社員が育つ、工夫された「ストレッチ」とは
前回のnoteでは、社員の自律性を育むことによって社員が自らの意思で勝手に成長するようになり、そして、会社も成長するということを述べました。
社員を育てるのはほかでもない社員自身であり、他人である上司や幹部、経営者が「社員を育てる」というのはおこがましい考えだとも言えるかもしれません。
部下や後輩に「教える」ということはよく行われていることかと思いますが、教えることがすなわち「育てる」とか「育つ」ことを意味するわけではありません。仕事の手順ややり方、スキルを教えたとしても、それをその通りにこなすことができるようにはなるかもしれませんが、果たしてそれで「社員が育った」と言えるでしょうか。広く行われている社員研修についても同様の誤解がなされていることが少なくありません。どのような研修をどのように行うかがポイントであるにも関わらず、研修の機会を与えただけで「社員の育成をしている」と思い込んでいるのでは問題です。成長ドライバ理論に基づく総合経営診断システム「会社の健康診断®」で「会社には、社員を育成するための工夫された仕組みがある」と聞いているのは、工夫されていないことが多いことを反映しているのです。
ただ、もし社員を育てるのは社員自身だとしても、経営者、幹部、上司が社員の成長に対して責任を放棄して良いということを意味するわけでは決してありません。社員が育つ環境を整える、「経営理念・ビジョン」など目的を示し、明快な目標を掲げる、仕事を通じて学び成長することを促進するさまざまな仕掛けを講じる、・・・等々といった「サポート」や「システム化・型決め」が大切です。さらに「信頼」が醸成されることで、社員は安心して自身の成長に向けたさまざまな挑戦をすることができます。
このように社員の成長という点をとっても、成長ドライバ理論のフレームワークにおけるメインドライバ「行動環境」のみならず、他のメインドライバと関連付けられた的確な手を打つことによって効果を上げることができます。
今回は「ストレッチ」の観点から社員の成長について考えてみましょう。
ストレッチについては「どうしたら社員の自律性を育むことができるか②」において、社員の有能感を育むことを通じて社員の自律性を高めるということを述べました。社員の自律性が高まることによって、社員が自身のキャリアに責任を持つようになり、社員が自身で勝手に育っていくというのは上述の通りです。
成長ドライバ理論におけるサブドライバ「ストレッチ」とは、社員が自らの能力を上回る課題に挑戦すること、また、会社が社員の仕事の範囲やレベルを制約するのではなく、社員のストレッチを奨励する姿勢を意味します。ストレッチによって社員の能力が伸び、組織全体の成長につながっていきます。
ここでも、ストレッチだけで考えないということが重要です。
例えば、「自律」を重視したストレッチとそうでないストレッチは、まったく意味合いが異なります。同じストレッチをするにしても、そのやり方や程度を押し付けないこと。社員を一個の人間として尊重し、社員が自ら選択し掲げた目標にストレッチして取り組むことを促す。そうした「自律を重視したストレッチ」は、経営者や幹部、上司から押し付けられたストレッチと異なり、社員の能力をより効果的に引き伸ばすことにつながっていくでしょう。
もちろん、社員が「快適すぎる」と感じるような目標、課題に慣れきってしまうと、効果を上げることはできません。それではもはやストレッチとは言えないでしょう。自身にある程度の負荷をかけること、人を成長させる適度な負荷をかけることは、成長にとって欠かすことができません。時に社員は、それが自身にとって適度な負荷なのか、適切なストレッチ目標なのかを判断することができないということがあります。だから、上司、幹部、経営者は社員一人一人をよく観察することです。その社員にとって適度な負荷となっているのか。負荷に押しつぶされてしまうことはないか。負荷をかけるタイミングは誤っていないか。負荷を超越するための知識やスキルの存在に気付いているかどうか。社員を育てる最終的な責任は社員自身にあるし、そうならなければ育ちっこないのですが、このような「サポート」をすることが上司、幹部、経営者の「育てる」責務だと言えるでしょう。
「適度な負荷」と表現しましたが、「ストレッチの程度」もよく考えなければなりません。
ほどほどに成長するか、それとも、シリコンバレー的に成長するか。それは組織文化や業種、会社や事業のライフサイクル、組織の事業ポートフォリオ、会社が置かれている環境(競合や技術革新などの状況)等々に拠るものであり、全ての場合に一律に当てはめるべきではありません。ストレッチに失敗した場合のリスク許容度も組織によって異なるでしょう。この点は、経営者がしっかりと指揮・統制・調整すべきことです。
急に変えようとしないことです。その会社に受け入れられるストレッチの程度というのは、良くも悪くも「組織文化」なのですから、急には変わりっこありません。他業界で経験を積んできた後継者が事業を承継し社長に就任するようなケースでうまくいかないというのは、このあたりに要因があることが多いのです。
また、ただストレッチしただけでは必ずしも成長しません。ストレッチした経験をしっかりと振り返り、次に生かす。こうしたサイクルを踏む、あるいは繰り返すことで、社員は育つのです。このサイクルの履行を担保する仕組み、例えば、ストレッチ目標の達成・未達成を測定する基準を設けること、未達成の場合にその要因を分析するプロセスを課すこと、達成した目標が「適度な」「ストレッチ」目標だったのかどうかを評価するプロセスを課すこと、これらの振り返りに基づき次の新たなストレッチ目標を設定し取り組むプロセスを明確にすること、さらに、これら部下のストレッチを適切に支援しているかを上司に対する評価に加えること、・・・等々のストレッチを「サポート」する「システム化・型決め」が有効です。
以上のような視点を参考に、「ストレッチ」だけで見るのではなく、成長ドライバ理論のフレームワーク全体を俯瞰して、社員の成長について考えていただければと思います。 (東渕)