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イカの一夜干し

あれを見たのはどこだったんだろう。

何年前のことだろう。

誰かが運転する車に、ボクと母が乗っていた。

車は段々と山道に入って行く。

当たりは真っ暗で民家はなかった。

「もうすぐよ」


急に母が口を開いた。

「もうすぐって何が?」

「奇妙な物があるのよ。お父さんの車で何度か通ったことがあるけど、とにかく……ほら!あれ!」

母の声でボクはビクンとなった。


坂道を昇りきったところに何かがボンヤリと灯っている。

車が近づいて、その灯りがなんなのか分かった。

《イカの一夜干し》と書かれた布製の行燈だった。

けれど人の姿は無いし、イカの一夜干しも置いてはいない。


ボクは言葉が出て来ない。

いま観た物を表現出来ないからだ。

母は云った。

「数回この道を通ってるけど、一度も人の姿を見たことが無いのよ。時間も遅いし。

宗はどう思う?」

どう思うって訊かれても返答に困る。


ボクがこの奇妙な《イカの一夜干し》を視たのは、この夜が最初で最後だった。

しかし、よくまあ何一つ覚えてないものだと思う。

どこに行った帰りなのか、誰の運転だったのか、全く思い出せない。

怖がりだから、記憶から追い出したかな。



高校は、信州に憧れの学校があった。

ボクはいまその高校2年だ。

地方にある学校なので、寮生活をしている。

今は昼休みでボクは友達の悟と屋上に居る。

ボクはこの話しを初めて他人に話した。

つまり……イカの一夜干しの話しを。


悟は黙って訊いていた。

そしてボクが話し終えると意外なことを云ったのだ。

「そういった話しはこっちにもあるよ」

「えっ!『イカの一夜干し』のことが?」

「いや、イカじゃなくてタコ」

「タコ?」


「うん、『タコ飯』の話し」

「……」

「内容は宗の話しと、そっくり。イカがタコになったくらいかな、違いは。やっぱり誰もいない夜の山道にあるんだ」

「悟は行ったことある?」

「うん。ただね……誰も居ないことはないよ」


「でもボクが見た時には無人だったけど」

悟はクスッと笑うとボクを見て云った。

「『居ない』んじゃなくて、『見えない』だけだよ。大勢買いに来てるよ」

「なんかさ、ボクをからかってるだろ」

「本当のことを教えているだけだよ」


ボク思わずは膨れっ面になってしまった。

「先に教室に戻ってる」

そう云うと歩き出した。

「だったら宗。今この屋上には何人くらいいると思う?」

ボクは歩くのを止めると、

「キミとボクの2人だよ!」

怒鳴るように云った。


「ハズレ。それが『見えていない』ということだよ」

ボクはまた歩き出した。

「皆んな、姿を彼に見せてあげて」

ボクは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。

「!!!」

なんだ、この連中は!オバケ、いや妖怪だ!!


宗が目にした者は、水木しげるの漫画の世界に登場する妖怪そのものだった。

妖怪たちはワイワイと盛り上がっている。

「ね、たくさん居るだろ?」

悟が笑い顔でそう話す。


ボクが妖怪たちを見ていたら、また信じられないことが起きた。

いつの間にか大きな土鍋が現れて、妖怪たちが中身を、じゃもじでムシャムシャと食べている。

「結構旨いな、あの村長」


「村長?何の話し?」

ボクの問いに、悟は真顔で答えた。

「そのまんまの意味さ。この村の村長だった人のこと。つまりタコの正体は村長なわけ」

ボクは恐怖のあまり、後退りをした。

「宗、今夜はキミの番だよ」


悟が釘を刺すように、そう云った。

「おーい、みんな。今夜は何が食べたい?」

妖怪たちは口々に「そろそろ肉が食べたい」

「丁度良かった。都会育ちのいい肉がある」

ボクは凍り付いた。


🥩 🍳 🍖 🧆 🥓 🍗 🍳 🥩


もうすぐ時計が0時を告げる。

街灯の無い、漆黒の中を一台の車が走っていた。

「ねぇあなた、あれは何かしら」

女性は坂道の上の方に、何がボンヤリと灯りが灯っているのを、見詰めている。


《ガーリック・ステーキ》 そう灯っていた。


「こんな真夜中にステーキを売っているのかしら」

「僕はこの道を何度か通ってるが、
初めて見たな」

「何だか奇妙な販売所ね」

「薄気味悪い。速く行こう」

スピードを上げて、車は走り去った。


◆美味いな。焼き加減が丁度良いい。

◆もうちょいペッパーが欲しいな。取ってこよう。

◆ガーリック・ステーキを4人分ください


今宵も宴は日が昇る前の一番暗い時刻まで、繰り広げられる。


      了








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