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【詩歌トライアスロン】眠らずに

たとえば、
(と言ったきりたとえないのは、
まだ夜も明けきってない
時刻だから、
わたしはとても眠いのだった)

調理場で
秋気


は起きている

たとえるなら、
(わたしより先に生まれた
ので兄は、
わたしの兄として生きている。
不眠症をわずらう兄は
明け方に台所に立ち
料理をつくる。
その料理はまったく食欲をそそらない見た目で、
わたしは兄の料理を一切口にしたことがない)

レシピには

鹿

とあり揃える

たとえて言えば、
(兄は働くことをしていない。
労働を忌み嫌いつつ
広告の多い雑誌を
好んで読んだ。
自身の食事をつくる材料がなくなれば
母に頼んで
買いこんできてもらう。
間違えて
買い物をしてきた母に
怒鳴ったことが
何度もあった)

柄が溶けて
いるヘラ
床に
落ちて

たとえられないのはわたしの弱さのせいで、
(たとえさせてくれないのは兄の強さのせいだと言いたいわけではない。
兄が強いかどうかは微妙なところだ。
お腹から声を出すから
うるさくてよく響く声が
出るというだけ、
暴力を振るう
気配を
出している
人を殴ったことのない腕)

ひとつぶに
一言
剥きはじめた
葡萄

たとえることを諦めはじめている、
(なにに例えてもわたしの兄は兄で、わたしの家は家であり、
居間のソファにはいつも兄が座っている。
くつろいでいるのではなく
われわれを伺っている
気を張って。
それを見て気が張っている
母がいて
アメリカに
メールを送りだす。
母の友人はアメリカに住んでいるのだという。
アメリカは思ったよりも楽しくないのだ
ということをその人はしょっちゅう送ってくる)

肘掛のところに
盆に
つかう

なんでたとえなきゃいけないのかもわからなくなってきた、
(わたしの家族は破綻していない。緩やかに良くない方向に向かっているだけである。
仮にたとえてもよくない例えしか出てこないだろうし、
そのたとえば誰をも納得させなくて、
少し無言の増える数日
となるだけだろう。
眠かったから
たとえようとしたのか
たとえなきゃいけない時だったのか。
わからないし、いつがその時かわかるような日はこなくて、いまがその日だ、と思ってもそう思うのはわたしだけかもしれない)

試し書き
するように
鰯を
遊ぶ

たとえるのはやめにした、
(兄がわたしの座っているテーブルにに皿と箸をセッティングして、醤油で漬けた脂気のない肉のようなものを盛り付けた。母も父も助けてくれなかった。わたしは、
箸を取ることしか
許されていなくて
なるべくにっこり食べるそれだけ、
それだけのことをこなせばよかった。
箸を取る手が震えた。一切れの肉をつかんでゆっくり運んでいった。
口元をみんな見ていた
おいしいという言葉を
みな待っていた。
口に入れてみると、これほど濃い色をしているのに肉には味がしなかった。腐っていたのか、わたしの味覚がおかしくなっていたのか、わからないがとにかく無味だった。
どう、とも、おいしい、とも、兄は聞かなかった。
淡々と料理を下げて皿を洗っている兄に、おまえはひょっとして政治家になるかもしれないな、我慢強いところがあるからな、とお父さんが言って、わたしはお父さんをはじめて皿で殴った)

新蕎麦が
うまいと言えば
そう思う

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井口可奈
ものを書くために使います。がんばって書くためにからあげを食べたりするのにも使うかもしれません。