アイデア創出プロセス (IDEATION) 後半
実は、"Build to Think" は、思考をドライブ (刺激) することで、アイデアを創出していくという重要な役割を担っています。試作によって創り出されたTangible な(目に見える) 変化は、頭で考えているだけでは気づき得ないアイデアをもたらすのです。
しかし、そもそも思考をドライブするとは、どういうことを意味するのでしょうか?
以前の備忘ログで、Framing (フレーミング) という言葉を使いました。これは、人が何らかの風景や対象を見ている時、その人からどのように見えているかの、認知の切り取り方のことを言います。
一般的に、人は自分が見たいモノを見ると言われています。人は物事のありのままの姿を見ることができない。つまり、人は物事をどんなに客観的に見ているようでも、生まれ持った性格、過去の成功 / 失敗体験から来る好みや、自分にとって快適なコンフォートゾーンなど、何らかの認知バイアスが必ず掛かっているのです。人は完全にロジカルなマシーンではあり得ないので、逆にいうとそのことがその人らしさを作っているとも言えるのですが。
(最近は行動経済学など、人の認知バイアスというテーマはトレンドでしょうか、"Factfulness" という本も流行っています。)
そして、思考のドライブとは、この認知バイアスから来る既存のFraming (フレーミング) を、Reframing (リフレーミング) することに他なりません。これまで見えていた世界を、全く違った角度や見え方で切り取ることを目指します。
よく言われる、"Think Differently (発想を変える)" "Think Oustside the Box (固定概念を抜け出す)" も同義です。(そうあるべきだとよく言われますが、正直どうしたらいいのかよくわからないワードですが。)
私自身は、そもそも"Think and Build" の世界の住民で、アイデア考えたり企画を作る時には、ひたすらピンと (Aha! Moment が) 来るまで頭で考えているタイプです。よく音楽のアーティストで、作曲時に "曲が下りてくる"、 "曲が降って来る" という表現を使う人がいます。私も受け売りで、アイデアづくりというのは、そういうものなのだろうと思っていました。限界まで考え抜いた後、お風呂でリラックスしている時などにふと頭に浮かぶので、逃さずメモを取るべしという教えもあります。ですから、私自身もメモ魔で、何か思いついた時は、スマホで直ぐに記録するよう心掛けていたりもします。何れにしても、ピンと来るまでとにかく空想 (Daydream) していることが多いです。(*下図は、アイデア創出のためにビジネスマンがしていることのランキング。読書やネットが多いが、実際に手を動かす人はそんなに多くない。)
けれども、デザインスクールの授業で先生に言われたことが、正に "Build to Think" の教えでした。"お前は、稲妻に打たれるまでひたすら待っているつもりなのか?" "自分の思考をドライブしなさい!"
とにかく手を動かす。アイデアを書き出し、コンセプトを目に見えるようにする、MVT (Minimal Viable Transformation: 必要最小限のラフな変化)を創り出しながら、己の思考を導きなさいと。ですから、今後は手を動かすということをしっかり意識して行動していきたいと思う次第なのです。
さて、本日ですが、秋学期の授業で学んだ、思考をドライブするための主要な方法論 (ツール) を備忘したいと思います。
これらのフレームワークは、単独でもコンビネーションでも使うことができますが、どのような場面で使うかの判断は、ある程度実践での経験による感どころが必要となります。(それにしても、欧米人が様々なフレームワークを開発するのには、本当に感心させられます。)
❶ Metaphor (メタファー/ 比喩):
"メタファー" とは、複雑で分かりいくい事象を、身近なイメージに落とし込むテクニックです。一般的には、文章やビジュアルにおける伝達手法として、難しい事柄を簡単なイメージに、陳腐なアイデアを斬新な見え方にするために使用されます。例えば、私たちが無意識に使っている喩え話は、まさにメタファーです。この手法は、アイデア発想にも応用することができ、人・場所・モノなど、何にでも喩えて考えることが可能なのです。
例
・新しいカスタマー体験を開発したいが、Googleだったらどのようにアプローチするだろうか?
・新しいサービスを考えたいが、もしサンタクロースが企画したら、
どのような内容にするだろうか?
・新しいキャリアに進もうと思うが、自分が尊敬する人
(ex. イチロー) だったらどのような判断をするだろうか?
・新しい料理を開発したいが、海の宝石箱のように感じてもらうには、
どのような食材や調理をしたらいいだろうか?
