王(仮)の帰還と下々の奮闘 ~ねこ様と人間教育 ⑤
先日、我が家に突然、王(仮)がやってきた。
これは、その王(仮)がいかに居城に戻られたかの記録である。
これもなにかの教訓であるかもしれないし、ないかもしれない。
だが、王(仮)の威厳ある姿を記録し、公にすることを許されたものとして、その務めを果たすことをここに誓うものである。
王(仮)の発見
はじまりは動物使いの一家の娘が空も暗くなってから受け取った、一本の通信であった。教導家の娘でもある友より、敷地内にて威厳ある姿の行き倒れが発見されたが、どのようにすべきか、という問い合わせ。
動けないとなれば、速やかに保護を図らねばなるまい。このような状況は予断を許さない事が多いからだ。かくして、アニマルマスター(妻)と娘が夕飯後のゲーム三昧のひとときを中断し、派遣された。残念なことにちゅーるの在庫はなかったが、幸い一部に人気のドリーミーズならある。ドリーミーズの神力を信じよう。
以下はアニマルマスターの報告である。
王(仮)の御成り
こちらはその間、以前拾われ子のために使われていたケージを御座所とするべく、不在の息子の部屋を勝手に使いその準備を行いつつあったところ、急遽の来訪にてお目通りを許される。
全く動じるところのない威厳ある姿に圧倒される。これは高貴な血筋、間違いない。しばらくは部屋を見回し、時折威厳ある声を発している。
まずは食事である。だが高貴な彼らの召し上がるものといえばロイヤルカナン、と相場は決まっている。下々の食べるものなどいかがなものか、とためらうところはあったが、いかんせん空腹で動けなくなられていた様子でもある。そこで我が家における最高級食を献上したところ、たいそう喜ばれた。舌は庶民的でもあるようで、親しみが湧く。
お食事を召し上がられて満足された様子であったが、そのうち下々のつかう事務椅子がお気に召したらしく、大儀そうに登られ、座面いっぱいに居住まいを正し、食休みのひとときを過ごされた。
その折に、鈴付きの赤い首輪が外され、その裏に居城などがわかる文がないかをアニマルマスターが確かめたが、確認できず。
その間、あわてて下々はケージの組み立てを急ぐ。
一旦は手抜きをして平屋サイズで組み立ててみたものの、想定を大きく超えるお姿に合わせ、急遽三階建てにて組み直すこととなる。
その間、仮の玉座(息子の椅子である)におわすその御姿を息子におもむろに送信し、大いに困惑させることにも成功する。
ようやく御座所ができあがる。高貴な方にふさわしい紫色のフリースが献上され、寝床が設えられた。
観閲の儀の際、やってきた白黒の猫が尻の匂いを嗅がせて欲しいと願ったところを無礼者と叱りつけたりしたのち、上の階にて落ち着かれる。
ここも幸いにしてお気に召した様子。
だがその時、事態は大きく動いていたのである。
王(仮)の帰還
実は王家の方々は、不在が判明した一日前、即座に遺失の届け出を行いつつ、家のものによる捜索を開始していたのだった。だが、この王の姿を鑑み、交通量はさほどではないが大型バスもたびたび通る歩道付きの通りを横断して旅立つことは想定せず、こちらの区域まで親衛隊の捜索は及んでいなかったとのこと。
また、教導一家も皆、このような高貴な生物には不慣れであり、そこで保護などはできなかったものの、その娘の機転により、動物使いを召喚したことで王は束の間の安息を得ることができた。
そして、動物使い一家も、首輪もチェックして王の安全は確保した、あとは長期戦を覚悟して待つしかない、という状況となっていた。しかし、その首元の鈴の中にロケットが仕込まれ、王の住まいの手がかりがあったことには気づかず。
それぞれが、至らないところと機転の効いたところのモザイクとなっていた状況であった。しかし。
最も重要な一手を、教導師たる娘友の父君が打ったのだ。当該の役所に、遺失の届がでていないかの問い合わせを。
事態は急転する。でていたのだ、明らかにこの姿を示した遺失届が。
そしてそれぞれの方が即座に対応し、王家の方々より、アニマルマスターに連絡が入る。即座に王のお迎えの話が成り、30分後には侍従のお二人がいらしたのだった。
かりそめの家にて寛がれていた王の名は、タウちゃんと判明した。建築工学的に言えば τ、せん断応力度である。高貴なだけでなく、理系の俊才でもあったのかも知れぬ。
紫のフリースの上から離れることはいやじゃいやじゃ、と抵抗しながらも脇からすくい上げられ、カバンキャリーに上から押し込まれ、忠実な侍従とともに王は帰途についた。
この間、おおよそ1時間と少しだったか。王は嵐のように訪れ、去っていったのだった。出立からおおよそ24時間、無事で何よりである。
王(タウちゃん)のもたらした教訓
ここから人が学べることがあるとすれば、行方不明になった人に対する対応は即時、かつ広く、遠慮せず、が重要ということだろうか。
王家の皆さまが急いで対応したことが、王の帰還を助けたことは間違いない。そして、遠慮をせず即座に警察に遺失物届けを出していたことが、帰還の決め手となっている。聞けば、さらに探偵の手配も終わっており、翌日に打ち合わせの予定だったとのこと。
関わった3者とも、ちょっとずつ行動に至らぬところがあったのも興味深い。王家は道の向こうに行ったことは想定せず、教導一家は動物の扱いを知らず、動物使い一家は首輪の中の連絡先に気づいていなかった。
それでも、結果はついてきた。足りないところもありつつも、それぞれが広く、誰かに迷惑が、などと考えず、やれることをやった結果が様々な確率を少しづつ引き上げ、幸福なゴールに辿り着いたのだろう。
誰かの行方がわからなくなったら、取り乱さず、まずは通報を優先しよう。そして予断を持たず、助けを求められる人に求め、その知恵や経験を借りつつ、それぞれがやれることをやろう。またそんな人に気付いた方もスルーせず、確認しよう。すべてが手遅れになる前に。
翌日譚
翌日家に戻ったところ、王家より褒美の品がもたらされていた。猫にも、人にも。
マンゴーをはじめとした果物、サンルイ島の焼き菓子、たいへん美味しうございました。めでたしめでたし、である。
ねこ様と人間教育シリーズ、前作はコチラとなります。