中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)との出会いと乙巳の変(いっしのへん)その4(4分割)


そうさ、この時入鹿(いるか)を剣で刺すようにと中大兄皇子から言われていたんだからね。中大兄皇子も槍を隠し持っていたよ。石川麻呂(いしかわのまろ)が上表文(じょうひょうぶん)を読んでいっても何事も起こらなかった。雨はいよいよ激しくなって石川麻呂の声は消え去りそうになっていく。この計画を知っていた石川麻呂は計画がばれてしまったのかと怖くなって体がガタガタと震えだしてしまったんだ。入鹿はそれを怪しんでこう言ったよ。
「なぜそのように震えているのだ」
「はい、天皇のお傍ですので緊張しております」
石川麻呂が答えたその時だった。中大兄皇子が槍を手にして大声で叫んだ。
「蘇我入鹿よ。これよりは好き勝手にはさせぬ!」
その声で子麻呂(こまろ)と網田(あみた)は我に返り剣を持って入鹿に襲い掛かった。
「私が何をしたというのですか」
入鹿はそう叫んだけれど、たちまち体中を切られて天皇の前に倒れてしまったよ。何も知らなかった皇極天皇(こうぎょくてんのう)は驚いて青ざめて声も出なかったというよ。
「入鹿は天皇家をほろぼし、自分がそれに変わろうとしていたのですよ。」
入鹿の死体はどしゃぶりの雨の中に放り投げられてしまったんだ。

この後からは中大兄皇子と中臣鎌足とが中心になって日本のいろんな計画を立てていくんだよ。こんな風なやりかたをクーデターって呼んでいるよ。これはね、大事件なことだから、学校でも必ず勉強するところだよ。この事件が起きた年は干支が、乙(きのと)巳(へび)年なので、乙巳の変(いっしのへん)と呼ばれているんだよ。パパママが勉強していたころは大化の改新(たいかのかいしん)と言われていたんだけどね。そうさ、歴史も進化していくのさ。

今歴史研究をしている先生方からいろんな説が出てきているんだって。もっと進化していくよ、きっと。楽しみだね。

最後まで読んでくれて、ありがとう。
おやすみ、ポン。

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