韓国の検察改革 その光と影
検察官は韓国ではドラマの格好のテーマです。本格的な法廷ドラマから、サスペンス、ラブストーリーなど、様々なバリエーションがあります。
これらのドラマでは、検察官という職業を通して、正義、葛藤、愛、友情、そして人間の欲望など、様々なテーマが描かれています。
女性検事が主人公になることも増えています。
なぜ検事が注目を浴びるか
韓国では、長年にわたり検察の強大な権限に対する懸念と改革を求める声が上がっていました。近年、文在寅政権下で検察改革が本格的に推進され、検察の権力構造に大きな変化をもたらしました。これが、今回の尹大統領への捜査にも影を落としています。つまり、強力な検察から力を削いだことが、今回の捜査の足かせになっているというアイロニーです。
検察改革の歴史的背景
韓国の検察で忘れてはならないのは、捜査、起訴、公判維持、裁判執行まで、刑事司法のほぼすべての段階に強い権限を持つ機関であることです。韓国ドラマに出てくる検事は、犯罪現場に行き、聞き込みもしています。
検察庁法第4条2項では、「検事はその職務を遂行するにあたり、国民全体に対する奉仕者として政治的中立を守らなければならず、付与された権限を濫用してはならない」と規定されていますが 、その強大な権限は、政治権力に利用されたり、人権侵害に繋がったりする可能性もはらんでいました 。さらに韓国国会には、検事出身の国会議員が数多く在籍しています。
簡単な歴史は、日本語で公開されています。
過去にも、検察改革は幾度となく試みられてきました。1980年代に入り司法試験合格者数は増加しましたが、司法研修院修了生の半数以上が裁判官、検察官に任官するという状況が続いていました 。検察官はいまだに人気職業です。結婚相手としても人気です。
1993年の金泳三政権以降、司法改革に着手しましたが、依然として検察の権限は強大でした 。
特別検察官制度
例えば、1999年には特別検察官制度が導入され、大統領親族や検察関係者等の事件を捜査する際に、通常の検察組織から独立した特別検察官が任命されるようになりました 。
しかし、この制度は個別事案ごとに法律の制定を要するため、活用に支障をきたす場合がありました 。
特別検察官制度 日本の国会図書館
特別検察官制度導入後、検察ではなく特検が新事実を究明するなどの成果が見られました。
一方で、活動期間に限りがあるため、既存の検察組織にも依存せざるを得ず、実効性に限界があるという問題点も指摘されています 。また、特別検察官制度の投入は、与野党の政治的駆け引きの手段にもなっています。
盧武鉉政権下での改革
2003年の進歩系盧武鉉政権では、政権と検察の癒着関係を解体しようと、検察総長の辞任を促し、高位職幹部を大々的に交代させるなどの改革が行われました 。
しかし、検察の抵抗により、両者の間には気まずい状態が生じました 。また、1987年の民主化以降、地方自治や分権改革が進む中で、検察の役割や地方政府との関係性も変化し、検察組織にもその影響が見られました 。
このような過去の検察改革の経験や、政権による検察の政治利用に対する国民の不信感の高まり から、検察の政治的中立性、公正性、透明性を確保するための抜本的な改革が求められるようになりました。
文在寅政権での検察改革と政治的狙い
文在寅政権は、検察改革を重要な政策課題として位置づけ、検察の権限を縮小し、民主的な統制を強化することを目指しました 。
文在寅政権のイデオロギーと歴史観において、検察改革は、過去の軍事独裁政権時代の不正を清算し、真に民主的な国を作るための取り組みとして位置づけられていました 。
さらに盧武鉉大統領が検察の捜査で、投身自殺したことも影響したと見られています。 保守系の大統領が誕生しても、検察を使って報復できないようにする狙いもありました。
公捜処の設置
与党「共に民主党」は、検察の捜査権と起訴権の分離、高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の設置、検察による警察捜査指揮の廃止などを推進しました 。
一方、野党「国民の力」は、検察改革によって捜査能力が低下し、犯罪への対応が遅れる可能性を懸念し、検察の捜査権を維持すべきだと主張しました 。
野党は、検察改革が政権与党による政治的な動きであり、政権に不利な捜査を封じ込めるためのものだと批判しました 。
検察改革の内容
さまざまな批判もありましたが、国民の多くは、検察改革に賛成しており、検察の権限縮小や公正な捜査を求める世論が高まっていました 。
文在寅政権下で行われた検察改革の主な内容をまとめてみます。
検察の捜査権、起訴権の分離 検察の強大な権限を抑制するため、捜査権と起訴権を分離し、警察に捜査権を付与しました。警察は検察からの一方的な捜査指揮を受けることがなくなり、拒否もできるようになりました。
検察は、6大犯罪(腐敗、経済、公職者、選挙、防衛事業、大型災害)のうち、汚職・経済犯罪以外の捜査権を警察に移管しました。内乱罪の捜査も警察の権限となりましたが、罪状は大きいのに、警察の捜査力は経験不足が目立ち、アンバランスでした。
検察の権限が縮小され、警察の捜査権が拡大しました。検察は、起訴権の行使に集中し、警察と連携して捜査を行う必要が生じました。
高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の設置
大統領、国会議員、判事、検察官などの高位公職者の犯罪を捜査する独立機関として、公捜処を設置しました。 高位公職者の不正に対する抑止力となり、政治腐敗の抑制に繋がると期待されました。
検察の内部統制、信頼性 の強化 検察の内部統制を強化し、説明責任を果たすための制度を整備しました。
例えば、検察の活動状況を国民に公開する制度や、検察内部の不正を監視する委員会などが設置されました。
検察改革の影響
検察改革は、韓国の政治、司法、社会に大きな影響を与えました。
検察の権力構造の変化: 捜査権の縮小により、検察の権力構造は大きく変化しました 。
検察は、従来のような強大な権限を行使することができなくなり、警察との協力関係を築く必要が生じました。
検察の捜査権限の縮小は、検察内部の権力構造にも変化をもたらし、検察組織のあり方や検察官の意識改革が求められています 。
検察と警察は、それぞれの役割分担を明確にし、協力体制を構築することで、より効果的な犯罪捜査体制を築くことが期待されます。
しかし、検察と警察の役割分担や協力体制については、まだ業務の重なりなど課題も多く、調整が難航しているという指摘もあります 。
専門家の意見、評価
検察改革に対しては、法律学者、政治学者、ジャーナリストなど、様々な分野の専門家から意見や評価が寄せられています 。
賛成意見: 検察の権限縮小は、政治腐敗の抑制や人権保障の強化に繋がるとの意見があります 。
また、公捜処の設置は、高位公職者の不正に対する抑止力になると期待されています。検察改革によって検察官が本来の役割である「法の番人」としての職務に専念できるようになり、国民のための司法制度が実現すると期待する声もあります 。
反対意見: 検察の捜査権が縮小されることで、捜査能力が低下し、犯罪への対応が遅れる可能性が懸念されています 。
また、公捜処は政治的に利用される可能性があり、独立性や中立性が担保されないとの指摘もあります。検察改革によって、かえって捜査機関の混乱が生じ、司法制度の効率性が低下する可能性を危惧する声もあります 。残念ながらこの予測が当たっています。