ファイヤープロレスリングワールド GWF奮闘記 幕間 龍虎揃い立つ
無言でタックルを入れる。がぶられる。そこを転がして、ガードポジション。サイドポジションに移行する前に、固められ、ダブルアームバーで極められる。
タップ。
「……もう一度」
サイドポジションからリスタート。マウントを取ろうとするも取らせてくれない。力が抜けたのを見計らって、もう一度マウント、転がされる。そのままアームロック。
タップ。
「もう一度」
「いえ、ここまでにしましょう」
掛けられた相手は額の汗をぬぐうと時計を指さした。
「もう2時間近く、掛け合いしてますからね。そろそろ、ディバーノさんもお腹がすきませんか?」
「うむ……センセイ、ありがとうございました」
攻めていた相手―チェ・ディバーノは柔術コーチである立花寅次郎に礼を言うと笑顔で答えられた。
「いえいえ、ディバーノさんも柔術の技に磨きがかかってきましたね。後はいかにプロレスにいかすだけですか」
「そうだな、プロレス、ジャベとミックスできたらいいと思う。センセイのお役に立てばよいのだが」
「僕は教える側ですし、それに最近はここ最近の流行りで、総合や柔術の大会も少ないですしね。お給料ももらえるしありがたいことです」
「ウム。それならいいが」
ディバーノは、ずれていたマスクを直すと道着を整え、座った。立花も同じく座る。
「それでは、改めてありがとうございました」
「はい、ありがとうございました。ジュニアトーナメント負けましたけどまた、勝てる事を祈ってます」
「……グラシアス」
短くディバーノは言うとシャワー室に向かう。立花も並んで向かった。
「それにしても、柔術を習おうと思ったのはどうしてですか?僕から見れば、ジャベでしたっけ。あちらの方が色んな種類があると思いますが」
「ジャベは確かにメヒコで習った。だが、それだけでは少し足りない。ジャベが悪いのではなく。私自身がもう少し何かをプラスできないかと思ったのだ」
「成程、それで柔術を」
「ジャベの基本は習った。それを完全にマスターしきれない私が悪い。だから、何かプラスできないかと思ったのがセンセイの柔術なのだ」
「僕のブラジリアン柔術もまだまだですよ。試合では負ける事が多かったですしね」
「何を言う。センセイはその分、教える事はしっかりしている。この流行りの病気前に柔術道場で子供たちが楽しそうに、かつリスペクトを持ってセンセイに教わってた。あれは、センセイの人徳でもあり、技術が優れているからだ」
「それはそれは、面はゆいですね……でも、打撃に関してはまったくダメですからねえ」
「あぁ、島津センセイがほとんど教えていたからな。彼は?」
「会長の護衛とか言って、南米にわたってましたからねえ。彼も何をしているのやら」
「ウム。帰ってくれば、また違うものが見えてくるのだがな。……スマナイ。センセイ先に出るので」
「えぇ、しっかり拭いてマスクの方を。決して素顔は見ませんよ」
「スマナイ。センセイを信用してないワケではないが、こればっかりはな」
「分かってます」
そういうとディバーノは先に出た。立花は鼻歌を歌いながら髪を洗う事にした。
「よぉ」
「……よぉ、じゃないですよ。島津」
「島津センセイ」
二人は身を整え食堂の方に向かうと、南米にいるはずの島津龍一が美味そうに飯を食べていた。
「久しぶりだな。おふたりさん。あ、ディバーノさん見たぜ。トーナメント。あれはいただけなかったな」
「ちょっと、島津。いきなりそれは」
「いや、立花センセイ。島津センセイの言う通りだ。一瞬のスキを取られた」
「まぁ、次に勝つ事だな。プロレスの一瞬の妙味ってのはそこにある」
「で、貴方はどうしたのですか。会長の護衛に行ってたのじゃないですか」
「あー、それがな。会長が南米で足止め食らってるからって、帰っていい事になってな。ちゃんと検査を受けて帰らせていただいた」
「彼女一人で大丈夫ですか。南米でも治安が悪いところはあるでしょうに」
「その点は大丈夫だ。あちらのプロレス団体でお世話になっててな。あっちのボスと意気投合して一人ぐらいまた、日本に連れて帰るとか言ってる」
「また、会長の悪い癖が出ましたね……」
立花はため息をついた。
「それで、貴方はどうするのです。ここ最近じゃコーチ役しかないですよ。どちらかというと島津は戦いたい派でしょう」
「そうだな。俺は正直、受け身がまるで出来んからプロレスは出来んしなぁ。まぁ、それでも」
立花に指を指す。
「目の前に戦える相手はいるしな」
「……いつでも、やりますよ。まぁ、ここで戦うのは食堂に迷惑かかるのでやめますが」
「外でやるかい」
「貴方が言うなら」
「待て待て待て」
殺気立つ立花と島津を前にディバーノは慌てて間に入った。
「センセイ方。ここにしろ、どこにしろやり合うのはよくない。二人の間は知っているがしばらくは勝負は預からせてくれないか」
「ふむ、ディバーノさんが言うなら我慢しとくか。なぁ、立花」
「そうですね。まぁ、ここはあずかっていただきましょう」
「ふぅ……お二人とも、怖いな」
「そういうディバーノさんの方がえげつない攻撃をするから俺からすると人の事言えないと思うがねぇ」
「まぁ、そういう事にしましょう。あ、じゃあ僕はジャコカツ定食で」
「俺はカツ丼おかわり」
「……うどん定食。稲荷ずしつきで」
食堂から返事が返ってくると、ディバーノは肩の力を抜いた。立花と島津の間には先ほどのような殺気はもうない。
この二人は試合で、路上で、道場でいつ、どこでもやり合っている。ここ最近は落ち着いており、むしろどちらが良く育てられるかに力を注いでいる。だが、先ほどのような殺気がたまに出てくる時は小暮やマッスル、ディバーノなど現役選手でも止められる選手は少ない。
また活気づくと同時に厄介にならなければいいがとディバーノは思うのだった。