旅行エッセイ 【夜行の船旅】④満ち足りた人たちがプロスポーツを誘致してみたら(Jリーグ 奈良クラブ)
自分は奈良県出身で、よく打ち合わせをする大学教授やテレビで見るスポーツ選手、はたまたうちの会社の社長(笑)など、個人的に応援したり付き合いはある人が何人かいる。が、よくよく考えてみると、県全体で何かを応援するということはなかったと思う。だから近鉄奈良駅前の餅飯殿(もちいどの)商店街でJリーグチーム発足の告知を見たときにはびっくりした。
いまさらだが奈良は地味だ。大阪が近すぎて進学や勤務で昼間は県内にいない人が多いこと、京都並みに遺跡も豊富で広範囲にあるがほとんど無料の屋外展示だし観光客もせいぜいシカせんべいやペットボトルのお茶を買うぐらいでカネが地元に落ちないこと、県内の3分の2は熊野古道の参詣道以外特に何もなく和歌山県、三重県と渾然一体となっていて特に税収が見込めるわけではないこと、などが理由だ。
私は他の地域で40年住んでいたが、人が互いの人生に点数をつけあううちに自分の人生を見失って、結局自分は何が好きなのかワケがわからず、本来次の世代に使うべきカネも自分のために使った挙句に思ったほど成功せず、マンションの一室で孤独死する同僚をたくさん見てきた。
もちろん人間は全員一人で死んでいくのだが「なんぼなんでもそれは悲しすぎるやん」と逃げるように転勤願いを出して奈良に戻ってきた。人がどうでもいい日常の話題で1日を終えたり、和歌や俳句を書くとあちこちで発表させてくれて「よかったやん」と祝福してくれる奈良が大好き。
昨年秋に藤原京で散歩した時に、一面のススキの草原を前に、近所のおばさまたちが談笑しながらも遠慮がちに持って帰るのを見かけた。ススキなんかなんぼとってもいいのに「これ近所の奥さんにも分けたろ」「あんた、それ持って帰りすぎちゃう? バチ当たるで」と盛り上がっていた。
主婦同士のお土産というとブランド物のお菓子を持ち寄って、後でネットで価格を調べて点数をつけるのをよく見ていたので、おばさま全員が「足るを知る」ことに心がうち震えるほど感動した。
そんな「足るを知る」奈良でプロチームが発足したのは感慨深い。奈良市鴻ノ池陸上競技場(ロートフィールド奈良)での試合では、アウェーなのに前列にずらりと大きな旗を並べて盛り上がる北九州チームを尻目に、こちらは旗も子供にもたせて動きもバラバラ。
というか相手チームはなんであんなにいたんだろう、そういえば安川電機のロゴがひときわ大きかったので社員さんたちか。
スタジアムも出したボールを拾いに行くボールボーイも近所の小学生、アトラクションも本部前で地元のサークルが10人ぐらいで踊りを披露して終わった。応援団もシカ型のカチューシャをつけているが、暑さのあまり日陰で寝そべる人が続出。お前らはシカか、とつぶやきながら私も日陰に避難する。
試合は0−1で負けたが、終了後挨拶に来た選手たちも応援団も「はい、お疲れー」と、暴れることもなくあっさり解散。
奈良ではJリーグチームも「奈良」だった。良くも悪くも。
(2023年8月6日記)
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