ハゲマス会「第14回狂言の会」を観て
「膏薬練」山本東次郎・山本則俊
「縄綯」山本則重・山本則孝・山本則俊
「花盗人」山本則秀・山本東次郎・山本泰太郎・山本則重・山本則孝・遠藤博義・若松隆・山本凛太郎
麻生文化センターでのハゲマス会主催の大蔵流山本家による狂言の会に足を運ぶ。新年始まってすぐの 仕事の山の峠を超えた時期に開催されることもあり、今年も例年の如く満員の客席の中で拝見することができた。 番組は「膏薬練」「縄綯」の後、最近恒例の多人数による「花盗人」。今回はこれまであった小舞やお囃子はなしという番組で、 全般としてストレートな笑いに満ちた和やかな雰囲気が優勢の番組であったように感じられた。 実のところ今年に限っては、昨年後半から続いていた緊張に対して句読点が打たれたタイミングに重なったことがかえって災いし、 その一方で時間的にはややゆとりがなくて、会場に着いたのも開演まであまり余裕がない時間なら、今回はこれまた恒例の、終演後の 東次郎さんのお話を伺う時間がなく退席することになった。のみならず、上演中も舞台への集中を持続するのが些か困難な心理状態で、 舞台から放たれる気をうまく受け止めることができなかったように感じ、演者や主催者の方に申し訳なかったように感じる。 感想を書き留めること自体、些か迷いを感じたほどなのだが、以下では、そうした中でなお鮮烈な印象を覚えた「縄綯」を中心に 簡単に感想を書き留めておくことにする。
番組冒頭の「膏薬練」は都の膏薬練と鎌倉の膏薬練が繰り返し対称をなして進んでいく話。冒頭は対称の中のコントラストと 感じられた則俊さんの鎌倉の膏薬練と東次郎さんの都の膏薬練のトーンのずれが、本当は作品の展開のテンポの緩急と なっているのだろうとは思うのだが、上に述べたような事情もあり、緊張が持続しないように感じられてしまい、いつものような音楽的な 流れを感じることが十分にできないまま結末に辿り着いてしまった。この作品に限らず、今回は、上述のような番組構成の影響も あってか、会場の反応は豊かで多くの笑いが出る一方で、上演中の私語もかなり聞かれるなど、ややリラックスムードであったように 感じられたこともあるいは影響しているのかも知れない。
「花盗人」は桜の作り物が出て、大人数で酒宴をし、謡いや舞を交互に披露するゆったりとした作品で、最期に一瞬、 舞で酔いが回った「花盗人」の三位が、今度は大きな枝を失敬して幕となるのだが、それに至るまでの経過の流れが やや滞った感じがしたのは、作品を考えれば無理のないことなのかも知れない。その一方で、一列に並んだ花見客に 対して一人対する則秀さんの三位の存在感がもう少し出てくれば、ゆったりとした中にもリズムが生まれるようになるのでは という気がしなくもない。急転直下の結末の煌きには得がたいものを感じる一方で、忙しさに馴れすぎてしまっているゆえか、 そこに至るまでの時おり澱みながら流れていく駘蕩とした雰囲気に浸ることがうまくできずに残念だった。逆に、とりわけ震災後、 自分は舞台を拝見するときにも目一杯気を張り詰めて全力で立ち向かうのが常であったこと、そしてその感覚が 未だに抜けていないことに気付かされ、些か愕然となりもした。
その中で「縄綯」は、途中、則重さんの太郎冠者が則俊さん演じる差し出された先の主の命令に反抗して生じる緊張が、和やかな 会場の雰囲気を一瞬変えてしまうような鋭さを帯びていて、笑い一方ではない山本家の狂言の片鱗が垣間見られたのがまず 印象的であった。その後の、元の主の下に戻って縄を綯いながら太郎冠者が某のところでの体験を劇中劇のようにプレイバックしつつ、 仕方話風に語っていく部分の和やかさとのコントラストも鮮烈で、多声的・重層的な作品の構造が立体的に浮かび上がってくるような感覚を覚えた。 何時の間にか主と入れ替わって、縄の先を持ったまま自分や自分の妻子の悪口を聞かされる某に気付かずに淀みなく滔々と 話を続ける太郎冠者のエスカレート振りを、緊張感が途切れることなく、それでいて一本調子になることもなく、緩急自在に結末の カタストロフまで演じきった則重さんの充実ぶりには目を見張った。末尾は再び則俊さん・則重さん父子の緊張感に満ちたやりとりの後、 追い込んで終りとなるが、そのリズム感、スピード感は抜群で、盛大な会場の拍手にも、ひときわの充実感が漂ったように思われた。
来年は第15回記念ということで既に番組も発表され、古希をお迎えになる則俊さんの「三番三」、則重さんの「千鳥」、 東次郎さんの「栗隈神明」が拝見できるとのこと、近年は多忙に紛れ年に1,2回しか拝見することができない中での貴重な機会でもあり、 是非来年も引き続き拝見したい。
(2012.1.22, 2024.12.2 noteにて公開)