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「メフィストフィレスとクワマン」
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ハロウィンの夜、子供たちは精一杯の仮装をして町に繰り出します。
ドラキュラやフランケンシュタイン、アジャコング、蛭子能収、志茂田景樹と様々です。
そんな中、ひときわ目立った仮装をしている男がいました。
「みて、頭にクワが刺さってるで」
男の頭には農業で使用するクワが刺さり、柄の部分が歩くたびに「ぶらぶら」しています。
緑色のごつごつした図体。たくさんの絆創膏や包帯。
子供たちは写メをぱしゃぱしゃします。
男は町から数キロメートル離れた山の奥の奥の奥の古ぼけたお屋敷に住んでいました。
ふもとに降りることなく、訳の分からないガラクタや、きちがいが読むような黒魔術の本などをたしなんでいたのです。
ですが、この「ハロウィーンの夜」だけは怪しげな雰囲気に誘われて男も町を練り歩きます。
そうこうしているうちに男は目的地に着きました。
いがらっぽい声を「ヴンヴン」調節し
、男は、その家のドアをノックしました。
「はーい」
扉が開くと中から女が現れました。
大声で言います。
「トリックオアトリート!」
女ははじめ、きょとんとしていましたが、すぐに「クワ男」だとわかるとニコリとしました。
「今年も、マシュマロでええの?」
男は不気味ににやにや微笑みながら「うんうん」とうなずきます。
ハロウィンの恒例行事。
それは気になる、赤い屋根の女の子へお菓子をもらいに行くこと。
怪物のような男の唯一にして最大の楽しみです。
赤い屋根の女の子はクワ男の姿を見ても驚きません。
クワ男はそんな、女の子に恋をしていました。
だって他の人間はクワ男の姿を見ても悲鳴をあげるばかり。
「ぎゃあああああああ」
たとえばこんな風に。
「あの傷口、よくみてみて。怪物や、怪物」
「シュレックや」
「シュレックのほうがマシや」
町は大騒ぎ。
赤い屋根の女の子は口元を手で覆って言います。
「……怪物なん?」
クワ男は「うわあああああああ」となって逃げました。
ああ、なんで僕は怪物なんだろうか。
なんで僕は普通じゃないんだろうか。
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しかし、あるときにクワ男が鼻くそをほじっていると、鼻の穴からゆびが抜けなくなって、じたばたしている内に転んで頭にクワが刺さってしまったのです。
あわや怪物は死んでしまうか、と思われたのですが、奇跡的に怪物は無事でした。それどころか、クワが刺さったことで脳に変化が生じ、怪物に知性が生れたのです。
知性が芽生えた怪物は、鼻くそをほじくっていたことを恥じました。
それからの怪物は知性の求めるまま、本を読んだりしました。
すると自分が「醜い姿」であることが判明して、「ああ、自分は普通とちゃう」とまじまじ感じるようになったのです。
家に帰るとクワ男は一つの決意をしました。
「こんな身体で生きるの、もう嫌や」と。
業務用の縄を用意し、さあ、いざ首を吊ろうとしたその瞬間。
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そして突然、話しかけてきました。
「待てや」
クワ男が驚くのもつかの間、犬はさらに話続けます。
「俺の名前はメフィストフィレス。人の願いを聞く悪魔や。汝の場合は『人』ちゃうかもやけどな」
クワ男は腰を抜かしました。
「俺はこうやって時々人間界にやって来て汝みたいな迷ってるヤツを救済してるねん。今、汝、死のうとしてたやんか。俺、人の願い事、叶えたりする代わりに魂を頂くことにしてるんねん。もし自殺的な事しようとしてたんやったら、せっかくの命やし、俺に渡してくれへん?そのかわりなんでも汝の願い事は聞くで」
メフィストフィレスがそう言うと、クワ男はしばらく考えました。
相手は悪魔。
ほんとに、この話を信じてもいいのか。
けど、どうせ終わろうとしていた命。だったらいっそ。
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「俺、普通にしてくれへん?」
「え?なんて?」
「普通に」
「え、普通って何を?」
「普通になりたいねん。普通になって赤い屋根の女の子に告白したいねん」
クワ男は自分の容姿を見ても何も言わずむしろ笑顔で接してくれた女の子に恋をしていました。
「普通になったら、きっと世界は楽しいはずやねん。ファンキーやねん」
メフィストフィレスは困惑しました。
