おう
「おう!」
タケヒロが声をかけた。
「おう!」
シゲルが応えた。
「えー」
ノリコが不満を声にした。
「えー」
ユリは喜びの声を上げた。
「シー」
シオリは寝静まった娘を前に夫に言った。
「シー」
アイカはトイレで長男に尿を出すよう促した。
「いい」
マッサージを受けたナツミが思わず声を出した。
「いい」
息子がもう1つお菓子を食べたそうなのを見て、サトミが答えた。
「わい」
ユキヒロは、落とし物を拾った人に自分のものと主張した。
「わーい」
タツユキが玩具をもらって喜んだ。
20xx年。与党の「異次元の先進的社会実験」の1つとして、ボーダレス社会の具現化と銘打って、緊急時以外は「日本語禁止」の日が設けられた。英語なら発言が許されるというのだ。
それに対して、野党が「英語ならグローバルという視点はいかがなものか。世界には英語が通じない人口の方が多い」という横槍が入り、それなら、という代替案で、アルファベットの26文字なら、ほぼ世界中で読めるし聞き取れるだろう、ということで、その日はA〜Zのアルファベットを1文字ずつなら発言を許された。
アルファベットだけなので、ほとんどの人は寡黙になるかと思いきや、意外とコミュニケーションを取る人が多かった。この結果を見て、与党はひそかに、あと何文字「新設」すれば、日常生活ができるだろう、世界公用語が実現できるだろう、と、愚策を検討し始めたようだ。
*この物語はフィクションです。