ファイヤープロレスリングワールド GWF奮闘記 1:事務所にて
―額がさらに、禿げてきた気がする。
GWFの現社長、久松 門左衛門は社長室にある姿見で自分を見ながらそう思った。この姿見そのものは現会長である、前社長が置いて行ったものだ。「レスラーであっても、スタッフあっても身だしなみはきちんとね」 そういって、若いレスラーたちに慣れないネクタイを結んでいた事がある。今は、南米の方にいてスカウト活動を思うがまましているが、このご時世、中々動けずにはいるらしい。だが、経営よりかスカウティングに長けていた会長はそちらの方がむいていたのだろうと久松は思っていた。
「失礼します」
「入るぜ」
そういって、二人の巨漢が入ってきた。一人は巨漢というにふさわしい男。その大きさ、筋肉の多さからして佇まいからして、レスラーか、何か別の格闘技をしているのではないかと思える大きさだった。
もう、一人はさらにレスラーだと一目で分かる。隣の巨漢の男よりかは幾分小さいが十分な身長、そして何より顔は緑色のマスクで隠されていた。
「おやっさん」
「社長といえ、小暮。普段はともかく、ここはそういう場だ」
「いや、今更ジジイとかいってたのが、社長になったからといってもなあ」
「お前もかマッスル。まぁいい、とにかく座れ。二人に話があって呼び出したのは他でもない」
二人は顔を見合わせると、それぞれ、座った。椅子が小さくきしみ、椅子も大きいのを選んでいたが、それが二人が座ると小さく感じた。
「興行をうつぞ」
二人は顔を見合わせた。
「おや……じゃなくて社長。いいんかな、今の時期に」
「それに、レイヴンズはほとんど母国に帰ってて、寮住まいの二人ぐらいしかいねえぜ。それでいいのかよ」
二人は心配そうな顔を浮かべていたが久松はうなづいた。
「安心せい。儂もまだ、昨今の流行はまだ、怖いしせっかくお客さんが戻ってきて、病気になりました。では示しがつかん。そこで、ようやくじゃが、動画配信の機材が入るようになっての道場マッチじゃが、そこで行おうと思う」
「ようやくかよ」
マッスルがため息をつきながら、浮かせ気味の腰を下ろした。GWFは地元の体育館などで興行を打っていたが、いかんせん動画配信のスキルがなぜか、なく団体の外の動きは他団体の配信や放送によって見る事しかできなかった。
「で、じゃ。まず、テストも兼ねてこの前、小暮と永野のスパーリングを撮ったわけじゃが……あれも不手際じゃったのう」
「あぁ、あの小暮が場外負けしたしな」
「あれは、油断したぞな」
「GWFのレスラーに油断とかあっちゃあいけないんじゃかなったっけ」
マッスルの嘲笑に、小暮の顔が赤黒くなる。小暮という男、GWF正規軍の リーダーというには頭があんまり回らないが、神輿のように皆は担いできた。そこが魅力であり、別のリーダー格であるマッスルにとっては妬ましい存在なのかもしれない。久松はそう思った。
「二人とも、そこまでにしておけ。とにかく、試合は三試合まで。カードは後程公開する。お客様にはそうじゃの……普段は有料じゃが、今回は無料配信じゃ。この時期皆に元気になってもらったら、知名度が上がれば価値ありじゃ」
「まだ、入場曲決まってない選手はどうするぞな」
「それはおいおい決めていく。他団体の選手も交渉する予定じゃ。ただし」
「ただし、なんだよ」
「小暮とマッスル。メインではお前らが組め」
少し、間が空いて二人がのけぞった。
「おやっさん!それは、いかんぞな!!何が悲しゅうて、敵対しとる奴と組まないけんのじゃ!?」
「それは、こっちのセリフだぜ、ジジイ。このでくの坊と何でタッグなんだよ。レイヴンズはレイヴンズで、正規軍は正規軍でそれなりのやつらがいるだろうが」
「誰がでくのぼうじゃ」
「おめえだよ、でっかち」
「そこまで」
久松が静かに手を挙げた。
「大切なのは、GWFの現トップが今、誰か分からせる事じゃ。それだったら、他団体のビッグネームも呼べる事もできるじゃろうて」
「しかし」
「しかし、も無い。それだけ今が困窮してるわけでもあるのじゃよ」
小暮とマッスルは顔を見合わせて、大きなため息をついた。
「今回だけだかんな。こいつのサポートをするのは、後、ボーナスよこせ」
「ウチの食堂の割引券でどうじゃ」
「俺が作ってるやつじゃねえか」
マッスルがマスクの下で苦笑を浮かべると大儀そうに椅子から立った。
「とりあえず、受けたぜ。それなりにいい相手探しとけよ社長。後、小暮もも変なコンディションだったら容赦なく投げ飛ばすからな」
んじゃ。というとマッスルは社長室から出ていった。
「相変わらず、天邪鬼なやつじゃのう」
「おやっさん、アシもまぁ……やるだけやってみるぞな」
「そうしてくれ、小暮。お前も、もういいぞ。トレーニングに戻れ」
「うす、それじゃあ失礼します」
小暮も一礼をすると、巨体を揺らせながら去っていった。
「さて、社長もしなきゃいけんし、レフリーもしなきゃいけん。儂も苦労するわい。会長もこんな感じじゃったのかのぅ」
と今は南米にいると思われる会長に少し、思いを馳せると首を振って電話機を取った。オファーが通るか分からないが、やはりメインには強いレスラーがほしかった。
電話が鳴る間、ふと久松は姿見を見た。やはり、額の方が特に禿げ具合が増しているそう思うと苦笑を浮かべた。