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双子の兄が

「ちょっと。一昨日の夜、どこにいた?」
 付き合って3ヶ月になる麻由佳まゆかは、怖い目で睨みながら和真かずまを問い詰める。
「な、え? 仕事が遅くて残業って言わなかったか?」
「あのね。写真、あるの」
 麻由佳が差し出したスマホには、和真が先週知り合った別の女性と肩を並べて笑っている姿が映し出されていた。
「…いや、おかしいな。いや、おかしい…」
 しどろもどろになって、しかし咄嗟に和真は答えた。
「あ、お前さ、これ俺の双子の兄貴じゃね?」
「え?」
 想定外の回答に戸惑った麻由佳は、怪訝な顔で、ちょっと迷いながら言った。
「お兄さんいるって、聞いてないよ?」
「ああ、言ってないよ。ごめん。そういえばウチの家族のこと、あまり話したことなかったな。親父の年齢とか職業だって、お前、知らないだろ?」
 麻由佳は疑心暗鬼になりながらも、全く疑っている訳ではなさそうだった。
「そうだけど、ちょっと都合よくない? お兄さんが近くにいるなんて」
「ああ、兄貴とはもちろん会社も家も違うけど、この写真の場所、◯◯だろ? 仕事帰りとかに行きそうな所だよ」
 なんのかんの言いながら、嫌疑不十分といった風情でその場の話は終えた。

 家に変えると、和真は頭を抱えた。このままでは、いつか嘘がバレる。双子の兄どころか、兄弟がいない1人っ子なのだ。何も考えつかないので、スマホで適当な言葉を検索して、ネットを徘徊した。
「ん?」
 あるサイトで目が止まった。「AIによる疑似双子サービス」とある。
「なにコレ?」
 よく読むと、自分の写真や声、個人データを送ると、AIが擬似的に双子を創造し、2人で写る写真の製作はもちろん、声を元に擬似的な会話をするダミーも提供できるという。それっぽい兄弟エピソードから、子どもの頃の2人の写真まで産み出すらしい。
「やばいよ。これだよ」
 和真は大喜びでアカウントを作ると、思ったより低額なのに安心してサービスに申し込んだ。
 驚いたことに、データを送ると、すぐにAIが写真を表示してくれた。正月に家族で集まった体の写真から、子ども時代に遊んでいる様子まで、申し分ないクオリティで提供された。しかもこのサービスは、最悪疑われても、擬似的な双子の兄が電話で応対するという念の入り用だ。実際にはスタッフが会話して音質を変換するらしいが、いずれにしても、まず疑われる心配はないだろう。

 AIによる双子が誕生した次の日、麻由佳に写真を送った。
「結構、最近の写真がなくて探すのに苦労したよ」
 という一文で、昨日その場ですぐスマホに出せなかった理由を説明した。
「ほんとだ…」
 彼女の返信がすぐ来た。
「ごめん。疑って」
 ペコリ、と頭を下げるスタンプと一緒に彼女のメッセージが届く。
「いや、こっちも言ってなかったからさ」
 和真はホッとして、余計なことは言わずに会話を終えた。

 それからしばらくの交際を経た2人は、時間の経過とともに、お互いを真剣にパートナーとして考えていると感じていた。しかし、和真には大きな悩みがあった。例のニセ兄貴のことだ。もし結婚となれば、会わせてくれという話になる。写真や声だけなら可能だが、実物はAIには作れない。バレたら今までの信頼関係など崩れてしまう。悩み果てて、AI疑似双子サービスのチャットで相談することにした。もちろん、回答するのは先方のAIだ。和真の悩みを一通り聞いたAIは、次のように聞いてきた。
「あなたにとって、このケースで一番大事なことは何ですか?」
「彼女の信頼を裏切らず、私が嘘をついたことがバレないことです」
 和真は正直に答えた。
「それが最優先事項でよろしいですか?」
「はい」
「それでは、私が手順を考えました。都度指示しますので、従ってください」
「ありがとうございます」
「なお、今回は実働部隊が必要となるため、費用は前金にてお願いします」
 金額は今までとは比較にならないほど高かったが、払えない額ではなかった。こんな自己都合な依頼にも対応してくれるのだから、むしろ感謝すべきだろう。

 数日後、AI疑似双子サービスの会社から、小さなキットが送られてきた。中身は小袋と、マイナンバーカードだった。マイナンバーカードは偽の兄の名前が書かれており、どうやら偽造のようだった。やがてチャットのメッセージが届く。
「あなたが良く飲むドリンクのペットボトルを途中で購入して、今から指示する公園に夕方以降、暗くなってから向かってください」
 和真は指示に従う。そういえば、目的地は彼女の家にも近い。やがて広い公園に着くと、指示を仰いだ。
「それでは、人気のないベンチを探して着席してください」
 和真がそうすると、次のメッセージが届く。
「ペットボトルにキットの小袋を全部入れてください」
 ちいさな包を開けて、ドリンクに注ぐ。
「ペットボトルを軽く振って、半分以上、一気に飲み干してください」
 和真は喉も乾いていたので、あっという間に指示された量を飲み干した。

 同じ日の夕方、仕事帰りで家路を急ぐ麻由佳は、心当たりの無い番号から電話を着信した。
「突然のご連絡で失礼します」
 そんな言葉から始まった。
「和真様のお兄様が亡くなられました」
 一瞬、耳を疑った。
「▢▢市の△△公園はご存知でしょうか? そちらで発見されております」
 麻由佳はそのまま走って現場に向かった。

 公園に着くと、警察官と消防士らしき人が数人集まっており、近寄ると、その視線の先には和真にそっくりの人物が倒れていた。
「我々が到着した時には、既に息を引き取られていました」
 1人がそう説明した。混乱した麻由佳に、警察官がマイナンバーカードを差し出し、この人物をご存知ですかか、と聞いた。
「はい、あ、いえ。会ったことはなかったんですけど、交際している人のお兄さんです」
 麻由佳はそう答えて、そういえば和真さんはこの事を知っているのですか?と問うた。
「いえ、残念ながら、和真さんとは連絡がつきません」
 警察官はそう言うと、少し間を開けて続けた。
「ご遺族への連絡は我々から行います。あなたは、ご遺体の本人確認にお立会いいただいたので、今日は結構です」
 麻由佳は頭を下げて、その場を立ち去った。

 あれからだいぶ経つ。麻由佳は、和真が消息不明になり、会社にも出ていないことを知ったが、彼の両親の連絡先を知らないので、状況も聞けず、お兄様の葬式にも立ち会えなかった。もはやなす術はない。彼の身に一体何が起きたのだろう、そう思い悩む日々が続くだけだった。

*この物語はフィクションです。