探求力 -マーケッターに求められるリサーチスキルとは-
日本マーケティング・リサーチ協会(JMRA)所属会社の代表/経営12名様と「現状 - 未来像 今、対応すること」をテーマに対話する時間をもたせていただきました。
新製品・新事業の開発をする為、従来考えてもいなかかったようなイノベーションを引き起こしたい
組織と人財を育成し、エンゲージメントを上げたい
昨今、この2つのお悩みを同時に持つクライアント様が増えており、そのような依頼に対して、日々これらのニーズ対応しているリサーチ会社としてどのように考え、今後どのように対処していこうとするかを業界全体の課題として共に考えるのが目的です。
手法としては、このnoteでも何度かお伝えしている以下の3ステップを用いしました。
①目的を語る(自分ゴト化)
②バックキャスティング作業(大目的で社会的価値慮した目的創出作業)
③駆動目標の創出(これからやるべき目的を再度捉え直す)
本日はこのうち「③稼働目標の創出」パートについてある参加企業の代表の方から提示された課題について考えてみたいと思います。
「超少子化対策への対応をどうするか」
では、考える手順をお伝えしましょう。
仮説フレーム"時間の概念"で考える(→本日はココ)
現象や出来事の深層要因を創出する。
ナラティブアプローチを探りながら、ソリューションを提示する。
これらのステップの前には、まずはどれだけ自分が保有している情報を収集し整理するかが大切となります。そこから始めてみましょう。
情報整理
まずは直近に於けるこの超少子化に関わる記事や情報を3つ挙げてみます。ここでの情報整理はとても大切です。
1)2022年4月16日:日経新聞朝刊「生産年齢人口最低59%」
生産年齢人口とは15〜64歳で、1950年統計取り始めてから最低となっている。日本における労働力不足となり、富の指標がさらにダウンしている危機的状況となることが予想される。
2)2022年5月: イーロン・マスクのツイート
"日本はいずれ存在しなくなる"、という衝撃的発言は記憶に新しいですね。
記事を引用した上で、日本総人口一年間で64万4千人減少する。これは全人口の0.5%。死亡数より出生数より多い状況が継続すれば、いずれ日本は消滅することになる。彼はそう呟きました。
イーロン・マスク氏は、誇張に表現することによって注目されることが敢えて行なっているとも感じますが、二つの指標だけで日本消滅ということの信憑性はともかく、数々の人口の変化が生活を変えていくことをマーケッターやリサーチャーは捉えなければならないでしょう。
3)2022年6月4日:日経新聞朝刊「出生率6年連続低下 昨年末1.30、最低に迫る」
そういえば、22日の日経経済教室で,超少子化対策に子供の保険とか貯金について論じている大学教授の記事がありました。中国でも1人っ子政策が行き過ぎで2人までよいとか、政府が変更したけどうまくいかなかったことが思い出されます。これでいうなら日本の1.30の出生率の意味はなんなのか、個人的には考えたいところです。
"時間の概念"
では具体的手順1に進みましょう。時間軸をどのように捉えて分析するかを示してみます。
①フェルナン・ブローデルの分析方法
フランスの歴史家ブローデルの「多層的モデル」は,現代のビジネスに置いて極めて重要な視点です。
ブローデルは、歴史時間軸を「長波」「中波」「短波」で三層構造でみています。ブローデルの著書「地中海」から環境によって歴史が生成されるメカニズムについて、少し触れてみましょう。
各事象の背後にある深層要因は、相互作用を経て大きくなる現象や、出来事になります。
ブローデルは、多元的多層的な時間の中でビジネスを考えることが必要になると提示しています。
②エマニュエル・トッドの人口分析方法
経済現象ではなく人口動態を軸に人類史を捉え、ソ連崩壊、英国EU離脱、アメリカでのトランプ政権誕生を予言した人口統計学者エマニュエル・トッドがいます。
やはり有名な著作は1976年の「最後の転落」で、ロシア人女性の識字率上昇の後に出産率が下がるという人類普遍的傾向に従って、近代化傾向を示すだろうということ。また、通常下がり続けるという乳児死亡率が,ソビエトでは1970年から上がり始めたことを指摘し、体制が最も弱い部分から崩れ始めたと主張。事実、ソビエト連邦は1991年に崩壊しました。
