「ががらが・むざむざじ・ぼぼんぼ・ぼぼんぼ」
はじめ
ぼぼんぼ ぼぼんぼ やってくる
かんじょうせんに のって やってくる
ぼぼんぼ なんだか ふぁっさふぁさ
けだまの ばけもの めちゃこわい
ぼぼんぼ ねらうよ しょうがくせい
でんしゃに のってる しょいがくせい
ぼぼんぼ とめる ほうほうは
なまえを ぜんぶ かまずに いうこと
ぼぼんぼ なまえを よばれたら
ゆうやけ こやけに きえてゆく
ぼぼんぼ ぼぼんぼ ほんみょうは
ががらか・むざむざじ・ぼぼんぼ・ぼぼんぼ…
「『ぼぼんぼ』やし」
「『ぼぼぼん』やし」
「じゃあ、おまえ、いのち、かける?」
「かけるし。ほら、『い・の・ち』な、書けたやろ?」
鼻水をたらした小学生二人が遊んでいます。
そこにマダちゃんがやってきました。
「なあ、つぎ、ぼくやから、そこのネクストバッターズサークルから、どいてくれへん?」
「はあ、おまえ、ギンナンまぶすぞ」
「ヒットアンドアウェイやし」
だけど、みんなはマダちゃんと遊んでくれません。
「くんなよ、不幸せ、うつるやろ」
「おまえなんか、ぼぼんぼに食われたらええねん」
そう言って鼻水Aと鼻水Bは、行ってしまいました。
ゲゲゲの鬼太郎を見て「こいつ、ガストで見たことある」と驚いたり、 ステーキハウスで「モーモーモーモーうるさいなあ」と耳をふさいだりしました。
マダちゃんは、そのせいで、みんなから嫌われていました。
不幸なことが起こると、ぜんぶ、マダちゃんのせいにされます。
醤油とソースをまちがえたら、マダちゃんのせい。
ミュージシャンが覚せい剤に手を出したら、マダちゃんのせい。
相次ぐデフレも、すべてマダちゃんのせい。
「僕なんか、『ぼぼんぼ』に食べられたらええんかなあ」
日が暮れて、大阪の街が橙色に染まってゆきました。
寺田町
寺田町の駅からマダちゃんが乗り込んできました。
マダちゃんはよく、お母さんに連れられて電車に乗ります。
「自称霊媒師」のもとへゆくためです。
今日は、お母さんのパート先が、火の不始末によって、ボーボーと燃え上がったので、ひとりで霊媒師のところへ行くところでした。
出かける前にお母さんは「あんたのせいでえ!」とか言ってマダちゃんに博多の塩をぶつけました。
マダちゃんは今、博多の塩まみれです。
夕焼けがマダちゃんの塩をきらきらさせました。
そこにそれをきらきらした目で眺めている男の子がいました。
「きれいやなあ」
男の子が呟きます。
それを見つけたマダちゃんは男の子に話しかけました。
「……きみさあ、寒くないん?」
男の子は驚きました。
「なんで、おれのこと、わかるん?」
マダちゃんは答えます。
「わかるもなにも、そんな、かっこう目立ちまくるでー」
男の子は白ブリーフに、両乳首にバンソウコウを張っているだけでした。
「じぶん、おれが見えるんか」
「うん」
「おれ、ぼぼんぼやで」
「えっ?」
「ががらか・むざむざじ・ぼぼんぼ・ぼぼんぼ」
「……毛ぇー、ふぁさふぁさちゃうやん」
「まだ、こどもの、ぼぼんぼやから」
「あー」
ぼぼんぼは「ゆってもうたなー」と思っていましたが、マダちゃんは平然と言いました。
「きみさあ。」
「うん」
「ぼく、たべてくれへん?」
「えええーっ」
新今宮
「ぼくなあ、生きてても楽しくないんや。だから食べてや」
「普通さあ、ぼぼんぼおうたら、みんな必死に長い名前言うもんやで。小学生食べるんやから」
「人食べるん?」
「おれは、たべへんよ。大人のぼぼんぼは食べるけど。」
ぼぼんぼがマダちゃんに質問しました。
「じぶん、なんで、食べてとか、いうん?」
「ぼく、いじめられてるねん」
マダちゃんは変なものが見える事を話しました。
ぼぼんぼは、「ひえー」とか「うわー」とか言って最後には何も話さなくなってしまいました。
ぼぼんぼは、重い口を開きます。
「楽しいことあるよ。おれら、ぼぼんぼよりは、ある」
「あるかなあ」
