Photo by koyamahitoki イカの一夜干し 25 紗希 2021年8月10日 05:02 あれを見たのはどこだったんだろう。何年前のことだろう。誰かが運転する車に、ボクと母が乗っていた。車は段々と山道に入って行く。当たりは真っ暗で民家はなかった。「もうすぐよ」急に母が口を開いた。「もうすぐって何が?」「奇妙な物があるのよ。お父さんの車で何度か通ったことがあるけど、とにかく……ほら!あれ!」母の声でボクはビクンとなった。坂道を昇りきったところに何かがボンヤリと灯っている。車が近づいて、その灯りがなんなのか分かった。《イカの一夜干し》と書かれた布製の行燈だった。けれど人の姿は無いし、イカの一夜干しも置いてはいない。ボクは言葉が出て来ない。いま観た物を表現出来ないからだ。母は云った。「数回この道を通ってるけど、一度も人の姿を見たことが無いのよ。時間も遅いし。宗はどう思う?」どう思うって訊かれても返答に困る。ボクがこの奇妙な《イカの一夜干し》を視たのは、この夜が最初で最後だった。しかし、よくまあ何一つ覚えてないものだと思う。どこに行った帰りなのか、誰の運転だったのか、全く思い出せない。怖がりだから、記憶から追い出したかな。高校は、信州に憧れの学校があった。ボクはいまその高校2年だ。地方にある学校なので、寮生活をしている。今は昼休みでボクは友達の悟と屋上に居る。ボクはこの話しを初めて他人に話した。つまり……イカの一夜干しの話しを。悟は黙って訊いていた。そしてボクが話し終えると意外なことを云ったのだ。「そういった話しはこっちにもあるよ」「えっ!『イカの一夜干し』のことが?」「いや、イカじゃなくてタコ」「タコ?」「うん、『タコ飯』の話し」「……」「内容は宗の話しと、そっくり。イカがタコになったくらいかな、違いは。やっぱり誰もいない夜の山道にあるんだ」「悟は行ったことある?」「うん。ただね……誰も居ないことはないよ」「でもボクが見た時には無人だったけど」悟はクスッと笑うとボクを見て云った。「『居ない』んじゃなくて、『見えない』だけだよ。大勢買いに来てるよ」「なんかさ、ボクをからかってるだろ」「本当のことを教えているだけだよ」ボク思わずは膨れっ面になってしまった。「先に教室に戻ってる」そう云うと歩き出した。「だったら宗。今この屋上には何人くらいいると思う?」ボクは歩くのを止めると、「キミとボクの2人だよ!」怒鳴るように云った。「ハズレ。それが『見えていない』ということだよ」ボクはまた歩き出した。「皆んな、姿を彼に見せてあげて」ボクは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。「!!!」なんだ、この連中は!オバケ、いや妖怪だ!!宗が目にした者は、水木しげるの漫画の世界に登場する妖怪そのものだった。妖怪たちはワイワイと盛り上がっている。「ね、たくさん居るだろ?」悟が笑い顔でそう話す。ボクが妖怪たちを見ていたら、また信じられないことが起きた。いつの間にか大きな土鍋が現れて、妖怪たちが中身を、じゃもじでムシャムシャと食べている。「結構旨いな、あの村長」「村長?何の話し?」ボクの問いに、悟は真顔で答えた。「そのまんまの意味さ。この村の村長だった人のこと。つまりタコの正体は村長なわけ」ボクは恐怖のあまり、後退りをした。「宗、今夜はキミの番だよ」悟が釘を刺すように、そう云った。「おーい、みんな。今夜は何が食べたい?」妖怪たちは口々に「そろそろ肉が食べたい」「丁度良かった。都会育ちのいい肉がある」ボクは凍り付いた。🥩 🍳 🍖 🧆 🥓 🍗 🍳 🥩もうすぐ時計が0時を告げる。街灯の無い、漆黒の中を一台の車が走っていた。「ねぇあなた、あれは何かしら」女性は坂道の上の方に、何がボンヤリと灯りが灯っているのを、見詰めている。《ガーリック・ステーキ》 そう灯っていた。「こんな真夜中にステーキを売っているのかしら」「僕はこの道を何度か通ってるが、初めて見たな」「何だか奇妙な販売所ね」「薄気味悪い。速く行こう」スピードを上げて、車は走り去った。◆美味いな。焼き加減が丁度良いい。◆もうちょいペッパーが欲しいな。取ってこよう。◆ガーリック・ステーキを4人分ください今宵も宴は日が昇る前の一番暗い時刻まで、繰り広げられる。 了 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #暗闇 #不気味 #灯り #無人販売 #怖い話し #イカの一夜干し 25