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改めてデザイン思考とイノベーションの関係について

デザイン文脈からみたイノベーション

海外に渡航するケースがすっかり無くなってしまので、この写真が懐かしいが2019年にDenmarkで開催されたDesign Mattersのイベントの写真。

当社ではデザイン思考を取り入れたプロダクト開発・サービス開発、それと最近では企業のイノベーション創出を組織開発の観点から支援している関係から、昔からこうやって情報収集を各種している。

この時のトリップでも多くのインスパイアーを得ることができたが、その中の一つはデザイン文脈からのイノベーションに関する定義だ。

イノベーションとは時間の短縮である

「イノベーション」の定義は後述するとして、イノベーションは複数の要素から牽引される。デザイン文脈からイノベーションを言及する場合、多くの場合は技術的な変革ではなく、サービスアイデアもしくはサービスモデルによって引き起こされる

サービスアイデアならびにサービスモデルによるイノベーションの場合、デザイン思考との関係、ユーザー中心設計といった手法が効果的なため、デザイン思考はイノベーションの手法として注目されるようになった。

しかし改めて本当にデザイン思考のアプローチでイノベーションの創出は可能なのだろうか?逆にデザイン思考の欠点は何だろうか?改めてデザイン思考とイノベーションの関係について整理してみた。


イノベーションの理論と研究の系譜を辿る

デザイン思考とイノベーションの関係を整理する前に、改めて「イノベーション」とは何か掘り下げておきたい。

「イノベーション」に関する定義は様々あるが、ここでは「イノベーション」に関する学術研究をトレースする形で理解を深めていきたい。

イノベーションの生みの親:ヨーゼフ・シュムペーター
最初に押さえておきたいのが「イノベーション」という言葉の生みの親ヨーゼフ・シュムペーターだろう。シュムペーターは「イノベーション」を以下のように定義している。

Innovation(イノベーション) = 新結合

イノベーションは全く新しい何かというよりも既存の何かと何かが新結合された際に創出されると。またシュムペーターはそれらのイノベーションが起きるパターンを5つに分類している。

・新しい製品/サービスの導入
・新しい生産方法の導入
・新しい市場の創造
・新しい原材料供給源の導入
・新しい組織

『経済発展の理論』

経済発展が行われていく上でイノベーションの必要性とイノベーションの創出を偶発的な何かではなく、イノベーションを最初に体系的に整理を試みた最初の研究と位置付けられている。

イノベーションは再現可能なプロセス:ラリー・キーリー
イノベーションの創出にパターンがあるのであれば、これを再現可能なプロセスとして現代に再定義を試みたのがシカゴ大学のラリー・キーリー教授だ。ラリー・キーリーは、その著書「10 Types of Innovation」の中で膨大な事例研究と共にイノベーションが創出されるプロセスには10のパターンに分類している。

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10 Types of Innovation

端的にいえば上のシュムペーターのイノベーションが起きる5つのパターンを現代の事例から更に拡張して3つの大分類に区別される10のパターンに整理している。そして、それぞれのパターンについて具体的にどういった手法が取られているかの詳細な分類を行い、イノベーションを再現可能なシステムとして定義し直しているのが特徴だ。

この分類でいくと分かりやすいのは「Experience」で、デザイン思考のアプローチと相性がいいのが分かるだろう。一方でイノベーション創出には複数の要因があることが、この図からも理解できるだろう。

ロベルト・ベルガンティ:デザイン・ドリブンイノベーション
3人目がミラノ工科大学教授のロベルト・ベルガンティ。彼は著書『デザイン・ドリブンイノベーション』の中で3つのイノベーション戦略として以下のように分類し、全てのイノベーションがアイデアやサービスだけで創発されるものではないと分類している。

3つのイノベーション戦略『デザイン・ドリブン・イノベーション』

ベルガンティは、そもそもデザイン思考はユーザーの課題解決に向いているが新しい価値の創出には必ずしも向いていないとしている。一方で意味の再定義の手法によって新たなイノベーションの創出が可能だと提唱している。またユーザー中心のデザイン思考をマーケット・プルと同じカテゴリに分類しているのは興味深い。

デザイン思考とマーケットインは同じか?

デザイン思考を語る時、多くの場合、それは「ユーザー中心」という言葉がセットになる。既に多くの企業でも、外部のデザインファームに依頼してデザイン思考の研修を行ったり、実際のプロジェクトを実施して「ロジカル・シンキング」との対概念としてのデザイン思考を業務に取り入れようと様々なプロジェクトを実施しているケースが多く見受けられる。

その結果、多くの企業において、とりあえずユーザー調査とユーザー観察をやればいいと解釈されていることも少なくない。新規事業アイデアの検討と検証で、ユーザーヒアリングをしまくって逆に迷子状態も多く散見される。これは多くの場合、従来あった「マーケット・イン」の考え方とデザイン思考が混在されていることが主たる原因だと考えられる。

簡単にいうと、デザイン思考はユーザー観察、ユーザーヒアリングを重視しているが、ユーザーに回答を求めるアプローチではない。ユーザーが何にペインを持ち、何が本質的な課題なのかを発見するのがユーザー中心という考え方だ。

