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トト#3:身代わりアスリート

『身代わりアスリート』とは、保護者やコーチなどが自分自身の果たせなかった夢を子どもに託すことを意味しています。

http://www.sportsonline.jp/

この言葉をネットで見た時に「まさにS男とトトのことだ!」と直感した。

父親S男の夢はプロ野球選手になることだったが、共働きの両親が忙しかった為に小学校では野球をやらせてもらえず、中学校の部活からしか始めれなかったそうだ。
高校卒業時にプロテストを受けたが不合格となり、夢はそこで諦めることとなった。

もっと早い時期から野球を始めていれば、結果は変わっていたのではないか… ずっとそう考えていたそうだ。

そんなS男にとって自分に息子ができたら、夢を託そうと思うのは自然なことだと思う。

ただ親だからと言って、自分の子どもを自分の好きにしていいはずがない。

小学校に入る前から父親S男に野球を勧められるがままに始め、その後もずっとS男と一緒に野球を続けてきた長男トト。

トトの成長に伴い、S男のトトへの要求もどんどんと強くなっていった。
でも、トトには先天的な特性があった。

「視覚情報が優先されてしまう」
「耳から聞くだけの情報は記憶しにくい」

日常的な困り事では「集中して人の話を聞けない」「同じことを何度も注意しても繰り返す」というのが最も多かった。

小学2年生から通級教室に通うトトは、通級の先生から「言葉を聞くだけでは定着しにくいので絵や図を見せて視覚的な情報と一緒に伝える工夫が必要です」というアドバイスをもらっていた。

そんなトトが、野球でも監督から同じことを何度も注意されたり、練習で一つ一つのプレーはうまくできても、試合になるとどうしていいか分からなくなってミスをしてしまうことは容易に想像ができることだ。

S男にもトトの特性については説明しているし、どうすればトトに伝えやすくなるかも一緒に先生から聞いているはずだ。

なのにS男はトトが自分の指導した通りのことができないことを

「こいつがなまけてるからできないんや!」
「何度言ってもできないなら、痛みで分からせるしかないな!」

そんな風にしかとらえようとしなかった。

そして本当に1度の説明でできない場合は、トトの身体に物をぶつけたり、棒で叩いたりしているところを度々目撃した。

当然見つけた瞬間に止めに入るのだが、「野球を知らないやつが口出しするな!」と言われ、夫婦喧嘩になるだけだった。

4年生の時に一度野球を辞めたいとトトが言い出したことがあったが、S男は断じて認めず「一度始めたことを途中で投げ出すな!」とトトを攻めていた。
でもトトが自分から野球をやりたいと言ったことは一度もないのだからおかしな話だった。

結局S男はトトに野球をやらせて自分の夢を叶えてほしいだけなのだ。
その為にトトに野球を辞められては困るし、自分の思い通りの成果をあげてもらう為に体罰を使ってでもできるように教え込もうとしているのだ。
まさにトトを自分の「身代わり」にしていると思った。

そこにトトの意志や希望は全く反映されてない。
子どもを自分の所有物のように扱い、親だからそれをすることを許されると考えるS男の行為はまぎれもない「虐待」だと感じていた。

そんなS男にぶつかっていくことも、文句を言うこともできず、ただできるだけ怒られないようにS男の言うとおりにするしかできないトト。

どうにかしたいのに、どうにもできない自分。

全部が腹立たしいのに、どうしたらいいのか分からなかった。

▼2度目の野球拒否。だけど…

4年生の時に「辞めたい」とS男に言ったトトだったが、逆にS男に叱責され、それ以上S男に反抗することはできず、野球を続けることになったトト。

何事もなかったように、これまで通り野球の練習が繰り返される日々。
でもトトの表情はどんどんと暗くなっていくように見えた。

トトは5年生になり、野球チームでも高学年のグループになった。

チーム内でも高学年として求められるものが増え、試合に出る回数も増えていたが、トトはS男が望む結果を出せていない様子だった。

S男はあきらかにイラついていたし、焦っているように見えた。

そして、S男のトトへの指導も明らかに厳しくなっていた。

そんなある土曜日。
再びトトが野球の練習に行く前に「行きたくない!」と泣き出した。

1年前と全く同じ状況だ。

「おまえはまだそんなこと言うてんのか!  遅れるやろ!  早くしろ!」

S男はトトを玄関から引きずり出した。
心配になって、二人が家を出た後を付いていくと、S男がトトを蹴り飛ばして車に押し込んでいるところを目撃した。

怒りがこみ上げた。

次の日の日曜日もトトは「行きたくない!」と玄関から動こうとしなかった。
またS男がトトを引きずり出そうとしたので、我慢ならず止めに入った。

あからさまに「またおまえか」という顔で私をにらむS男に向けて

「それ以上やるなら通報するから」

スマホで110番を表示させた。
本気で通報するつもりだったが、S男がそこで諦めたので通報にはいたらなかった。

「なんで母親がこっちの味方にならないんや。逃げ場があるからコイツはいつまで経っても逃げてばかりなんや。他の家は協力し合ってるのに、うちは邪魔ばっかりやな。」

ブツブツ文句を言っていたが、全く意味が分からなかった。

この日トトは練習を休むことになったが、S男が一緒にいるので安心はできない。
S男の動きを警戒していると

「二人で話してくるから。話すだけで野球は今日は行かへんから。」

と、トトを連れて出かけてしまった。

数時間後、戻ってきたS男は

「話はついたから」

とだけ言った。
トトも何も言わないまま、次の週からは再びいつものように練習に行くようになった。

二人で出かけた時にS男とトトの間でどんな話がされたかは分からないが、だいたいの予想は付く。

父親であるS男はトトにどう言えば自分の言う事を聞かせられるかを熟知しているし、一番効果的な方法を使うはずだ。
親の言う事を聞かせることこそ親の務めだと思っているのだから。

そして、いくらトトにこの時に何を言われたのかを聞いても話してくれないことから、S男がトトに口止めしていることも予想できた。

この出来事の後しばらくして、私が一人で夜中まで起きていた時のことだ。

寝ていたトトが起きてきて、私の側に来てふいに言ってきた。

「ボクな・・・続けるわ」

聞いた瞬間、自分の身体がこわばるのを感じた。
その言葉が本人の中から出てきた言葉でないことは、トトの顔を見れば分かる。

どこを見てるのか分からない視線。
何もない表情。
どう見たっていつものトトではないのだから。

直観的に「S男に言わされている」と感じた。
私に邪魔させない為にトトに自分から私に言うように命令したに違いない。

「ホントに? 無理してない?? 嫌って言っていいんやで!?」

トトに言ったが、トトは黙ったまま布団に戻ってしまった。

このままだとトトが壊れてしまうかもしれない。
私は怖くなった。


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