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#習慣にしていること
去年の1月から近所の神社に参拝して今日で367回。
これはもう#習慣にしていることと言っていいと思う。
大事な友だちの健康を祈り始めて1年半、抗がん剤の副作用が少ないようにと願い始めて、今は再発しないようにと祈っている。
日常に追われる中、その時は友のことのみに心を満たす。
参拝し始めた頃は、境内までの101段の階段を上ることはきつくて上りきった時にはゼイゼイしていたが、今はスイスイ上り、
『みな人も深き願ひを掛川の 龍の尾山の神のみずがき』 忍十郎義広
去年の1月下旬から始めた参拝が、今日で365回になりました。
神社の鳥居に立てかけられている和歌。
何年も何年も多くの人の様々な願いを受けとめてくれているんだなぁと思う。
ありがとうございます。神様。
「世界は誰かの仕事でできている」
雨がいっぱい降った昨日の今日、神社のぬれ落ち葉をブロアーで集めている方がいた。
台風の後や落葉の季節には、参道に木ノ実や葉がたくさん落ちてるなぁと思うと、いつも翌日くらいにはきれいになっている。
この方が、いつもこうしてお掃除してくれていたんだ。
他の人の目に触れない仕事は多いけれど、そのような仕事をする人を目にした時に思う言葉。
世界は誰かの仕事でできている
誰に見られてなくても誠実に
#7 セルフメディケーションの啓蒙
今朝のリハビリテーションカンファレンスで内科医師が言った言葉。
セルフメディケーションとは、「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること」世界保健機関(WHO)だそうな。
患者さんに対して検診の必要性を伝えることは、セルフメディケーションの啓蒙になるとのこと。
ふむ。
あれっ! こういうお顔だったんだ。
みんなのマスク顔に慣れてきたこの頃。
ふと外されたマスクの下の顔をみた時に思う言葉。私の、“マスクあるある”。
自分では知らず知らず、見える目元から見えない口元を想像してるんだな。
つまりだな、何においても、見える部分から見えない全体を作りあげているんだな。
自分の考え方の習慣や偏りを意識して過ごそうっと。
#7 上り坂は、先を見ずに一歩一歩淡々と足を進めていく
マラソンの解説者が、アナウンサーから、上り坂の攻略法について質問されたときの答え。
今日も、神社の101段を、淡々と足もとだけ見て上ってきた。
上を見上げてしまうと、まだあんなに遠いと思って萎えてしまうけれど、足もとをみて一段一段数えることに集中すると、あっという間にのぼりきった感さえ感じる。
#6 よく考えたらあまり変わってなかった
コロナ予防での自粛生活。
休日は、スーパーと時々ドラッグストアに行く程度だった。
なんとなく緊張していて不安な日々だったけれど、出不精な私の生活、よく考えたら外出自粛要請前後であまり変わってなかった。
先週の週末も、今週の週末も、開店と同時にスーパーに行き、最短距離でいつもの食材を買い、レジの一番乗りを目指した。
変わらない週末の過ごし方。
#5 恭しく一礼する
今日読んだ本、『検察側の罪人』で登場人物のひとりが、『胸に手を当て、恭しく一礼した。』
日頃、挨拶は、ちょっと立ち止まって声をかけるように心がけている。恭しくはいかないまでも。
相手を大事にするきもちが伝わるような気がするから。
#3 “たくさんある”と“ない”は同じ
水玉模様も、たっくさん水玉があると、水玉がないよう感じる。
過ぎたるは及ばざるがごとし??
なんでも程よく、自分の手に負える数が大事だと思う。
お金も服も、友だちさえも。
そう思うと、物欲も承認欲求も抑えることができる。
#2 自分がわからないんだよ
いつもニコニコしてアイデアマンでユーモアたっぷりのおじいさんのひとこと。
おじいさんは最近物忘れが多くなってきた。
私が抱くおじいさんの印象、“いつもニコニコしてアイデアマンで、ユーモアたっぷり”をご本人に伝えた時に返ってきたひとこと。
自分のことは自分ではわからないものなんだよ
という意味か、はたまた最近物忘れをするご自分を嘆いた
自分のことがわからなくなってきている
という意味か…
#1 出会えたら幸せなんだねー
大切な友人の一言。
友人の息子さんが、初めてフィアンセを連れてきた日、高校時代の部活仲間にラインした一言。
息子さんとフィアンセの微笑ましさが伝わってきた。
私もあなたに出会えて幸せだよ。