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カラダの味

「人間は汗や尿、涙だけでなく、爪や毛も体の中で不要な物質を外に出す役割があります」
 その女性は、もっともらしく、静かな口調で説明した。
「体内で余分な物質は、様々な形で体の外に排出されますが、私共の新製品では、この機能を応用しました」
 そう言うと、何やら瓶詰めの薬品を取り出した。
「こちら、従来の薬品の概念から離れた製品のため、特別な認可等は不要でした。お買い求め頂いた日からすぐにお飲みいただけます」
 怪しさ満開だが、説明を要約するとこうだ。人間にとって不要な物質を爪や毛として体外に排出するように、糖分やビタミン、ミネラルなど本来体内でも必要な要素を、一時保管の形で爪や髪の毛などに混ぜることができる、と言うのだ。目的は、食べ過ぎの防止や、災害時や遭難時に向けた食料保管の意味があるという。

「そちら、おいくらなんですか?」
 話の流れで質問した。彼女は少し微笑んで言った。
「現在、試供品で無料がお配りしています。効果を実感できましたら、次回からは1瓶100粒入で、2000円からの販売となっております」
 無料か、ならいいや、と私はその場で受け取ることにした。

 もらった瓶を手に取ると、蓋を開ける。中にはカラフルな錠剤が入っており、先ほどの説明では、赤が糖分を人差し指の爪に、青がビタミンを中指、緑が鉄分を薬指、といった具合に、保存したい成分と場所を色別にしてあるという。有料版になると、指の爪だけでなく、髪の毛や下の毛に保管したり、汗で排出する成分を選べる製品もあるそうだ。私は「糖分を人差し指」の錠剤をつまむと、そのまま水と一緒に飲み込んだ。

 次の日、夕方を過ぎても仕事がまだ終わらず、空腹を感じて、ふと思い出し、右手の人差し指の爪を舐めてみた。うっすら甘い味がして、飴でも舐めているようだった。別の指は味が薄かったが、それでもサプリメントと思って、順番に舐めていった。なんとなく、この薬品の使い道がわかった気がした。常に体と一緒に予備食料を持ち歩いているようなものだから、効率がいい。さらには、食事を摂り過ぎた時は、不要な栄養を外に出すという使い道もある。

 その週末、私は彼女とデートをした後、食事を共にし、そのまま一人暮らしの部屋に招くと、一緒に一夜を過ごすことになった。朝になり、彼女が空腹と言うが、家には何もなく、仕方なく自分の指を舐めさせることにした。最初はからかっていると思ったらしい彼女は、人差し指の味を感じて、やがて熱心に各指を舐め始めた。そして、「これって面白いかも」と、私に販売元を教えてほしいと言う。売り主の連絡先を教えると、「ありがと」と、どうやら本気で買う様子を見せていた。

 次の週末、また彼女とデートし、その夜また同じベッドに入った。激しく重なった後、彼女は「ねぇ、聞いて」と切り出し、手をかざした。いつもはネイルで飾っている指が裸になっており、突然私の口元に差し出した。「どうぞ、召し上がれ」そう言うと、私に舐めるようにせがんだ。仕方なく、指を口にいれる。おや、なんか自分の時と違うぞ、と思って、その味に驚く。どの指も、絶妙な味付けだった。今度は彼女が下の毛に誘導する。そちらを舐めると、少し塩味の効いた、ちょっとした麺類のような美味しさだった。「どうなってるんだ?」そう尋ねると、彼女は言った。
「特別バージョンだよ。単なる栄養保存じゃなくて、味にもこだわったんだって。カレシさんにたくさん舐めてもらいなさい、って」
 そう言うと、次は髪の毛を差し出した。
「やばい、これはうまい」
 私は彼女の髪を舐めては、その味に悶絶していた。

 世の中には不思議な開発をする人がいるものだ。ただ、これだけの製品を口コミだけで売っているってことは、どこかやましいところがあるのかもしれない。そう思いながらも、彼女の体が、触感と食感の二重構造になった今、この薬品をやめて欲しいとは思わなかった。

*この物語はフィクションです。