メタファーは、人の持つ想像力を活用することで、固定観念のReframing (リフレーミング) を行うのに効果的です。(想像力が逞しい人ほど、その効果は増大される。)
以下はそのフレームワークで、Behavioral (行動) / Surface (外観) / Adoption (既存アイデアの組み合わせ) / Function (機能) / Construct (状況) の各視点からメタファーを使って想像していくことで、新しい枠組みのアイデアを具体化するために使います。
(*余談: 想像力についてですが、アメリカでもデジタルの影響により、若年層のクリエイティビティの低下が問題になっているそうだ。デジタルメディアでは与らえれるイメージは解像度と具体性が高いので、視聴者が想像力を使える余地が与えられないことが原因だとか。個人的に私は、若年層だけでなく、大人世代も同様ではないかと感じている。)
❷ SCAMPER (スキャンパー):
"スキャンパー" は、既存のアイデアを土台にして、変化を生み出すためのフレームワークです。下図は横軸がメインで、Substitute (代用) / Combine (一まとめにする) / Adapt (新しく採用) / Modify (一部修正) / Put to Another Use (用途変更) / Eliminate (削除) / Reverse (逆にする) の各方向性 (頭文字を取ってSCAMPER と呼ばれる) から、変化を生み出すためのアイデアを検討することができます。
(*下図は、テニス練習方法のイノベーションを検討しているため、縦軸はテニスの練習要素となっている。)
❸ The 10 Types of Innovation (10のイノベーション):
"10のイノベーション" は、バリューチェーンの構成要素から、変化を生み出すためのフレームワークで、目的はビジネス全体のイノベーションです。Business Model (ビジネスモデル) / Networking (ステークホルダー) / Enabling Process (アウトソーシング) / Core Process (コアプロセス) / Product Performance (商品力) / Product System (商品エコシステム) / Service (アフターサービス) / Channel (販売チャネル) / Brand (ブランド力) / Cutomer Experience (ユーザータッチポイント) のハイレベルな (大きな) 視点からビジネスイノベーションの可能性を探ることができます。
❹ Five E's (5E):
"5E" は、横軸: Entice (訴求) / Enter (第一印象) / Engage (購入体験) / Exit (購入後の体験) / Extend (再利用・口コミ促進) の5つの商品・サービス購入ステージ別に、ユーザー視点からアイデアを検討するためのフレームワークです。(*縦軸は、ステークホルダー別の視点を与えている。) この手法は、一般的にCustomer Journey (カスタマージャーニー) と呼ばれていて、カスタマー (ユーザー) にとってのベネフィット (便益) を、購入前→購入時→購入後までのプロセスで検討することができます。
❺ Key Word Attributes (キーワード属性):
"キーワード属性" は、シンプルな手法で、アイデアを膨らませたいキーワードから、頭に浮かぶ連想ワードを数珠つなぎで書き出していく方法です。これは、マインドマップと同様の手法で、とにかく頭に思いつく連想を自由に吐き出してくことが目的です。しかし、ここで大事なポイントは、頭から制約や判断を一切排除して、いかに Crazy (アホ) になることができるかです。私たちの頭脳には、つい良い悪いの判断を入れてしまう癖がついてしまっています。例えば、"先に書いたワードと関連するカテゴリーでなければならない" "前に出たワードと重複している" "上位概念とレベル感が合っていない" など。私自身も、糸の切れたタコのごとく自由に発想していくことは非常に苦手なのですが、クリエイティブ思考を手に入れるための模索をしています。
❻ Idea Sketch (アイデアスケッチ):
"アイデアスケッチ"とは、文字通りに絵を描くことです。実は、デザイスクールやアートスクールでも、絵を描くことはクリエイション (創造) において非常に大切なプロセスとして教示されています。落書き、ダイアグラム (図表)、漫画など何でも良い。絵を描くことで、頭の中にある抽象 (多次元) を、現実世界 (3次元) の情報量に落とし込むことができるのです。また、人とのコラボレーションができるようになることで、新たな Reframing (リフレーミング) をすることが容易になります。
❼ Abstraction Radder (抽象化のはしご / Yes, and... 法):
"アブストラクションラダー (抽象化のはしご)" は、別称 "Yes and 法" とも呼ばれており、あるアイデアに対して、それによって引き起こされる結果またはベネフィット(嬉しさ) を繰り返し問い続けていく手法です。その過程で、アイデアは、よりハイレベルへの抽象化を繰り返し、固定観念の突破: Reframing (リフレーミング) を行うことができるのです。またこの過程で、あの業界は、あの企業だったらどう捉えるだろうかという、メタファー思考を組み合わせるのが効果的です。
❽ Design Question (デザインの問いかけ):
"デザインの問いかけ" は、日本語で言うところの、解決するべき課題設定のことです。"More beautiful question to spark breakthrough ideas" というフレーズがあるのですが、美しい質問が、創造的なアイデアに導くという考え方です。問いかけのフォーマットは決まっていて "How might we...?" で始まるため、別名 HMW (How Might We) Statement とも呼ばれます。"How might we" (どのようであり得るか) でなければならなく、"How should we" (どうするべきか) でも "Why don’t we" (〜してはどうか) ではダメです。
例
How might we help passengers explore the whole airport without worrying about missing their flight?
