寂しいシンクロニシティ 〜推しシャワーキャリー話の顛末
半世紀とすこしも生きていれば、大なり小なり、シンクロニシティと呼ばれるものを体験することはある。
もっとも、そのほとんどは赤い糸に関連した、人生の派手なイベントとして起こるわけではない。残念ながら。
今回のそれは、ここの文章が引き寄せた。
準備期間も含め、文章を書き始めて約2ヶ月。この10年くらいお勧めすることがなかった福祉用具を、なぜかその記事をアップしたら、立て続けに2件使うことになりそうな状況にあるのだ。
文章を書く過程でその適合条件がはっきりしたことで、こちらも迷いなくお勧めできるようになった面もあるのかもしれない。うろ覚えの事は書けないから、書くためには必然的に調べ物が発生し、改めてそれを確認して自らの知識が上書きされる。仕事をする上で、これは思っていた以上に役に立っている。
今回の主役は、TOTO(株)の水まわり用車いす(以下キャリーと略す)、である。その機能については、こちらをご覧あれ。
そしてもう片方の主役は、あらたな女性のご利用者さんである。下肢の骨折ののち、コロナ感染のため予定していた入院先も変わり、新たな病院で退院目指して準備をしていたところに腰痛が発生、家族の指摘によりレントゲンを撮ったところ、胸椎圧迫骨折が判明した。
最初の相談では、歩行可能レベルで戻ってくるはずが、現況は非常に再骨折リスクが高い状況のため、座位での移動を考慮した方が良い。ご本人はもう家に戻りたいと言っているものの、在宅での排泄の体制ができないとそれは難しい。
なので、GWの狭間に改めて現地にご相談に伺い、その点をチェックしたところ、そのキャリーがあれば、ベッドを置く予定の場所から便器の上まで、高齢の夫でも介助にて連れて行くことができそうである。特に、トイレの入口の有効開口幅は600mmを切っており、狭幅のキャリーが求められる環境であった。
さらに近年、そちらでは便器の更新を行っており、TOTO製の下部が少し幅広の現行便器に、確実に適合するのがTOTOのキャリーなのだ。
そしてその話をお伝えし、ご利用者さんの家族も、それなら在宅でやっていけるかもしれないと前向きになっていただいたところで、困った事態が起きた。
どこも試用に対応していない。
あれ、介護保険の車いすってレンタルじゃないの?って思った方、それは正解なのだ。「車いす」ならお試しで借りることになんのハードルもない。
だが、水まわり用の車いすは、裸のお尻が触れて水濡れする、衛生上貸与にそぐわないものとして、こちらは入浴補助用具における「入浴用いす」、つまり特定福祉用具販売の対象となる。
こちらはレンタルではない=まず在庫がないので、お試しをするときにはメーカーさんなどから送ってもらって、家屋内で利用者さん、介助者さんが使えるかをチェックしてから導入するのが確実なのだ。
つまり介護保険法の不備を、福祉用具のメーカー各社さんが、ボランティア的に埋めており、それで何とか回っているような状況である。
販売促進の意味もあるだろうが、そんなに大量に売れるものでもないので、正直やりたくはないだろうなとは思う。
今回、協働することになっている福祉用具屋さんからそのキャリーがデモンストレーション不可(卸が対応できず)との報告を聞いて、こちらでも近隣のショールームと、TOTO販社とお付き合いが深そうな、こちらの手すり材をお願いしている会社の社長さんに問い合わせた。
しかしそちらもダメ。さらに他の福祉用具屋さんに問い合わせたら、そちらで扱えるシャワーキャリーのうち、TOTOのこれ以外は全部試用できるという寂しい報告まで飛んできた。東大阪の割に小さな会社まで、ちゃんと対応しているのだ。
先の仕入れ先の話によると、この水まわり用車いす、以前はメーカーの卸業者がそれを貸し出していたそうだが、今は止めた、とのこと。またその仕入れ先の会社も持っていたが、あまりにも使う機会がないとのことで廃棄した後であった。
かさばるからね。
そこに民間に過剰な負担をかけている、介護保険法などの不備があるのも理解はしている。デンマークでは地域に公的な福祉用具のデポをつくり、公がアセスメントなどを行う、と以前聞いた。
日本でも、20年ほど前には、そういった展示場に国の予算がつき、各地にそういったものができた。だが、在宅に出向いてのアセスメント機能がないため相談も少なく、待ちの相談だけやっているうちに、行政の効率、費用対効果が指摘されるようになるとすぐに消滅した。
かさばるからね。
話を戻そう。
結局、相談したところすべて、どこも在庫は持っていないそうで、とりあえず試用はその製品と近い大きさの、他社のデモ品をお借りして、トイレの入口の、20mmの段差を越えるところまで試すことにした。
でも、本当なら便器の上に乗り入れるところまで試したい。その周囲でも、周囲の紙巻器などに当たるなど、問題が出る可能性がある。そういったところまでチェックしたいから、現物のデモ品が必要なのだ。
それができないと、これは介護保険における購入品であるから、うまく使えないものをお客さんに買わせてしまうことになりかねない。
プロの仕事として、そういった危ない橋は渡らせたくない。こちらの評価にも関わるし。
ある前向きな可能性を示した後で、それがやっぱりダメだとわかったときの失望は、何も知らないでそれが不可能な状況が継続するより、はるかに大きい。
そろそろWHILLという電動モビリティについて書こうと、あちらのウェブサイトにある開発ストーリーを読んでいたら、こんな文面に行き当たった。
何かをつくることには、責任が伴うということだ。
ところでTOTOさんは昨年、こんなコラムを出していた。
分かっているじゃないか。
なら、なんで自社の製品の、在宅における排泄の最後の砦のような水まわり車いすの、試用の選択肢をこっそり切るようなことをするのかな?
製品の堅牢さと、使いやすさに定評があるTOTOさんの製品ではあるが、最近は他社さんもユニバーサルデザインについてよく研究していて、かつてはUD研究所を率先してつくり、それの成果をデザインに導入していた時代の優位性は、徐々になくなってきていると感じることがある。
その理由が、この一件で透けて見えたようで、すごくがっかりしていることをここに書き残しておこうと思う。先にこの用具を推したものの責任として。
言行不一致は今の世の中では標準仕様かも知れない。でも、そのような世界をつくっている責任は、それを指摘せず沈黙する側にもある。だから書いた。
中の皆様、上の人に負けず頑張ってください。