「いや、だからな。普通ゆうても、色々やん。普通の顔面。普通の性格。普通のファッション。汝、その中のどれを普通にしたいん?」
「うーん」
クワ男はしばらく考えたあとに、答えました。
「とりあえず、この見た目やな。まずは……、緑色の肌を普通にしたい」
「だから、肌の普通ってなんやねん。何がどうなったら普通やねん」
「どうって、普通の」
「いや、普通の概念広いやん。じゃあ、汝、俺の普通っていう概念の物差しがそうやからって汝をコバルトブルーの肌質に変えてもええの?」
「いやや」
「じゃあ、普通の肌観をしめして」
「肌色」
「肌色か、分かった」
悪魔が「わんわんわわん」と吠えると、クワ男の身体が「肌色」になりました。
「まってまって。これ、クーピーとかで塗った時の肌色」
「いや、汝、肌色言うたやん。」
「こんなガサツな肌色求めてないよ。ほら、もっとこう、人間に近い」
「分かった」
そんな微調整を繰り返しているうちに、クワ男は「普通」の肌質を手に入れました。
「ありがとう。これで僕も普通の肌質や。じゃあ、街に行って来る」
「頑張れ」
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彼の耳に聞こえた第一声は
「きゃあああ」
「おい、叫ばれたぞ」
戻って来てそうそうクワ男はメフィストフィレスに文句を言いました。
「いや、そうやろ、肌が普通でもクワは刺さっているんやから」
「じゃあ、クワを消してよ……待てよ」
「どうしたん」
「クワ消したら僕、どうなってしまうん?」
「より普通になるよ」
「違う、知性の話よ。また、アホに戻るんちゃう?」
「確かに、その可能性はあるな」
「あ、じゃあ、クワが頭に刺さっているのが普通の世界になればいいんちゃうん?」
「分かった」
悪魔が「わんわんわわん」と吠えました。
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彼の耳に聞こえた第一声は
「きゃあああ」
「なにやってんねん!これが最新のファッションやねんで」
「いたいよおオオ」
「おい、叫んでたで」
戻って来てそうそうクワ男はメフィストフィレスに文句を言いました。
「まあ、クワ頭に刺すのが普通の世界でも痛みはあるからな」
「僕が普通になりたいはずやのに、周りが普通やなくなったら本末転倒や」
「じゃあ、痛みの無いような世界に」
「より、本末転倒やで、メフィストフィレス。待って。クワを透明にしたらええんちゃう?」
「天才やな、汝。これで容姿問題は解決や。」
悪魔が「わんわんわわん」と吠えました。
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彼の耳に聞こえた第一声は
「きゃあああ」
「クワ透明なっても傷口パッカー開いてるもんな」
戻って来てそうそうクワ男はメフィストフィレスに言いました。
「せやな。パッカーも消しとくな」
「ありがとう、メフィストフィレス」
「じゃあ、これで、赤い屋根の女のとこ行けるやろ」
「待って、メフィストフィレス。僕、容姿は普通?」
「普通…ではないな」
「中の上とかの言い方で言うとどんなん?」
「下の中の下」
「ほぼ、下の下やね。じゃあ、容姿も普通にして」
「普通って、どれくらい?」
「……ユースケサンタマリアくらい?」
「ならそれくらいの容姿にしよ」
悪魔が「わんわんわわん」と吠えました。
![](https://assets.st-note.com/img/1705716764852-A24Y2U7Rd8.jpg)
彼の耳に聞こえた第一声は「ユースケサンタマリアや!」
「もみくちゃにされたね」
戻って来てそうそうクワ男はメフィストフィレスに言いました。
「本物と勘違いされたか」
「せやね。ユースケはスターやったね」
「じゃあ、より普通の見た目の人を選ばなアカンな」
「……ミスチルのギターとか、どう?」
「天才やな、汝。」
悪魔が「わんわんわわん」と吠えました。
![](https://assets.st-note.com/img/1705716804116-zFi0CeIRQW.jpg)
彼の耳に聞こえた第一声は
「…………」
ありませんでした。
「…………」
戻って来てもクワ男はメフィストフィレスに話すべき言葉が見つかりませんでした。
「ギターの人の気持ち考えたら胸がちょっと苦しくなって……」
「ミスチルのギターやで。もうちょいわーきゃーなっても……」
「じゃあ、ユースケサンタマリアとミスターチルドレンのギターの人の顔を足して二で割ったような顔にしよう」
「わかった」
これで容姿は完璧です。
「……ふと思ったんやけど、いきなり、女の子の家にたずねても良いんかな?
