人生リセットした女性の話
なにもかも嫌になったら思い出す話がいくつかある
そのうちの1つ、
昔々、私が唯一正社員として働いた会社
(今じゃ考えられない残業三昧というOL時代、それもいい経験)
その時の直属の上司(K先輩としよう)の前の職場の同僚女性の人生談
あまりに昔の話でうろ覚えで(若干の脚色があるだろうけど…大筋は真実)
今でも私は「人生リセットしたい!」と思う時にこの話の女性の腹のくくり方を思い出す、そして励みになるのだな
K先輩はその職場で事務職をしていて、同じ部署の女子社員たちとも、職場全体も、わりと仲良しだったという
頻繁に部署内の女子会の他、他部署とも仕事以外で飲食を共にしたり、プライベートな話もいろいろとしていたらしい
ある日、新しい社員さんがやってきた、A子さんとしよう
A子さんは、歓迎会に誘っても懇親会に誘っても、入社から一度も勤務時間外の集まりには参加しなかった
「出身は?」「ご家族は?ひとり暮らし?」「どこに住んでるの?」
すきを見てのパーソナルな質問に
「うふふ」てな感じでサラリと交わすので、誰もA子さんのプライベート情報を得ることができない
A子さんは、にこやかで言葉使いも人当たりも印象も良く、仕事も丁寧で責任感もあり、すぐに他の社員達からも信用を得た
だから皆は、もっと仲良くなりたいのもあったし、噂好きミーハーさんタイプが多い職場だったので多くの人はA子さんのことを詮索したがった
が、しかし、あの手この手で何度も飲み会や食事会に誘うも全て断られる
「軽く仕事帰りのお茶でもどう?」にも一切応じず、
仕事が終われば笑顔で「お先に失礼します」と即帰宅のA子さん
100%振られるとなると、悪意はないが好奇心が詮索欲となり、
A子さんの噂はあることないこと膨らんでいく
A子さんもいくつかの妄想的な噂を察知しているはずだろうけれど一切気にする様子もなく、仕事をきっちり、コミュニケーションもにこやかで、まるで隙がない
普段は詮索好きではない人たちも、K先輩も、
だんだんA子さんが気になって仕方なくなってきて
「なんとか食事会に参加してもらえないか作戦会議」
に参加してはあれこれとアイデアを練った
しかし相変わらず仕事以外の集まりにA子さんは参加しないまま1年が過ぎたある日、
会社全体の何かどうしても断りようのない大規模な集まりが仕事の延長のような形で開催されることになり、
なんと、ついに!A子さんも参加するという!
「やっほい!ついにきた!」
A子さんと会社以外で話したい(詮索したい)皆はたいへん喜んで、ソワソワとこの日を指折り数えて待った
そして当日、A子さんは来た
会は滞りなく進行し、会食、雑談時間帯に入った途端にA子さんへのインタビュー作戦が開始された
事前に作戦会議をし、あまり一気に人が集まってA子さんを集中質問攻撃にすると警戒されてしまうので、
普段からA子さんと同じ仕事をする近い同部署の人がさりげなく
「なるべく自然を装おって」近づいた
(まぁA子さんもいろいろ解ってはいただろうけど、もうその職場勤務は1年以上経過していたしA子さんも、そろそろ気がゆるんでいたのかもしれない)
ありとあらゆる距離感、聞き方、質問で、A子さんが関西出身だというところまでこぎつけた!
しかもA子さんはお酒を飲んでいる!
もう一歩、聞き出せないだろうか?
