ファイヤープロレスリングワールド GWF奮闘記 3-2:冬支度中
結局、秋にジュニアヘビー級の試合は行われなかった。
試合が社長兼レフェリーの久松が体を壊した事もあったが、
「どうせなら、お客さんのいるところでしたい」
と、チャンピオンのIKKI、挑戦者のジョーカーの言葉もあり中止となった。
そして、GWFには冬の時期がやってきた。
「この時期、いつもの事とはいえ、辛いねっと……」
「愚痴るなよ、シュン。食堂だけでやっていけないのに、今年もちゃんと雇ってくれてるんだ。文句はいえないだろ」
「まぁ、確かにな。しかし、この斜面を軽く行くおじいちゃんやおばあちゃんたち、尊敬するよ」
太田天兵と陣内瞬はアルバイトである、みかんの収穫にきていた。
道場のさらに山奥にはみかんの畑があり、急な斜面にみかんがなっている。
この時期になると、短期アルバイトとして雇われる事があり、GWFの選手たちも試合が無い時は、アルバイトに入っていた。しかし、今年は流行り病のせいで人が少なくなるのではないかと言われていたが、選手に入ってもらわないと困ると雇い主の一声で少なくではあるが参加していた。
「こうやって、収穫することで足腰も鍛えられると思ったら、一石二鳥だろ」
「まぁ、そうだと思いたいよ。それにおばあちゃんたち、いくら売り物にならないからって美味しいもの出してくれるしなぁ……」
「大きさや、傷がついただけのものだろ。ウチの団体も買ってるし、しかも、あのおじいちゃんやおばあちゃんも俺たちのプロレス見に来てくれるしな」
みかんをもぐと、かごに入れる。太田は軽く腰を叩くと目を細めて、遠くを見た。オレンジ色の日が西に沈もうとしていた。
「さて、そろそろ時間だ。ヒョウさんが迎えにくるし、帰ろうか」
「そうだな。ヒョウさん『年だから、収穫は若手に任せた』とか言って。あのじじい……」
「そういうなよ、シュン。おじいちゃんやおばあちゃんらとサルの追っ払いしてるはずだから」
「いーや。ヒョウさんの事だから、絶対お茶とか飲んでるね。俺はそう思う」
「そうかなぁ」
そう言いながら二人は山を下りて行った。
「おう、小僧ども。遅かったな」
黒木豹介は片手を上げて二人を迎えた。背中には大きな肉塊がある。
「ヒョウさん……どうしたの、それ?」
「決まってるだろ。ばあさん達に迫ってきたイノシシを俺ががっぷり組みついて、がぶり、総合ばりの膝を入れた後、垂直落下式のブレーンバスターでだな」
「嘘ついたらだめっすよヒョウさん」
「こら、陣内。いいところなんだから語らせろ」
「どうせ、ヒョウさんの事だから、一番先に逃げてたでしょ?」
と、いうと頭をかきながら黒木は笑い、
「まぁ、逃げてたな。でも俺のレスラーの端くれ。ちゃーんとじいさん、ばあさんを守ってたぜ。その時、猟師の方がズドン!だ」
「だと思った。でも、ヒョウさんも50歳なんだから気を付けてね」
「嬉しい事言うねぇ、天兵。陣内もこういう敬老の心を持って欲しいもんだな」
「そういいますがね、ヒョウさん。アンタ、じじい扱いしたら怒るでしょうが!」
「まぁな。オジサン、まだ若いつもりだし」
と、いうとまた黒木は呵々と笑った。
「ま、それはそれとしてだ。ボーナスとしてこのイノシシの肉もらったから。帰ってみんなでわけようぜ」
「イノシシの肉って臭みがひどいんでしょ?誰かできるかなぁ」
「そうだなぁ、レイヴンズにもおすそ分けとして渡して、マッスルに料理してもらうか?」
「それ、ある意味嫌がらせにならないっすか……?」
「いいんだよ、レイヴンズの外国人連中も少しづつこっちに帰ってきている。いい試合するにはいい飯からだ。敵に塩を送る事になるが……お?俺いい事言ってない?」
「どうだろ?」
太田は苦笑すると、二人もつられて笑った。
その後、イノシシの肉を料理をするマッスルに渡すと、マスクごしに苦い顔をされたが、正規軍、レイヴンズともに美味い鍋料理が振舞われた。