#【ずっと待ってる】
以前に里紗が働いていた会社に、“優子さん”という先輩がいた。
先輩は里紗の9歳上の人だったが、可愛くて、スタイルも良く、優しくて仕事も出来る優秀な先輩である。
里紗のいた部署には、強烈に怖い女性の上司がいた。
あまりの怖さに新人はみな半年も経たないで辞めてしまう。
会社はまた、募集する、この繰り返しで、あった。
里紗自身、入ってから、1週間後には泣いていた。
ただ何故だか、優子先輩は、私のことを気にかけてくれいた。
会社を辞めずに済んだのは、優子先輩が優しく見守ってくれたからだと、里紗は今も思っている。
❄️☀️☔️
里紗は優子さんの、お宅にお邪魔をしたことが、2度ほどある。
小さいけれど、ステキで、オシャレなマンションだった。
けれど優子さんは、住まいの話しになると、表情が曇った。
「家は賃貸だけど、友達は皆んな持ち家なのよ」
そう話していた。
優子さんには一人息子さんがいた。
ドキッとするほどの端正な顔立ちの青年だった。
ドラマのカメラマンになりたくて、有名な番組制作会社に入社したばかりだ。
初めてお邪魔した時、テーブルの真ん中に、割と大きな穴があって里紗は驚いた。
優子さんは、
「息子がやったの。反抗期の時に」
そう話してくれた。
男の兄弟がいない里紗は、やっぱり男の子の反抗期はスゴイんだな。
そう思った。
❄️☀️☔️
壁に目をやるとカレンダーが、かかっており、飛行機の大きな写真が写っている。
里紗は珍しそうに、カレンダーをめくった。
優子さんは、
「旦那の仕事が少しだけ、航空会社と関係しているの」
「そうなんですか。なんかステキですね」
里紗がそう云うと、優子さんは笑って、
「社長を入れて3人の会社よ」
そう云った。
「それに、私は旦那のお給料の金額を知らないの。
生活費だけを渡されているから。
いったい、貯金がいくらあるのかも知らないのよ」
私は驚いた。でも、言葉にはせず、ただ頷いた。
❄️☀️☔️
優子さんとは、仕事が終わると、よく居酒屋に行った。
そこで、私たちは笑える話しばかりをした。
真面目な話しは、わざとしなかったと思う。
優子さんは、とてもスリムなのに、よく食べ、よく飲んだ。
私たちは、料理をたくさん注文し、お酒も何杯も飲んだ。
すごく楽しい時間だった。
ある朝、優子さんは、眠そうな顔で出社して来た。
真夜中に旦那さんが、喘息の発作を起こしたと云う。
「『救急車を呼んでくれ』って旦那が云うから、ご近所に恥ずかしいから、嫌よって云ったの」
優子さんは、迷惑そうな顔でそう云った。
❄️☀️☔️
里紗は少しだが自分も喘息持ちなので、救急車を呼んでくれと云った旦那さんは、よほど苦しかったのだろうと、想像できた。
恥ずかしいから嫌、と妻に云われた時、どう感じたのろう。
日頃、優子さんの、話しを訊いていれば、仲の良い夫婦ではないことは、想像できる。
いつも優しい優子さんの心の闇を、垣間見た気がした。
ある日、経理の林さんと、廊下で会った時、里紗は驚くことを訊いた。
同じ経理の仕事をしている人が、里紗のことを、
「あの人は、どんな天変地異が起きても、全く動揺しそうにないね」
そう云ったらしい。
私はかなりの心配性であり、怖がりである。
けれど、周りの人から見たら、私のイメージってそう思われているんだ、そう知って、里紗は呆然とした。
ある日、優子さんと私は会社の近くの公園で、お昼のお弁当を食べていた。
私は経理の林から訊いた事を優子さんに、話しをした。
私は、てっきり優子さんは笑うと思っていたが、そうではなかった。
優子さんは真面目な顔で私を見ながら、
「里紗ちゃん、あなたが育ってきた家庭のことは、以前に訊いたけど、里紗ちゃんは、あまりに辛くて、鎧を着けて、生きて来たんだと思うの」
私は優子さんの言葉を訊いたとたん、息が苦しくなった。
優子さんは続けた。
❄️☀️☔️
泣きたい時に、泣く事が出来た?
怒りを感じた時に、ちゃんと怒った?
寂しい時に、私はとても寂しいんだって誰かに伝えた?
自分だけじゃ、どうにもならない時に、
「助けて!」って云えた?
私は言葉を失った。
ただただ体が震えて、息が詰まりそうだった。
優子さんは、そんな私を抱きしめた。
「何があっても動じない人、里紗ちゃんはずっと、我慢ばかりして、大丈夫なフリをして自分を守っていたんだよ。
そうしないと生きられなかったから」
私は優子さんの胸に顔を埋めて、泣き続けた。
「幼い里紗ちゃんは、今でも一人ぼっちで苦しみを全部、抱えていると思う」
「だから、行ってあげて」
そう話す優子さんは、泣いていた。
「大人になった、自分が会いに来てくれるのを、小さな里紗ちゃんは、今でもずっと待ってる」
❄️☀️☂️
あの日から、随分、年月が経つ。
里紗は、家の事情で引っ越す事になり、会社も退職した。
優子さんとは、何度か電話で話しをした。
けれど、いつしか優子さんに連絡が付かなくなっていた。
同じ部署で働いていた人から、優子さんは会社を辞めて、遠くに越して行ったと訊いた。
居酒屋で飲み、酔った私たちは、笑いながら駅まで歩いたこと。
一緒に江ノ島に行ったあと、鎌倉でどしゃ降りにあい、傘を持っていない私たちは、ヤケになって、わざと水溜りにジャンプしたこと。
そして並んで仕事をしている時、優子さんが里紗に云った言葉。
「そんなこと、云うと、キスしちゃうぞ」
「いいですよ」と、里紗は云い、2人で笑ったこと。
優子さん、あの時キスをすれば良かったです。
優子さんに、キスしてあげたかったから。
幼い里紗ちゃんには、何度も会いに行っています。
「大丈夫だよ。怖くないよ。里紗ちゃんは、ちゃんと、成長して大人になれるからね」
そう云って抱きしめています。
「優子さん、幸せに暮らしていますように。私も幸せですから」
里紗は、そう伝えると、今日も小さな里紗を抱きしめに行く。
(完)
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