皆は躍起になりつつ、なんとか興奮を表に出さないように、和やかな会食の雰囲気の中で全員がA子さんに集中していた
たまらず、ほろ酔いを利用して、普段お茶目なキャラの女子社員が言った
「A子さん!もうお酒入ったから言うね!私達A子さん好きだし仲良くしたいの!そしてミステリアスすぎるからもうちょっとA子さんの事知りたい!地元のこと以外も何か教えて!ていうか彼氏はいるの?!」
「うふふ」といつものスマイルをしてからA子さんは言った
「1年以上一緒に働いてきて、皆さんが良い人達だということも十分解りましたし、私の私生活の事が気になっているっていうことも知っていましたw
後にも先にも仕事に関係ない自分の話をするのは今日だけ、
今後プライベートな質問も一切お応えできませんが、それでもいいなら、ここで働く前の地元であった話を少しします」
皆が黙って頷いてA子さんににじり寄っていく
遠くから様子を伺っていた人も好奇心に勝てずに集まった
「全てを詳しくは話せませんが…私は関西のとある中規模な街で生まれてそこで育ちました、地元を出たことは、今の場所に来るまではありませんでした
就職してから実家の近くに一人暮らしをして、そこから2年ほどして、短大から付き合っていた人と婚約しました」
「詳細はふせますが…その婚約者と私の家族も巻き込んで、死にたくなるようなことが起きたんです、勿論婚約も解消しました
もう元婚約者の顔も家族の顔も二度と見たくないほどのことで…友達にも言いたくないし、誰も信用できなくなったくらいの、本当に死のうと思ったほどに辛いことがありました」
「いざ死のうとした時にふと思ったんです
死ぬ気で人生をリセットして新しい人生を生きることはできるのか?私はまだ、この地から出たこともない、と
本当に何もかも失ったので…怖いものも、守りたいものもない、
地元を出たこともない私は外の世界をほとんど知らない、もしかしたら今の死にたい気持ちが吹っ飛ぶほどの世界を知らないのかも?
そう思ったら、少し別の場所で新しい私で生きることを試したくなったんです」
「結構大変でしたが、私の腹は決まったので、新しい人生への準備を進めました
勿論、誰にもこの計画の事は話さず、決行までは、当時の仕事に通い、借りていた部屋の解約や退職処理ははきちんとしました
家族や友人たちにとっては、ある日突然、私は夜逃げしたようにこつ然と姿を消した、というふうだったと思う
親の戸籍を抜けて、改名をして自分の戸籍を新しく作り、誰も私の新しい戸籍や住民票を追跡できないよう手続きしました
そして関東で就職先を探して決めました、ここの会社です
地元で持っていたもののほとんどを処分してスーツケース1つで上京しました
新しい連絡先も誰にも言わなかったし、携帯電話の類も今も持っていないです」
「私は今も、地元に帰ることは二度と無い、家族親族や旧友たちと連絡を取ることもないと思ってて
誰かを恨むというより、もうすっかり前世のように思ってるんです
彼らもあれだけの事があったから、私が姿を消したことも解るというか、もう追わないと思う、そう願ってます
とにかく地元を出てスッキリしたし、私はあの時より今はずっと楽に暮らしています」
皆、集中して、A子さんの人生リセットストーリーを、一字一句もらさぬように聞いていた
それぞれがA子さんのその話を想像し、何もコメントできないちょっとした沈黙を破ったのはさっきのお茶目女子の質問
「そんなことがあったんだね…すごすぎて想像もできないほどだしA子さんは強い
で、その、今は新しい恋人とかは、いるの?」
その質問に、A子さんは得意の「うふふ」でいつものA子さんに戻った
本当にそれ以降A子さんは自分のプライベートな話を一切しなかった
相変わらず、人当たりもよく仕事もよくできたけど、声をかけても集まりには来なかった
A子さんの【人生リセット】はものすごい決意と行動であったらしいと皆が感じた
名前まで変えて、荷物もほとんど捨てて、電話も持たず、ずっと長かった髪もショートにしたという
(A子さんは入社時からショートで皆はロングのA子さんは見たことはない)
そんなA子さんの人生リセットの話を私がK先輩に聞いたのは仕事中で、
時々仕事で話が中断されながら、スキマ時間に「Kさん、あの話の続きをプリーズ!」と隣の席のK先輩に興奮してしつこく聞き、少しずつ知るその間はまるで連続ドラマにハマったかのような興奮だったw
K先輩曰く
「A子さんの本気度、潔さはものすごかったと思うんだよね、相当不幸なことがあったと思うよ…ホント強い人だと思った」
それを聞いた時、若かった私は、結婚しなくても戸籍を抜けられのか…ホントに改名する人いるんだ、などといろいろ考え、
今後本当に何もかも嫌になったら、A子さんみたいにリセットしてもいいかもしれない、とこの話を記憶した
そして衝動的で極端な私には、こういうのはわりと合ってる手段かも、と思う