この考え方でいけば、前述したイーロンの日本崩壊説も、長波ではなく20〜30年単位の中波で、既に生じることもあり得るのでは、、、とも言えるでしょう。
③"時間の概念"についてのまとめ
ブローデルやエマニュエルトッドのような分析視点は、偶然にひきおこる要因、ランダムに支配されている要因にも大きな変化を生み出す深層要因(必然性)があるようにもみえます。
我々マーケッターが重視しているのは、社会的・文化的・経済的・技術的・環境的要因に物語りを紡ぎだせるかであるナラティブであるかです。
客観的データ分析だけではなく、主観的に創造的に物語ることであります。
他事例でのスタディー
"時間の概念"とそれにまつわる情報整理は大切なステップなので、もう一つスタディーしてみましょう。
①セブンイレブン
7月16日の日経新聞で中村直文編集委員により記載された『超少子化が促す「消費破壊」』のデータをみてみます。セブンイレブンの存在はCVSでものを売る存在だけではなくなる。新しい縁を作れるか、そんなことを語ってくれています。
これに対してセブンイレブンの商品本部長の青山誠一取締役は,以下のように話しています。
私の住んでいる駅周辺にはセブンイレブン始め,数店舗のCVSがあります。しかしながら同じセブンイレブンでも、サービスの質が全く異なります。
例えばセブンイレブンのマルチコピーを使ってPDFをコピーする時の対応の機敏さ、説明など圧倒的に優れている店舗があります。店員が違ってもその手際よさ、明るさは非常に好感がもてる。モノを売るだけでなく、顧客へのコンサルテーションへのシフトにウェートを置いている店舗なのだな、と実感としてわかります。
②薄れる縁
もう一つ。この差異を生んでいる背景には「地縁・血縁・社縁」薄れて絆を探るという"遊動生活"の時代が始まったという山極寿一総合地球環境学研究所所長の話があると私は考えます。
この日経記事の中で、山極氏は以下の三つの縁が希薄化してきているといいます。
①地縁の希薄化
コロナ禍で引っ越して複数拠点を持つ人が増える。明治時代から150年経ち、みんな故郷を持たなくなったこと。都会に住む人がアイデンティティがなくなり、どこに住んでも同じと感じていること。
②社縁の希薄化
非正規雇用が4割であり、会社に献身しようという若者も減っています。転職需要が高まり、気に入らなければ,すぐ転職を用意にする人が増えています。ましてコロナ禍でリモートが増えて、会社に行かない時間が増え、社縁は益々薄れています。
③血縁が希薄化
少子化。葬式をしない、結婚式をしない etc…
一万年前に農耕牧畜が始まって以来、人類が営んできた定住生活が、I T環境、集配システムの発達により必要なくなったきました。しかしその一方で、新たな縁を求め始めている、人とのいい距離感を求めているのも確かです。ここに新しいマーケティングチャレンジがあると私は信じます。
まとめ
今回は、業界全体をどうしていこうかとリサーチ会社の代表の方々と考えたことをお伝えしながら、クライアントに提示できるための思考のバリエーションについて少しだけ触れました。
主に今回お伝えした"時間の概念"というステップからその先は、より思考を拡げていかねばなりません(これはまたお話しする機会を設けたいと思います)。
リサーチ会社というと、客観的データ提示をすることがミッションであるという数字の世界であるとこれまで思われてきましたが、現在はそれだけでは済ますことができないステージに来ています。それは冒頭にお伝えしたようにクライアントに求められていること、そして何よりもマーケッターとして携わる世界は多岐に渡る知識や経験、思考力が求められているからです。
客観データからは現実レベルの本質は見えません。現実に関わること、人と向き合うことで未来への変化対応ができます。
ミンツバーグが言ったように、イノベーションや創造的戦略はクラブティングの対象であり、状況に対応しつつ「こしらえる」のです。
今一度、マーケッターとしての仕事、リサーチって何の為って再定義してみませんか?
(完)