カリスマ日本語講師 笈川幸司さんのこと
以下は、最近書いた本の中に盛り込めなかった文章です。
世界を飛び回るカリスマ日本語教師 笈川幸司
ここまでご紹介してきた世界各地の日本語教師には、共通点がある。中国を中心に世界を飛び回って、日本語教育にあたってきたカリスマ日本語教師、笈川(おいかわ)幸司の知人なのだ。
笈川は、漫才師を目指していたが夢果たせず、31歳で中国にわたり日本語教師となった。中国きっての名門、清華大学と北京大学で日本語を教え、日本語スピーチコンテストで200人以上の教え子を優勝に導いた実績を持つ。「本当は300人以上かもしれませんが、正確な数字はもう自分でもわからなくなってしまいました」と笈川は笑った。
世界33カ国・地域を飛び回って、笈川メソッドを広めてきた。講演会や特訓合宿など、すべて含めると15万に教えてきたという。教え子の中には、日本で声優や漫画家などとしてマルチに活躍している劉セイラがいる。
教える相手は大学生もいるが、現役の日本語教師も含まれる。本人も「これだけ多くの人に教えた日本語教師は聞いたことがないと言われました」と認めるほどだ。
もともと日本に帰国しようと思っていたところ、2020年から新型コロナウイルスの感染拡大でオンラインの仕事が増えた。オンラインならなら、どこにいても授業ができる。
ちょうど子供たちも日本に帰ることを希望していた。福島の実家に戻ってリモートで学生向けの授業や、日本語教師研修、内定者研修という日本に就職する外国人の日本語力を高める授業をする仕事をしている。作文コンクールも主催しており、作文指導も仕事に1つだ。
2021年度の文化庁長官表彰に選ばれた74人の中に、笈川も含まれていた。長年の日本語教育への功績が評価された結果だ。
日本語教師たちはみんな悩んでいる
笈川は手作りの教科書を使う。中国にいたときは、「笈川絶密教科書」という名前をつけていたこともある。「絶密」は中国語で国家機密を意味し、漏らせば逮捕されるものだ。これは教え子たちが独自につけたネーミングだった。そのくらい独自のノウハウが詰まっているということだろう。ちなみに、のちに本として出版された時には、『笈川日本語教科書』よいうタイトルに変えられた。
教科書には、さまざまな例文の日本語と中国語の対訳が載っている。日本語の方には、中国語で軽く発音する「軽声」にヒントを得た発音記号がついている。これを繰り返し朗読してもらい、パターンを変化させていくことで、実力をつける仕組みだ。
わたしはむしろ、笈川が行っている日本語教師への研修の内容に興味を持った。
笈川は2021年6月に帰国以降、1000人以上の日本語教師とオンライン上でじっさいに触れ合ってきた。「一番驚いたのは、自分の日本語授業について、複雑に考え過ぎていて、迷路にはまりこんで、出られない状況にあるのではないかということだったんです。考え過ぎてしまっている」(笈川)という。
学生が授業に付いてきてくれない、実力が付かない。諦めてマイペースで授業をすすめ、ますます学生が授業に集中しないという悪循環を繰り返しているという。
世界の優秀な先生たちを支援してほしい
そこで笈川は、教師の悩みや、授業の現状を聞き、笈川の授業を撮影したビデオを見せて、それを完全にコピーしてもらう。そしてその様子を撮影して送り返してもらって指導しているという。
笈川は、私は日本語教師の経験がゼロだったものの、最初の授業でも学生と一緒に声を張り上げ、授業は大成功を収めた。
授業を通して、学生たちのモチベーションを上げることができたのだった。教師に才能や経験が必要なわけではない。他人のモチベーションを上げるスキルさえあれば、どの教師でもできると確信しているという。
「世界の各地で日本語を教えている先生の中で、特に良い方法で教えられている先生が数人いらっしゃいます。その先生が日本語教師向けの研修をすれば、成果がかなり違うはず」と具体的に提案した。
実績のある教師のノウハウを共有する仕組みが必要で、それを、日本語の国際的普及を担当する国際交流基金などが実施してほしいとも希望した。
その笈川に「孔子学院」について聞いてみた。講演先の国でも孔子学院を目にする機会があったという。
長い間中国にいたので、政府のことについては言わない習慣が付いてしまった、と苦笑いしたあと、「中国政府がすごいお金を出していますね。設備の古い大学の中に、突然宮殿のような建物ができたりしています。お金掛けていると思います。日本政府はあまりやっていないなという印象があります。世界にいる優秀な日本語教師を支える仕組みを作ってほしいです」