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真夜中に咲く花

キーン コーン カーン

【先生さようなら、皆さんさようなら】


今日の授業が終わり、僕は友達の弘と靴を履き変えて、表に出た。

お母さんから、帰りに駄菓子屋に寄ってもいいと100円貰ってある。

「よっぽど花が好きなんだろうな」

弘が見ていたのは、用務員のお爺さんだ。


用務員さんは植物を育てるのが、とても上手い。

学校の許可を得て、たくさんの花々の世話をしている。

「用務員さん、こんにちは!」

「ハッ?」

僕らが後ろから声をかけたので、びっくりしたようだ。


「あゝ、こんにちは。帰る時間だね」

「はい。駄菓子屋に寄ってから」

「そうか、いいなぁ」

「色んな花が咲いてますね」

「嬉しいものだよ。手入れをした植物が花を咲かせてくれるのは。ワシにとっては孫のような物だからな」

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「大変じゃないの?」

弘の言葉に用務員さんは笑いながら、

「世話はかかるな。人間の子供と同じだ」

僕は弘と顔を見合わせた。

「僕らも世話がかかるもんね。お母さんによく云われる」


用務員さんはアハハと笑った。

でも次の瞬間、

「世話がかかっても、咲いてくれたら報われれるんだが」

「咲かない花もあるの?」

僕が質問すると、用務員さんは小さくタメ息をついて、「あるな」

そう答えた。


「さぁもう帰りなさい。駄菓子屋に寄るんだろ?暗くならない内に帰るんだよ」

「は〜い。さようなら」

「また明日な。さようなら」

「剛、ボクは駄菓子を買うお金をもらえなかったんだ」

「そんなの簡単じゃん!半分こにすればいいんだよ。50円ずつな」

「え、いいの?」

「もちろん。50円でも結構買えるぜ」

「ありがとう剛」

「よし!行こう!」

僕らはお店まで走って行った。


翌朝、普段通りに校庭を歩いていたら、用務員さんに、こっちこっち、と手招きをされた。

僕は首を傾げながら呼ばれる方へと向かった。

「剛くん、だったかな。ちょっと訊いて欲しくてな」

「どうかしたの?用務員さん」

「咲きそうなんだ」

「?」

「5年前に買った植木に初めて花が咲くかもしれない」

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「え〜!5年間、咲かなかったの?」

「そうなんだ。蕾は出来たことがあるが、花が咲く前に落ちてしまうんだ」

「そうだったんだ」

「ところが今回の蕾は順調に成長して、かなり大きくなったんだよ」

「へえ〜、その花、いつ頃咲きそう?」

「たぶん……2.3日中じゃないかな」

「咲いたら教えて用務員さん。僕も観たい」

「それが無理なんだ」


「え〜何で無理なの?僕だって観たいよ」

「ワシも観せてあげたいんだが、その花が咲くのは夜中なんだ。そしてたぶん朝には萎んでる」

「夜中……」

「そう、夜中だ。剛くんたちはまだ小学生だ。当然、親御さんが心配する。だから無理なんだ。だがビデオを撮っておくから後で観るといい」


僕は納得がいかなかった。

休み時間にこのことを弘に話した。

「ビデオなんかじゃなくて、本物を目の前で観たいよな」

弘も同じ気持ちだ。

そして決めたんだ。


翌日の夜9時。

僕たちは用務員さんがたくさんの植木を置いている小屋の前にいた。

まだ鍵がかかっている。

用務員さん早く来ないかな。


その頃、用務員さんの家では、奥さんも一緒に出かけようとしていた。

脚の悪い奥さんは、常に車椅子を使っている。

この時もベットから車椅子に移ろうとしていた。

すると、ご主人である用務員さんが声をかけた。

「なぁ花枝、今日はワシがおんぶして行くから、車椅子に乗らなくてもいいぞ」


「えっ、貴方がおんぶを?」

「あゝ」

「でも、大丈夫なの?疲れてしまうわよ。それに私は見掛けより重いし」

「妻一人を背負うことが出来なくてどうする。筋肉はまだ落ちとらん」


小屋の前で僕と弘は用務員さんを待っている。

「まだかな、用務員さん。もっと遅くに来るのかも」

「僕は9時半には来ると思うんだ。だからもう少しだ」

「あ、用務員さんだ!」

用務員さんも二人に気がついた。

「二人とも、どうしたんだ。夜遅くに」

「どうしても花が観たかったんだ。だから用務員さんが来るのを待ってた」


「やれやれ、しょうがないなぁ。少し観たら帰るんだぞ」

そう云いながら小屋の鍵を開けた。

“本当に咲いてるだろうか”

ドアが開いた。僕たちはドキドキしながら、小屋の中を覗いた。


ハッとした!


真っ暗な小屋の中でその花は咲いていた。

何て云ったらいいのか分からないけど……。

そこだけが別の世界なんだ!

少しクリーム色がかった白い花。

それが何かを話し出しそうだった。


隣を見ると、弘が目を丸くしている。

用務員さんが奥さんを、おんぶして小屋に入った。

そして花の傍まで近づいた。

僕は、“よく平気だなぁ”と思った。

キレイだけど、何となく怖さも感じたから。


「5年もかかってしまったよ」

「見事に咲いてくれましたね、月下美人」

「花枝が見てみたいと云うのを訊いて、直ぐに買いに行ったんだが中々咲いてくれなくて……待たせてしまったね」

「でもちゃんと咲いた月下美人を見せてくれたわ。ありがとう」

「とにかく良かったよ」


「父が生前に、『月下美人が咲いてるのを見せてやるからな』そう云ってたの。そしたら植木の蕾がどんどん膨らんだの」

「でも違ったんだろう?」

「そうなの。花は咲いたけど赤い花だったのよ。最初は赤い月下美人かと思ったけど調べたら“クジャクサボテン”という植物だったわ」


僕と弘は、そっと帰ることにした。

用務員さんと奥さんの二人だけにしてあげたかったから。

子供だって気を使うんだよ。

月下美人かぁ、すごい花を見せてもらえたな。来て良かった。


翌日、用務員さんに

「黙って居なくなったから心配したぞ」と云われた。

僕らは二人で謝った。


「月下美人を咲かせて、花を見せたかったのは、奥さんのためだったんだね」

弘が云うと用務員さんの顔は真っ赤になった。

「早く教室に戻りなさい、授業が始まるんだから」

僕らは「は〜い」と返事をして教室に向かった。

月下美人の花は綺麗だった。

用務員さんの奥さんは、とっても可愛い人だった。

「そしてほら、用務員さん」と弘が云った。


そうだった!

最高に可愛かったのは、用務員のお爺さんだったとさ!


       (完)



      





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