「観る力」を鍛える - VTS -
週末いかがお過ごしでしたか?
やっとコロナ・ウィルスが落ち着いてきましたね。人類が病原菌との闘いで威力で、科学が成功したと捉えてよいのでしょうか。
歴史学者ユバァル・ノア・ハラリは「科学が大成功を収め、政治が失敗した」と明言しましたが、個人的には今後の動向を冷静に見てまいりたいと思います。
さて今週も始めてみましょう。
VTSとは
VTS(Visual Thinking Strategy)という美術鑑賞法をご存知でしょうか。
様々な方が定義をされているこの手法ですが、コンセンサスになっている定義を言えば"ビジュアルアートを用いた鑑賞力教育"と云うことと言えます。
元々はNYのMOMAで教育部部長を務めていたフィリップ・ヤノウィンが中心となって開発された手法のこと。鑑賞中、作品名や作者、解説といった情報を与えることなく、一つの作品に向き合って純粋に作品に向き合うことだけ
に集中します。そして徹底的に作品を「見て、感じて、言葉にする」ことを参加者に求めるのです。
その意図としてヤノウィンが語っているのは「捉え方は一つではなく、複数あるということ。作品情報で”わかった”とするのではなく、あなたなりの見方をする」ということの重要性を知る、ということでしょうか。
つまり概念と感情を喚起することを主眼としていますので「そのものを自分の眼で観察し、ストーリーを紡ぐ、それを皆さんの前で論じる」。結果として「他の方の意見を耳にして共感することで、自分の"ものの見方"の変化を
感じとる」、そういうメソッドとなります。
「VTS」と「センスメイキング理論」
実はこれ、発祥でもある欧米美術館では比較的メジャーな教育プログラムなのですが、ここ数年、このメソッドをビジネスパーソン教育にも使えるのではないか、ということでちょっと話題になってきました。
弊社でも数年前より「五感全体のトレーニング」の一環として、このVTSをトレーニングに活用していますが、その背景として、この場でも何度かお伝えしている「センスメイキング理論」と非常に酷似しているサイクルであると私自身が感じたことにあります。
簡単にお伝えするとヤノウィンは「見て、感じて、言葉にする」という3段階で捉えている対して、弊社では「みる→考える→話す→聴く」と定義したサイクルを用いているのです。
そして、このサイクルの過程こそが「センスメイキング理論」での「①感知 Scanning→②解釈Interpretation→③意味付けEnacting」と、酷似していると捉えています。
ちょっとだけお勉強っぽい話(飛ばしても構いません)
これまでもこの場で恩師である野中先生の「SECIモデル」やカールワイクの「センスメイキング理論」についてお伝えしてきました。そして現場での経験を踏まえて、単なる知識としての"know-how"や"how to"ではなく、大切なのは"思考方法"であるとも言及させていただきました。
簡単に言えば、私としてこれらを踏まえて今の企業(ひいては個人)に必要とされることが以下のポイントではないかと思っている所以です。
■本質を考える/本当に重要なことを捉える
■問題意識を持つ
■自分ゴトとして考える
ということで、なぜ今このポイントが必要かを掘ってみましょう。
----
1)分析過多からの脱出
マネージメントやマーケティング戦略に必要な要素は、ヘンリー・ミンツバーグ(マギル大学)の指摘にある通り「クラフト(経験)」「アート(芸術)」「サイエンス(分析)」の三つのブレンドです。
(参考:『MBAが会社を滅ぼす』日経BP社/2006年)
しかしながら、現在企業では分析過多の論理思考が優先されることによって、創造力や活力が失われているとも強く感じます。結果として極めて一元的な定まった回答しか出てこないことが多いのです(まるでそれがAIが行ったかのように)。
つまり現状の演繹法と帰納法では新しいアイデアは、生み出しにくくなっているとも言い換えることができるでしょう。
「演繹法は与えられた論理的命題から個別の事象を分析し、その真偽を導きますが、与えられた命題を超える発見はありません。帰納法は、現実の個別事象の集積から、普遍的な真理を抽出して新たなる命題を提示しますが、絶えず例外という問題に悩まれます」
(参考:『直観の経営』野中郁次郎・山口一郎 / 株式会社KADOKAW A/2019年初版)
2)アブダクションの必要性
そんな中、哲学者チャールズ・サンダース・パースは「演繹法も帰納法も新しいアイデアを生み出さず、科学の全てのアイデアは、アブダクション(仮説生成)によって生まれる」ことを提唱しました。
アブダクションとは>> 事実の察知から始まりますが、何よりもまず目的意識が必要です。自らの信念や想いに基づいて焦点を決め、細目を観察してそれらを統合することによって、仮説が生まれます。
アブダクションは、現実の個別事象のかすかな徴候にも、驚きや変化を察知し、関係するありとあらゆる知見を統合して自在な仮説を作り、試行錯誤に検証しながら新たな発見に至るのです。
(参考:これ私です)
3)コンセプト創造する作業とアブダクションの意義
商品開発の場合、どうしても一種の言葉探しに終わるケースが少なくありません。重要なことはその前段階である「目に見えている事象や現象の背後にある意味」だと私は考えます。つまり...