「だっておれ、ふだんはずっと環状線にひとりでおるんやで」
「きみは、こうやって誰かと話せえへんの?」
「せえへんなあ。環状線から外に出たらアカンルールやし。」
「そうなんや」
「この乳首に張ってるバンソウコウあるやろ? これ、はがしたら封印が解除されて、完全なぼぼんぼに、なってしまうねん」
マダちゃんは、「よくわからんシステムやな」と思いました。
「そしたらおしまいや。めちゃめちゃでかい、もじゃもじゃになって、みんなに見えるようになるし、人間食べてまう」
だから子供のままやねん。とぼぼんぼは、つぶやきました。
「それに、ほら、楽しいことならいっぱいあるでえ。なあ、こんな言葉知ってる?」
「何?」
マダちゃんが、なんだなんだと思っている間に、ぼぼんぼが耳打ちをしました。
「おっ、大人の階段やああああっ」
マダちゃんはえらいことになりました。
ぼぼんぼは、どこか満足げです。
弁天町
それから、ぼぼんぼの、「マダちゃんを大人の階段登らせるごっこ」が始まりました。
「これ知ってる?」
「おおお」
「あれ知ってる?」
「えええ」
「それ知ってる?」
「あらあら」
マダちゃんは、大人の階段を三段飛ばしで昇りっぱなしです。
そのたびに「うおおおお」とか「ふええええ」とか「もはや戦後ではない」とか言いました。
マダちゃんは言います。
「すごいなあ、君」
ぼぼんぼは、答えます。
「君は止めてや。友達いうんは名前で呼び合うもんなんや。」
「そうなん。ぼくはマダちゃんって言うで。」
「マダちゃんか。おれの名前は『ががらか・むざむざじ・ぼぼんぼ・ぼぼんぼ・ががまきがみ・むざまきがみ・ぼぼまきがみ・ががら・びょぼびょぼ・みびょぼびょぼ・あわせて・びょぼびょぼ・むびょぼびょぼ・びんびゅんびゃんぼんびょー・びんびゅんびゃんぼんびょー』や」
「が、ががらか、むざむざじ…」
マダちゃんは何度も言おうとするが失敗します。
「マダちゃん。」
ぼぼんぼがマダちゃんに言いました
「見せろ」
「えっ」
そうして「見せろ」から始まった、第一回マダちゃんの大事な部分争奪戦が催されて、マダちゃんは「大事な部分見せないビーム」で応戦しました。
二人はケタケタと笑い合いました。
ぼぼんぼが、マダちゃんに話しかけます。
「マダちゃん。楽しいこと、あったやん」
「あっ」
大阪城公園
気がつけば、マダちゃんも、ぼぼんぼも、心の底から笑っていました。
「おれ、こんな、大人なこと言ったり、闘ったりするの、初めてや」
ぼぼんぼは、マダちゃんに、元気いっぱいに言いました。
「二人やったらめちゃめちゃ楽しいな」
マダちゃんは「ぼく、こんなに楽しいっておもえるんやなあ」と思いました。「マダちゃんは、おれみたいなんいっぱい見えるのんいやかもしーへん。けどおれは、嬉しかった。マダちゃんがおれに気付いてくれて」
マダちゃんは、そんなことを言われたのは初めてでした。
「楽しい事な、結構あるんやで。だから、食べてほしいとか言ったらアカン」
「うん」
マダちゃんの眼に涙がいっぱい浮かびました。
また寺田町
二人は駅のホームに降りました。
マダちゃんはいいます。
「僕、もう、霊媒師のとこ行くのやめた。僕は、このまま生きてゆくんや。それで、君と、いっぱい遊ぶで」
「もう、外、暗くなるで」
「そうやな、バイバイ」
「そうや、マダちゃん」
「なに?」
「友達な、おれがつくったるわ」
「え、どういう」
そう言いかけた瞬間でした。
「あっ、マダやマダ」
「おまえ、何一人で何遊んでんねん」
クラスメイトがやってきました。
マダちゃんははじめ、うしろにたじろぎましたが、すぐに気持ちを切り替えました。
「大丈夫、僕には、ぼぼんぼが、おるんやから」
そのとき、後ろからぼぼんぼが言いました。
「こいつらか、マダちゃんをいじめる奴らは」
マダちゃんが振り返ると、そこには、毛むくじゃらの怪物がいました。
「うわああああああ」