マーケット・インの考え方は、対概念でもあるマーケット・アウト、つまり企業側が考えたサービス・商品を市場に投入するのではなく、市場の声を聞いてサービス・商品を投入していくことを言うが、この場合、企業側は顧客の声に耳を傾けることによって、顧客からアイデアを貰って、それを商品開発に繋げている。

「マーケットイン」と「デザイン思考」の違いの整理

一方でデザイン思考の場合には、ユーザー中心ではあるがユーザーに解を求めるのではなく、ユーザーの考え方に同調することによってペインを解消する解決策をジャンプ(創造:Ideate)した時に初めてイノベーションの種が生まれる。この2つが大きく混同されていることが多い。

ユーザーは自分が欲しいサービスを知らない

イノベーション企業の代表格のアップルのジョブスは、ユーザー調査が大嫌いで有名だった。正確な言い方をすると、ユーザー調査が嫌いだった訳ではなくユーザーから回答を引き出そうとする調査が嫌いだったと言い直してもいい。

私たちには多くの顧客がいる。それなりの顧客調査も行っている。だが最終的には理解しづらい点があって、フォーカス・グループを当てにして製品をデザインするのはかなり難しい。ほとんどの場合、実物をみせない限り、人というのは自分が何を欲しいのか、分からないものなのだ

by Steve Jobs

この発言にも現れているようにアップルではユーザーの発言に回答を求めていない、自分達が信じる製品をユーザーに見せて自分達の仮説があっているかを検証している。もしくは自分達が実現したいものを開発して、それを顧客ヒアリングをすることもなく秘密主義で新しいイノベーティブなプロダクトを市場に投入もしている。つまりイノベーションは必ずしも、ユーザー中心、ユーザーヒアリングを伴わなくてもいいのだ。

顧客の声を大事にしすぎるイノベーションのジレンマ

マーケット・インとデザイン思考の違いを考える上でもう一つ大事なポイントがある。それはハーバード大学のクレイトン・クリステンセンが指摘している「イノベーションのジレンマ」という状況だ。

大企業は、より多くの利益を出そうと賢く合理的に、かつ現在提供しているサービスのプロセスに組織が最適化するという「正しい対応」をしているせいで破壊的なイノベーションによって衰退する

『イノベーションのジレンマ』

クリステンセンは、イノベーションを「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」に大別している。持続的イノベーションは顧客の声に耳を傾けて製品をブラッシュアップして、それに合わせてオペレーションプロセスを効率化させようと努力すればするほどジレンマに陥ると警鐘している。

デザイン思考を企業内に取り入れる際に、この観点は極めて大事だ。日本の多くの製造業では、顧客の声に真摯に耳を傾けて、顧客に対して試作品を何度も作成している。

デザイン思考とマーケットインは先に述べたように正確には異なるが、いずれも基本は課題解決型のアプローチであり、これに捉われすぎると企業は破壊的なイノベーションに飲み込まれてしまいかねない。

デザイン思考とマーケットインの違いを理解した上で、さらにデザイン思考だけに捉われないアイデア導出アプローチも試してもらいたい。

アイデアだけでは価値はない

最後に私の好きなジョブスのコメントを引用したい。

彼らはアイデアを出せば作業の9割は完成だと考える、そして考えを伝えれば後は彼らが社員が具体化してくれると思い込むんだ、しかしスゴイアイデアから優れた製品を生み出すためには..それに製品に発展させる中でアイデアは変容し成長する、細部を詰める過程で多くを学ぶし妥協も必要になってくる、新たな方法で繋ぎ望みのものを生み出すんだ、そして未知の発見や問題が現れるたびに全体を組み直す、そういったプロセスがマジックを起こすのさ

by Steve Jobs

このコメントはジョブスがジョンスカーリーからAppleを追い出された後のインタビューでの発言。冒頭の彼らというのは、その時のAppleの経営陣を指している。ジョブスはイノベーションに大事なのは、いいアイデアだけではなく、それを実際のプロダクトにするための試行錯誤のプロセスでの工夫の連続が大事だと指摘している。

確かに多くの企業では社内の新規事業コンテストや外部のコンサルティング会社を入れてのイノベーティブなアイデア出しを鬼のようにしているが、一方でアイデアの山の中で埋もれている会社が多い。

しかし、当然のことだが事業において一番難しいのは実行だ。アイデアだけで事業が成功するのであれば皆んな大金持ちになれる。よくある議論として、そのアイデア俺も考えていたんだよと相槌を打つ人は多い。

私がソフトバンク内部で投資案件のデューデリをやっている際も、同じ時期に何故か同じビジネスモデルでの投資案件がだいたい3案件位来ていた。人々はだいたい考えることは同じになる。つまりアイデア自体に価値はないのだ。いいアイデアが導出されたとしても、簡単には実現できない工夫、仕組み、ノウハウ、これらが伴った際に初めて人々は、それをイノベーションと呼んでいる。



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