明美の家で合宿をしたのを、誰も覚えていない。今回の合宿が1回目だと思っているみたいだが、「懐かし気がする」「初めてとは思えない」と、口々に云っている。今回は電車で来た。数日間の合宿を終えて、私たちは駅に向かって歩いていた。若い女の子とすれ違った時、「ちょっと道を訊いただけなのにね」「感じ悪いおばあさんだったね。大根しか見ないで見向きもしないし」私は凍りついた。その子たちの後を追って話しを訊いた。私は加山さんのところへ行き、「大学時代の友達がこの辺りに住んでいるのを思い出したの。電話したら家にいるっていうから、会ってこようと思う。だから先に帰ってて」加山さんは驚いた様子だったが、直ぐに「分かったよ。晴美一人で帰ってこれる?」「子供じゃないんだから帰れるよ。みんなに伝えておいてね」そう云って私たちは別れた。私はさっきの女の子たちに訊いた道を歩き出した。かなり急な坂道を登り、竹林の中も歩いた。登りきったそこには見慣れた風景が広がっていた。お婆さんは、やはり大根を干している。「待ってたよ」明美の声だった。「加山さんはどこ?」明美は私の目の前に来た。「加山さんをど〜こに隠したのかなぁ」私はたぶん、この村から出られないだろう。そんな気がした。 (終わり) ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #小説 #自分勝手 #集落 #殺人未遂 #ゾッとする 9