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ハゲマス会「第18回狂言の会」を観て

「伯母ヶ酒」山本泰太郎・山本凛太郎
「鐘の音」山本則俊・山本則秀・若松隆
「止動方角」山本則重・山本則秀・山本則俊・山本凛太郎

2016年1月24日(日)川崎市麻生文化センター


日程が合わずに2年程ご無沙汰していたハゲマス会を拝見しに、麻生文化センターを訪れる。
前回拝見して以降、それでも一昨年は「茶壺」、昨年は「口真似」と、年に一曲のみながら、山本則俊さんの狂言を拝見する機会はあり、ようやく今年は旧に復したことになる。残念ながら後の予定もあって、終演後の東次郎さんのお話は伺えなかったが、鮮烈で品格ある舞台に接して感銘を新たにしたので、以下に簡単ではあるが感想を残しておきたい。

「伯母ヶ酒」は酒に纏わる話で、酔いの表現が見物だが、泰太郎さんの演技は真に迫って酒の香が客席まで漂ってきそうなほど。凛太郎君の伯母の役も立派で進境を窺わせる。

「鐘の音」では、まさに至芸と言うほかない、則俊さんの素晴らしい舞台に圧倒された。

則秀君演じる主に鎌倉で「付け金の値」を聞いてくるように命じられたのを、則俊さんの太郎冠者が「撞き鐘の音」と聞き違えて、不審に思いつつも鎌倉中を巡って、最後に建長寺に到るまで、幾つかの鐘を聞いて回るのが前半、その後主のもとの戻ってからの顛末が後半という筋書きの話だが、まず前半は、則俊さんが訪れた寺の描写と鐘の音の表現の演じ分けが圧巻である。しかも単純に自分で撞いて比べるというのではなく、撞木が括りつけられて撞けないとなれば、石を投げてみたり、寺僧が撞く鐘を聞いてみたりといった変化もあり、それらを何もない舞台で、小道具もなしに、完璧な間合いで一人で鮮やかに演じ分けて行くのを拝見するのは、本当に素晴らしい経験だった。感想を書こうとしても、私の貧しい語彙では毎度同じ繰り返しにかならず申し訳なく感じられるのだが、とにかく音楽的といっていい、絶妙な間合いをもって自在な緩急によって浮かび上がってくる作品の構成の美しさ、詞や所作の細部の、これまた自在でありながら、決してバランスが失われることのない型の美しさは実に筆舌に尽くしがたい。これまでも、拝見したときの印象が未だに薄らぐことない素晴らしい舞台を幾つも見せていただいてきたが、その中に躊躇なく加えることのできる最高の舞台であった。

則俊さんだけではなく、曲頭のやり取りでは大名の則秀君の進境著しいのを感じたが、後半では更に加えて、大名と太郎冠者の間を取り持つ仲裁人の若松さんの演技が見事という他なく、バランスの点でも理想的な舞台であったと思う。

この番組は大名の息子の元服のお祝いに因んだ話だが、開会のあいさつの中で森宮先生より則重さんにお子さんが誕生されたとのお話があって、元服は些か気が早いかも知れないが、祝言としても相応しい舞台であったように感じられた。

休憩の後は「止動方角」。則秀君は休憩前に続けての大名、則俊さんも曲前半の伯父を演じ、凛太郎君は一番隔ててではあるが馬の役ということで、体力的には大変ではなかったかと想像するが、舞台はそうしたことを感じさせない、リズムと活力に富んだものであった。則重君の太郎冠者が則秀君の大名をやりこめるところも決して行き過ぎることなく、一方では所作だけで色々なものを表現しながら、なぜかわざわざ馬には役がついて、腹癒せとばかりに太郎冠者が唱える「止動方角」の呪文の度に馬から大名が振り落されるというのが繰り返されるので、舞台は動きの激しいダイナミックなものになるが、それもまた型付けされた所作によって決して雑然としたドタバタにはならない。幕切れも鮮やかなもので、舞台後半は、山本家の芸が世代を経て継承されつつあることを感じさせるものであったように思う。

特にこの2年ばかりは多忙のために、ハゲマス会に限らず、他のジャンルのものも含めて、ごく限られた催しにしか接することができなかったが、出来ることならもう少し拝見する機会を増やたいと思わずにはいられない、素晴らしい公演であった。演者の方々、そしてこの公演を運営されている方々に対する感謝の気持ちを述べて感想の結びとしたい。

(2016.2.6公開, 2024.12.26 noteにて公開)

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