見出し画像

自分が「太陽」と言い出した金正恩氏の思惑とは

 先日、韓国で長く北朝鮮を研究してきた大学の先生と、日本で会った。
 北朝鮮の金正日(キム・ジョンウン)総書記が、統一を放棄したと発言したことについてどう思うか聞かれた。

 確かに正恩氏は昨年暮れから「共和国の民族歴史から『統一』、『和解』、『同族』という概念自体を完全に削除しなければならない」と強調し、南北融和の象徴として平壌に立っていた祖国統一3大憲章記念塔など解体している。

 こういった行動に、専門家の間でもいろいろな説が出ている。韓流遮断のため、もしくは核兵器を持ったので自信が出てきた。さらには、トランプ氏の米国大統領再登板に備えるために内部結束を強めているという説もある。

 知人は「どの見方も物足りない」と話していたが、それは私も同じだ。どれも推測の域を出ないからだが、北朝鮮ウォッチャーをさらに混乱させることが起きた。4月15日は北朝鮮では「太陽節」と呼ばれる。正恩氏の祖父、金日成主席の誕生日であり、北朝鮮最大の祝日だ。

世界の中心にある「太陽」

 太陽は太陽系の中心にあり、周辺の星に恵みを与えている。それと同じで、北朝鮮の建国の父である金日成(キム・イルソン)氏は、北朝鮮の人民にとって永遠の存在であることをアピールするのが狙いだ。

 正恩氏自身も、15日には金日成氏、父親の金正日(キム・ジョンウン)氏の遺体を安置した錦繍山太陽宮を参拝してきた。

 旧ソ連では、赤の広場で行われる軍事パレードの際、レーニン廟の上に並ぶソ連共産党指導者たちの並び順を見て、党内の序列を確認し、権力闘争のゆくえを観測する「クレムリノロジー」の手法が取られていた。

 北朝鮮における錦繍山太陽宮参拝は、旧ソ連の「クレムリノロジー」と同じような意味を持っていた。参拝に誰を随行しているか、どの位置に立っているかを確認することは、北朝鮮の権力序列を読む機会になっていた。

自分の業績を優先

 ところが今年、正恩氏は参拝しなかった。不参拝は昨年に続いて2回目となる。健康上の問題ではなかったようだ。それは正恩氏が、15日に平壌市内に完成した1万世帯の住居の竣工を祝う式に、娘のジュエ氏と出席していたからだ。金ファミリーの正当な後継者という地位を強調するよりも、自分の業績を誇示したかったのだろう。

 それだけではない。現地からの報道をみると「太陽節」という呼び方自体もなくしてしまった。夜、平壌で行われた大規模なダンスパーティの写真を見る限り「太陽節」と書かれた看板はなく、単に「4・15」だけになっていた。

 北朝鮮の大きな祝日としては、金正日氏の誕生日である光明星節(2月16日)もあるが、正恩氏は今年の光明星節にも、錦繍山太陽宮を参拝しなかった。

 少しさかのぼるが2019年10月、景勝地の金剛山観光地区を視察し、南北協力事業の一環で韓国側が建設したホテルなどをすべて撤去するよう指示したことがある。この時正恩氏は、「国力が弱い時に他人に依存しようとした先任者たちの政策が間違っていた」と言及し、何と正日氏を遠回しに批判し、注目を集めたこともある。
 このころから、祖父、父への批判を心に秘めていたのかもしれない。 

MZ世代の特色?

 一連の「先代への批判、無視」と受け取れる言動については、若者の合理主義という見方もある。正恩氏は、そもそも韓国でいう「MZ世代」に属している。1980年代初頭から1990年代初頭に生まれたミレニアル世代と、1990年代半ばから2000年代初頭・中盤に生まれたZ世代を統合して称する用語だ。正恩氏は1984年生まれなので、立派に「MZ世代」に該当する。

 この世代の人たちは伝統的な行事には無関心だ。例えば、朝鮮半島では祭祀(チェサ)と呼ばれる行事がある。亡くなった祖先を祭るもので、旧正月、秋夕には、親族が集まって伝統的な祭祀が執り行われる。

 しかし、韓国女性家族省が2020年に行った家族実態調査によれば、MZ世代の半数以上が祭祀に否定的な意見を持っていたという。

 MZ世代内で「古くさい行事には参加したくない」というムードが広がっている。正恩氏の行動は、こういった世代の特徴から読み取れる気もする。

先代よりも自分の娘に関心か
 一方で、正恩氏が本格的に自分の偶像化に乗り出し、統治スタイルを根本から変えたとの見解も重みを増している。ある専門家は韓国メディアに対して、「昨年11月からは正恩氏が娘ジュエ氏をミサイルの発射場などに帯同している。住民の関心も、先代の指導者よりも4代世襲の方に向いている。そのため、先代に対する追悼などの意欲が薄れている」と答えている。

 しかし、正恩氏の新しい感覚による政治は、危うさもはらんでいる。韓国に住むある脱北者は、「これまで金ファミリーの後継者であることをアピールしておきながら、急に正恩氏だけを神格化するよう求めている。住民の戸惑いや不満がさらに高まるはずだ」と話す。

 そうでなくとも、北朝鮮は経済不振にもかかわらず、ここ数年高価なミサイルの発射実験を繰り返している。5月に入っても弾道ミサイルの発射を繰り返している。北朝鮮の行き先は、ますます不透明になりそうだ。

よろしければサポートお願いします! いただいたサポートはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!