いきなり『好きなんです』とか言われたら引かへん?」
「普通はどん引きやな。普通に街中で出会おう。そして顔なじみになろう。
普通に電話番号とかを交換して普通に仲良くなろう」
「なるほど」
「よし、もうこうなったら普通についてとことん話し合おう。そして究極の普通を完成させるんや」
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「これで、大丈夫やで、汝。行って来い」
クワ男はふもとに降り立つと、赤い屋根の女の子が良く利用するスーパーマーケットに足を運びました。
もう、街の住人に叫ばれる事もありません。
メフィストフィレスは「ここで偶然を装い、彼女と出会いを果たすんや」
と作戦を立てました。
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クワ男のチャンスです。
意を決して女の子に話しかけます。
「あ、あ、あの……」
「はい?」
「あの…、その…」
「なんですか?」
「あの」
「……?」
ここでクワ男は気付きました。
「いくら見た目を普通にしても心は普通になってないやん」
と。
慌てふためく自分のふがいなさにクワ男は「ああ、やっぱりアカンな」と諦めかけていた。
その時です。
「……なんか、声、聞いたことある」
赤い屋根の女の子が言いました。
「え?」
クワ男が驚いていると赤い屋根の女の子はマシュマロと男を見比べて
「トリックオアトリートの人?」
と尋ねました。
クワ男は、逃げだそうと決意しました。
正体がばれてしまった。
もう、終わりだ。
けれど、女の子はニコニコ笑っていいました。
「前と、見た目変わったん?」
「……イメチェンやねん」
「私は前の姿も好きやったけどな」
「え?」
「うん」
メフィストフィレスが「ワン」と吠えると男は元の醜い姿になりました。
「あの、僕ね」
「うん」
「こんなんなんですけどね、好きなんですよ」
「マシュマロが?」
「いや、あなたが」
クワ男は結局普通にはなれませんでした。
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普通にご飯を食べ、普通にデートをし、普通に生きてい行きました。
「なんで僕を見てもなんとも思わんかったん?」
ある時、クワ男が女の子に尋ねました。
「ウチ、昔から怪物とかが好きやってん。だからそういうのには慣れててん。
ただ、今はあんたの心に惹かれてる」
クワ男は笑顔になりました。
そうしていくうちに「ああ、これが普通いうやつか」と気付きました。
容姿こそ普通ではない怪物でしたが、そこで普通というものの幸せを感じたのです。
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「これで普通いうもんが理解出来たんちゃうか」
「ありがとう、メフィストフィレス」
「じゃあ、初めに言ってたよな。汝の魂をいただこう」
「え?」
「汝の魂」
「延長とかでけへんの?」
「無理やな。約束は守ってもらう」
「ああ、そうか、こんなに死ぬのが怖いとか、僕、ほんま普通に彼女と生活してたんやな」
男は魂を引き抜かれる時、思い出していました。
不幸な日々。
誰からも理解されない日々。
そして、ほんの数日ながら普通に過ごした日々を。
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男の魂は、すっぽりと奪われたのでした。
いくらか経って女の子が帰ってきました。
女の子がクワ男の名前を呼びますが返事はありません。
おかしいな、と思っていると机の上に「手紙」を見つけました
「今まで、ありがとう。クワ男」
すると黒い犬の姿をしたメフィストフィレスが近づいてきて言いました。
「どうやったこの数日間」
彼女が答えました。
「ありがとう、メフィストフィレス。素晴らしい日々が送れた」
「汝の願いごとは叶った。じゃあ、魂を頂こう。汝は俺に『普通ではない、おぞましい生活』を望んだ。どうやった、怪物と過ごした日々」
「ほんまに楽しかった。私の人生でこんな普通じゃないおぞましい生活が過ごせるなんて思ってなかったら」
「そうか」
「あんなばけもの、愛せるわけがないもの」
メフィストフィレスはニヤリと笑うと女の子の魂を奪います。
そうして女の子の魂は、すっぽりと奪われたのでした。
メフィストフィレスは吠えるだけ。
げらげら笑いながら吠えるだけ。
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