クラスメイトは腰をぬかしています。
ぼぼんぼは自ら乳首に張られたばんそうこうをはがし、大人になってしまったのです。
「マダちゃんをいじめるやつはゆるさへん。俺がお前らを食べる」
大人のぼぼんぼは子供と違い、小学生を食べます。
「アカンで、」
マダちゃんの言葉を振り払い、ぼぼんぼはクラスメイトに近づいてゆきます。
「そんなん違うねん」
マダちゃんがいくら、ぼぼんぼに言っても聞いてくれません。
「そんなん、切ないままや」
ぼぼんぼが、クラスメイトに手をかけました。
マダちゃんは、なんとかしないといけないと必死に考えました。
そうして思いついたのが、「名前を全部噛まずに言う事」でした。
マダちゃんは、止まってほしい一心で、ぼぼんぼの本名をつぶやきました。
「ががらか・むざむざじ・ぼぼんぼ・ぼぼんぼ・ががまきがみ・むざまきがみ・ぼぼまきがみ・ががら・びょぼびょぼ・みびょぼびょぼ・あわせて・びょぼびょぼ・むびょぼびょぼ・びんびゅんびゃんぼんびょー・びんびゅんびゃんぼんびょー!もう、止めてやぁっ。」
すると。
ぼぼんぼは、クラスメイトから離れ、ニコリと笑って言いました。
「やっとゆうてくれた」
けむくじゃらの姿で、ぼぼんぼは、マダちゃんに近寄りました。
「作戦大成功やな。おれが悪者のふりして、いじめっ子を襲う。それを、おれの本名言うて、倒してくれるマダちゃん。計算通りや」
マダちゃんは言葉になりません。
「な、なんか消えかけてるで」
「消えかけてるんやなくて、ほんまに消えてるねん、これで、おれがどっかいったら、マダちゃんは怪物倒したヒーローになれる」
「ほんまに消えるわけちゃうよなあ」
「マダちゃん、俺、消えるよ」
「なんでなん、なんでっ」
「おれらは、名前言われたらこうなってしまうねん。」
「なんで、そんなこというてくれへんかったんっ」
「友だち、なりたかってん。名前で、呼び合って、アホみたいに笑って。」
「アホやで、僕っ。ほらっ、大事なところ見せないビームっ。ほらっ。アホやっ。アホやから、友だちでおってやっ」
「あああ、これやねんなあ。マダちゃんとおると、楽しすぎて。キラキラしてて。ずっと一人やったから」
「ぼくに楽しいこと教えて、どっかいくの、おかしいやんっ」
「おれは、しなへん。ちょっと姿がなくなるだけや。」
「いややっ。いややぁっ」
「おれ、幸せや、今、すごい」
「おってやあ、ずっとぉ…」
「おるよ、おるから。マダちゃんが俺の名前読んでくれたら、いつでも俺はマダちゃんのためにいくらでも大人な話もしたるっ。だって、おれら」
マダちゃんは叫びます。
ぼぼんぼの、名前を叫びます。
何度も何度も叫びます。
声がかれて、ぐちゃぐちゃになって、もう、しゃべれないくらいになっても、マダちゃんは名前を叫び続けました。
おわり
それから、マダちゃんは、いじめられることはなくなりました。
「こいつ、ぼぼんぼ、ちんこ見せないビームで倒したんや」
「マダ、やりおるなあ」
マダちゃんは、クラスの人気ものになりました。
あの一件から怪物を見る機会も極端に少なくなって、お母さんが博多の塩をかけることも、霊媒師の家へ連れてゆくこともなくなりました。
そうやって、マダちゃんは、普通の、普通の男の子になりました。
みんなで一緒に遊び、大人な話をし、プロレスごっこをたしなんだのです。
そうしているうちに、マダちゃんの昔の記憶は薄くなってゆきました。
思い出す暇がないくらい、楽しい時間がたくさん、あったからです。
何年かして、マダちゃんは久々に環状線に乗りました。
七人座席の一番端。
心の中でなにかが引っ掛かりました。
少し考えましたが、マダちゃんは映画に行く約束があったので、すぐにに気持ちが切り替わりました。
環状線の夕焼け、どこからか歌が聞こえます。
ぼぼんぼ、ぼぼんぼ、やってくる。
だけど、マダちゃんは、「きっと、空耳だろう」とウォークマンを聞き始めました。
「マダちゃん、マダちゃん」