(乗客が、飛行機に乗り遅れる心配をしないで、空港全体を探索できるようにするには、どのように助ける方法があり得るか?)
なぜならば、より多くのアイデア出しを目的としているので、思考に抑圧や判断を与えないためです。また、更にここでポイントになるのは "without worrying about missing their flight" の部分です。素晴らしいアイデアは、しばしば緊張状態や矛盾への回答であると言われます。質問をよりチャレンジングなものにするために、意図的に制約条件を与えるのです。(*制約を与えることを、"Insight Smashing (インサイトをさらに突き破る)" と表現しますが、敢えて一見矛盾するような条件を付加することで、創造性を引き出すのです。)
❾ Strategy Table "戦略一覧表":
"戦略一覧表" は、採るべき戦略オプションの検討ツールです。縦軸は戦略オプションの記述、横軸はそれら戦略オプションを構成するであろう変数や属性情報が MECE (Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive: 漏れなく重複なく) に列挙されていて、関係する情報にチェックマークやカラーコーディング (色分け)をしながら使用します。このツールによって、各戦略オプションの、具体的イメージ / 構成要素の文脈 / 追加変数の検討、または各戦略オプション間の比較など、常に全体感を持ちながら思考を行うことができるのが特徴です。
➓ Oblique Strategies (遠回り戦略):
"遠回り戦略" は、アイデアを導くためのカードツールを使います。これは、日本語では、"思考カード" や "知恵カード" という名称で流通しているようですが、カードは100種類以上あって、各カードには、私たちの認知や思考の観察から得られたというキーワードが書かれています。このキーワードを解釈し、関連するアイデアを発想していきます。
例
Be dirty
Be extravagant
Try faking it!
Emphasize differences
Use "unqualified" people
You are an engineer
Would anybody want it?
The most important thing is the thing most easily forgotten
Use an unacceptable color
Cut a vital connection ...
実は、一見すると意味不明なものもありますが、意味不明だからこそ、私たちの固定観念の影響を最小化して、アイデアを創出できるという狙いがあります。私はこれに関連して、タロットカードなどの占いを思い出しました。よく、経営者がお気に入りの占い師に相談に行く話を聞きますが、これは一種の "遠回り戦略" の活用例であり、アイデア創出の一手法として無意識に行っているのだと思います。
● その他
- Flip Orthodoxies (Convention Hunting: 慣習を裏返す):
"What new opportunities would be unlocked if we flipped the orthodoxies?
" 実践でかなり使える思考法のようですが、自社・自分にとっての慣習 (惰性的な習慣) は何かを突き止め、それをいっきに反転してしまう手法です。この手法によって容易に Paradigm Shift (発想の転換) を仕掛けることが可能になります。
- Exploit Deviation (逸脱の活用):
どんな商品やサービスでも、Extreme User (極端) なユーザーが存在していて、当初想定していなかったような使い方をしている場合があります。このニッチアイデアの活用が、イノベーションへの手がかりとなる場合があります。
- Where no one want work (誰もやりたくないこと):
成功はゴミ箱の中にという言葉がありますが、いわゆる逆張りの思考です。メインストリームに逆らった、誰もやりたがらないことを、敢えてアイデアとして採用することで、イノベーションへの道が開ける場合があります。
以上がアイデア創出のための代表的なフレームワークです。
私たちは、ある意味、ツッコミ・批判・収束のプロです。島国ならではの、均一性が高い社会に住んでいるので、善悪の価値観がはっきりしており、少しでも共有されている行動様式を逸脱しようものなら、激しく起動修正を図ろうとしてしまいます。
下図は、デザイン思考の基本である、ダブルダイヤモンド: Divergent (発散思考) + Convergent (収束思考) ですが、アイデアの創出には、Diverget (発散思考) が不可欠です。少しでも判断を遅らせ、 Crazy (アホ) になってアイデアを発散させるというのは簡単なようで意外に難しいことです。しかし、Divergent (発散思考)とConvergent (収束思考)の作業をしっかり分けることで、思考のメリハリをつけることは可能だと思われます。TPOに合わせて思考モードを使い分けることができるようになれば、より多くのアイデアを創出できる可能性が高まるのではないでしょうか。
実は、固定観念のReframing (リフレーミング) ですが、正直大きなエネルギーを要します。自分にとって快適な、コンフォートゾーンから抜け出そうとするので、ロケットを打ち上げるがごとく、重力に逆らって大気圏 (認知バイアスの慣性) を突破しなければなりません。それゆえ "Build to Think" による試作の踏み台を積み上げ、少しずつ位置エネルギーを溜めることで、大気圏を突破しなければならないのです。少しずつでも、小さな変化の積み重ねこそが、大きなイノベーションに繋がってくるということかもしません。
2020年の春学期は、さらにアドバンストなレベルになって来ます。結構、面白い授業をとっているので、履修科目については、後日備忘したいと思います。