・観察する過程で重視するのが"直接経験"。"演繹"や"帰納的思考"では事前情報に左右され観察理由を見出すことができません。
・事象や現象の意味とは、観察現場に身を置いて思考することです。
・データや情報を思い込みで分析することでなく、ひたすら観察することで一種のアイデアとして、特定の変化に結びつける
仮説を見つける努力が必要となります。
オリジナルのVTSメソッド確立へ
再びVTSに話を戻しましょう。
上記について色々思うところがあって、VTSを知った時に「これだ!」って思いました。「アート=右脳開発」というと捉えるのは単純ですが、必要なのは”右脳と左脳が行き来すること”を如何に誘導できるか、センスメイキングを体現してきた弊社だからこそそんなことを思って活用するに至ったのが比較的早く採用していた理由かもしれません。
補足です。
・アブダクション(仮説生成)作業が、本質を追求する思考法として出発点
・感知するというのは、言語脳をシャットアウトして、ありのままを見るイメージ脳にすることから始まる
さらに、出来事を感じた後に"意味付け"をするときに言語脳が駆使されます。
①イメージ脳→言語脳への変換
②右脳→左脳への変換
③感性→論理性への変換
④大脳へのシグナルとしては、この変換作業を素早く行う
⑤大脳辺縁系から、大脳皮質を交互に使いこなすことが、繰り返し作業が新しい知を生み出すことに繋がる
⑥暗黙知→形式知の相互変換
結果としてビジネスにおいて、知の変換作業が行われることで、昇華します。このことについて野中先生は「真善美(共通善)に向いながら、そのプロセス促進することが賢慮に繋がる。つまり企業や人間の『よく生きるかということに寄与する』と言及しました。そう思っていただけるとわかりやすいかもしれません。
VTSトレーニング(流れ)
「実際にどんなトレーニングなの?」
ここまで読んで知りたいと思ってくれた方がいれば嬉しいなと思いますので、VTSの流れを紹介してみましょう。
弊社が事例として活用しており、比較的参加者が「自分の直感を言葉にし易い」作品に、"ギュスターヴ・クールベ"の「出会い(通称:こんにちは、クールベさん)」があります。
再度記載すると、VTS目的のポイントは以下の通り;
・作品に描かれている事実をよく観る
・描かれているものを手がかりにして、自分の考え・解釈を巡らす
ですので、多くの方々の言葉をここに記載してみましょう。
----
「三人の男が、野原に立っています。1番右が、旅人で、真ん中と1番左が、地元の土地所有者です」
「真ん中が、左のご主人で文句を言っているようです」
「左の方は、しょげかえって悲しそうな表情です。(逆に)右側の方は、土地のオーナーであり、巡回をしているのではないでしょうか。
「真ん中と左の方は、異郷の土地から入ってきたのかも」
「犬は、真ん中と左の方のものなのか、右の男のものなのかにより、ストーリーが変わる」
「右側が顎を突き出して、棒を持って威嚇しているようにみえ、左の男は下に向いている。喧嘩に負けてがっかりして落ち込んでいる。」
「真ん中の人物が、両端の男性を仲裁をしている。
「何故、真ん中の人物は帽子を脱いで左手にもっているのか!」
「何故右手だけ手袋を脱いでいるのか?」
皆さんはどんなことを感じましたか?
では。あえて美術学的な解釈(キャプションにされがちなもの)を記載してみましょうか。
----
本作では、クールベの才能に対する収集家の評価が存分に表現されている。画面左側に描かれている緑色の美しいジャケットを着て犬を連れているのがパトロンであるブルヤスを表している。ブルヤスはクールベに対し手を広げるジェスチャーをしており、堂々とした態度で描かれている。それに対しサイズの合わない茶色のコートを着ているのがブルヤスの使用人である、カラスだ。カラスは帽子を取り、首を下げるという最も尊敬をしめすジェスチャーをとっている。etc...
---
これは何が正しいとかの世界ではありません。この学術的な解釈と参加者の皆さんが発言したことをどう捉えるか、そこが重要となるのです。
まとめ
ご紹介したVTS参加者の意見を聞いてみて、あなたの意見と比較してどう感じたでしょうか。
VTSがなぜ企業の人(ビジネスパーソン)にとって有効かというと、彼らこそステレオタイプなモノの見方に支配されることの危険性を孕んでいるために意識的に「観る」というスキルを持つことが大事だからと思う所以です。
自分なりの考え方ができる、自分自身が分かってくる、社会、自然、との関係性がより明らかになることで、我々は、イキイキとしていくのではないでしょうか。
多くのビジネスパーソンが企業内において説得材料として有効なのは、すでにあることの事例提示と、活用するためのパターンが重要ということに他なりません。私自身も企業生活の際、そして独立した後にも何度もそのことを意識したことがあります(だから、独立したのですが...)。
しかしながらこのパターンというのはご承知の通り、「過去にあった」と同じと同義になります。毎回新たな作っていくというような非効率なことはやらずに、過去において有効だった解を転用すれば成功できたのです。
ところが、困ったことに、過去のパターンは永久には持続せず突然変異が起こるのです。この2年のコロナ禍然りです。
さて、そこで弊社宣伝活動します!!笑
貴方の今、在籍しているその場所は、新しいことに目を向けていますか?「今」を生きていますか?
とっかかりは実はなんでもいいのですが、今日ご紹介したVTSを含めて弊社では様々なプログラムをご用意しています。いつでもお声がけくださいませ。
Linkedinアカウントお持ち方はこちらから:https://www.linkedin.com/services/page/76abb930b50004657b/
***
本日も最後までお付き合いありがとうございました。
今週も笑顔でお過ごしください。
(完)