鏡の湖   前編

この湖は私が作ったもの。

たくさん流した私の涙が、いつの間にか

広い湖を作り上げていた。

真夜中に、私はこっそりと家からここへ、

脚が向く。


泣きたくなると、ここへ来る。

それと……。

夫を起こさないように、静かにドアを開けて私は湖へと向かう。

辺りは闇だというのに、怖さを感じない。


小さな頃から私は毎日、たくさん泣いた。

父か大嫌いだった。

暴力を振るうから。

幼稚園の時から嫌いだった父のこと。

怖かった。いつか殺されると本気で怯えて生きて来た。

私は姉が大嫌いだった。


七歳年上のその人は、毎日毎日ニヤニヤ笑いながら私に云い続けた。

〈あなたは絶対に幸せになれないのよ〉

〈あなたは何をやっても失敗することになってるの。成功することは無いわ〉

〈あなたは、どんなに努力しても無駄に終わる。そう決まってるの〉

何年も云われ続けて、刷り込まれた。

このことが、私の人生を変えた。

無気力になり、生気を吸い取られ、頭では“やりたい”そう思っても、体が動かなくなった。

大人になった今でもーー。


そして、お母さん。

私は子守唄を歌って欲しかったよ。

どんなに小さな声でもいい。

耳元でお母さんの唄う子守唄を訊きながら眠りたかったんだよ。


【あなたが自分の為に唄うといい】

私が唄う?

【そう、あなたは自分をもっと愛してあげられる。子守唄も歌ってあげることが出来るのよ】

自分を愛してあげる……。

【そう、大切にしてあげるの】


私が湖に来る、もう一つの理由。

それは“言葉”を受けた取りたいから。

聴こえるのではなく、言葉を感じるのだ。


言葉の、主。

それは私自身。


    前編 了




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